回想録「オホーツクの大地に生きる」から
十七、故郷の山菜  (122頁)

親父は秋になると山ブドウを採ってくるように言う。家の廻りには、山の中に入らずとも畑の縁でリュックサック一杯に採れる。
 親父は一斗瓶でいっぱいのブドウ粒を焼酎に漬ける。それを蔵の二階に置いておいたところ、一週間くらい経った頃だろうか、ブドウが発酵してガスを出し、一斗瓶の栓が抜けて、中味が天井まで飛び散って辺り一面が酒の匂いで充満した。
 その後はブドウ粒を直接入れず、潰して液だけ瓶に漬けたような気がする。
 昔は山の手入れもせず、ブドウやコクワが沢山あった。家の傍にはスモモやグスベリ、グミなどが植えてあった。近くの川にはウグイやドジョウが沢山いた。
 しかし今は、山は造林され、川も改修され、ブドウも魚も減ってしまった。

 手術後、退院してから運動と体力回復のために近くを歩き回っている。今日は山に入ってみたところタラの芽、山ウドなどがあり、採ってきて食べてみた。今年はワラビは駄目のようだ。
 思い出すのは樺太に駐屯した時。海釣島の傍では六月中旬頃、山にはアイヌネギ、小川にはイワナが沢山遡上してくる。アイヌネギは鎌で大量に刈ってきた。

 また、山鳥は人間を見たことがないのか人を恐れません。首を前に出してチョコチョコと歩いてきます。それを棒の先に針金で締まる罠を付けて引くと、何羽も捕ることが出来た。

 これらの自然の食材で料理して、皆で食べたことが懐かしく思い出される。