連載-ボートデザイン開発編(第5回)
■4章 実際の開発作業(環境に優しい船の試験艇) 企画書が提出されると関連部署及び担当者は具体的な検討に入り資料を作成する。 開発に従事した経験のない技術者が開発プロセスを予想し計画を策定することはかな り難しいが、まずははデザイン及びエンジニア部門チームを作ることから始まる。 優秀なデザイナーは豊富な技術知識と感性を持ち一人ですべての作業を行うが残念な がらこのようなデザイナーはめったに存在しないし、量産艇の商品開発は品質管理や 販売後のアフターサービスが重要なので関連部署と意見交換も必要だ。 企画開発の中心にいるデザイナーやエンジニアは才能や夢を実現できるように普段か ら広範囲の知識や情報に敏感で自らボートを操縦し、遊んで顧客やサービスマンの意 見を聞ける立場を持つと良い。 筆者の経験では意匠デザイナーとエンジニアとはプライドが高く確執がある。 できればお互いにリスペクトする姿勢があれば良い商品の開発ができるはずである。 優秀な開発デザイナーは感性と技術の調和を常に考え、まとめる力を持つと良い。 実際、量産商品開発では外観デザインの評価が高ければ売れて当然で市場も夢のある 商品を期待しているが、外観と技術の調和は非常に難しい。 これがボートショーの参考出品であればデザイナーは存分に腕を振るうことができる が、近年は以前の参考出品と違い、イメージをそのままで商品化されることを期待す るので参考出品も商品化を前提で発表される場合もある。 量産ボートの開発過程では、デザイン及びエンジニア部門が中心で開発が行うが試作 や原価情報など組織の協力が必要である。 そこで筆者の開発経験をベースに参考となる開発プロセスを提案する。 開発プロセスは企画から初号艇完成までを5段階に分け、外形寸法、一般配置、主要 目、性能検討、予算、開発日程のまとめまでを記述する。(PHASE-0〜PHASE-5) 企画の狙いと評価(フィージビリティスタディ:PHASE-0) 4-1-1企画の流れ企画案はトップマネージメント、営業部門、設計部門から指示、提案、上申により発 案される。 企画プレゼンテーションでは関連部署が企画を理解できるような外観イメージや開発 キーワードがあると良い。 企画担当者は収集したデータを元に主要目を仮決定する。 この段階での主要目は目標値であり開発プロセスで変更になるので気にしない。 馬力荷重やフルード数を把握し目標速力が非滑走船型(排水量船型)か滑走型にする かは判断し、一般配置図を作成する。 推進方法はこの段階で仮決定する。(インボードまたは船外機)初期ハルラインズを 作成し船舶ソフト使用して計画吃水を決めて満載排水量を推定。 中央横断面図で部材の厚みを仮決定すると船体重量が大雑把に把握できる。 (開発経験が豊富だと推定誤差は小さい。) 企画プレゼンテーションでは初期の大日程や開発費を検討し開発を続行する か判断する。 4-1-2インテグリティスタンダード(適用法規、目標基準) 実績のない全く新規技術開発では目標基準を想定し、企画の評価(インテグリティレ ポート-integrity report)を明確にすることが重要なことは前述した が製造業であればこれらに類する基準や標準を準備しておくのは当然だ。 以下は船舶を開発する際の基本的な基準である。 ● 一般 開発プロジェクトで使用する用語や定義に関して定める。 (素材の比重、強度、安全率、荷重設定、性能、重量設定他) ●航行区域、安全規則 船舶が航行する際に水面の状態で制限を受けることは当然である。 船体の安全性に関する適用基準や航行区域や操縦資格などを決める(例えば軽構造船 規則やFRP船特殊基準)24m未満の小型船舶であれば監督官庁は小型船舶機構(JCI) であり、旅客が12名以上であれば国土交通省(JG)の管轄となる。 想定する船体強度は小型船舶規則で決めるが客室床や椅子などの艤装品強度は別にメーカー基準を採用する場合もある。 ● 操縦性安定性基準 安全規則の操縦性、安定性基準はもちろん社内基準があればこれを満たすことが重要。 ● 振動騒音基準 近年は環境への配慮が重要になり、船内や周辺環境への振動騒音対策はメーカー基準や他の民間基準も適用する。 特に室内と周辺環境への振動騒音対策は充分な配慮が求められる。 (室内騒音は65db以下など) ●安全設備基準 小型船舶安全規則を適用。 ●製造者責任 船舶運用に適した操船要領書や整備要領書を作成する。 4-1-3企画書作成(例:カタマランモーターセーラーCAT33)
1. はじめに 仕事をリタイヤし、日本周辺海域でゆっくり時間を楽しみながらのクルージングや体 験クルージングを事業化も考慮するモーターセーラーである。 ●”CAT-331”は長距離航海中もできるだけ船内泊とし、低燃料費クルーズを重視する。 ●定員は最大12名とし、実際の長距離クルーズ(船内泊)は6〜8名とする。 ●主機はディーゼル船外機仕様と電動船外機を併用したセミハイブリッド仕様とする。 ●ガソリン船外機は最適燃費で巡航し、セーリングも積極的に利用する。 ●また停泊中に太陽光や陸電により充電した電力を使用する電気推進も採用する。 ●巡航速力10KT以上を実現するため低抵抗のカタマラン船型とする。 ●無理なスケジュールでクルージングは行わず、海象不良な状況では航行しないことを前提とする。 2.設計上の留意点 ●”CAT-331”は基本的にCAT26の平行部分を7FT延長したコンセプトである。 サイズは全長10.0m、全幅4.0m未満、満載重量は4000kg程度とする。 ●1隻のみの建造なので船体構造は簡易型によるFRP製船体とアルミまたは木造船体を候補とする。 ●波浪中の走行は重視しないが船首付近の浮力を充分確保する。 ●抵抗減と横安定を重視しカタマラン船型を採用、静止時のGM値は1.5m程度となる。 ●電気推進および居住区電源は太陽光パネルや発電機によりリチウムイオン電池およ びディープサイクルバッテリー(約3KW程度)へ充電する。また、DC-ACインバータ による交流電源も使用可能とし陸電装置も設置する。 ●居住区画の定員は最大10〜12名で6〜8名分のバース、トイレ、シャワースペー ス、ギャレー(冷蔵庫付き)、十分な収納スペースやロッカーも確保する。 ●電気推進は2KW電動船外機x2を使用し最大速力は4KT以上とする。 ●カタマラン船型は重量の変化に敏感なので乗員の移動などによる前後トリム変化は トリム調整タンクを考慮。 また、重量増加は喫水が敏感に変化するので軽量化と重量推定と建造中の重量管理を 重視する。 ●体験クルージングを事業として企画するのでデッキ上やキャビン内での遊びや楽し む要素を十分に考慮する。 ●最高速力は15KT以上、巡航速力10KT前後を目標とする。(低燃費航行を考慮) ●帆走設備や太陽光パネル発電を重視する。
4-1-4主要寸法の検討(例は16.5mモータヨット) 主要寸法の推定は同タイプのボートデータを収集し分析する手法が良い。 筆者は20年前に世界中のプレジャーボートや小型業務艇データ(約5000隻)を 比較検討が可能なように整理し、散布データとしてグラフ化すると企画段階で検討 の手がかりになる。 下記は大型モーターヨット(全長16.5m)の例である。 ●全長、全幅(L/B) プレジャーボートは全長が大きくなると細長い船型になる が図-109はその全長と全長/全幅の関係を示す。 計画するボートの計画全長を16.5mとすれば、グラフから全長/全幅(L/B)は約3.5 であると読み取ることができる。 全長L:16.5m の場合 全幅B:4.70m と仮定する。
●全長、完成重量 カタログデータは完成重量の定義が不明確だが、水、油を搭載 しない完成状態であると判断し軽荷重量とは区別する。 全長16.5mの場合は図-109から完成重量は約23,000kgと推定できる。 計画完成重量 W: 23,000kg
●搭載エンジンの検討 搭載エンジンの選定は仕様検討の重要な項目である。 エンジン価格は舟艇の原価の約半分を占め、しかも性能の重要な要素である最高速力に影響を与える。 図-111は速長比と馬力荷重の関係を示す。 計画速力を42ktとすると速長比V/√L=42/√16.5=10.3となる。 このとき馬力荷重BHP/Ton=87となるので必要なエンジン出力BHPは次のようになる。 完成重量は23tなのでBHP=87x23=2001(PS)となる。 (2基搭載する場合は各1000PSクラス)
●燃料タンク容量の検討 燃料タンク容量は搭載エンジンにより変化するが図-112 は全長が16.5mの場合2500リッターを示す。 企画は航続性能を重視し計画燃料タンク容量は予備タンクも含めて3000リッターとする。
●清水タンク容量の検討 清水タンク容量は生活用水の使用量であるがあまり容量を増やすと重量が増し最高速力が低下する。 そこで標準装備としては図-113で示す平均量800リッターとする。 これ以上の必要水量は海水を真水に変える造水機を搭載する。
4-1-5性能の検討 主要寸法と基本性能を検討する場合、最も重要なのが搭載エンジンと速力性能の関連 であり、コスト検討上も搭載エンジンを決める事は重要である。 量産ボートは販売数と適正な利益を得るには、顧客の選択枝を広げる意味で目標速力 と豊富なバリエーションは重要である。 つまり、もっとも販売効果のあるエンジンを選定し、これに合う船体を開発すること が重要である。 企画の初期段階では走行性能に大きな影響があるエンジンと速力性能の検討は時間を 要しないで検討できる方法が望ましい。(性能検討精度が10%程度は許容) 滑走艇は速力と重量、重心位置が大いに関連するのでモノハルV型艇ではサビツキー 理論を応用したプログラムを使えばエンジンの選択で比較検討ができ便利だ。 以下は筆者が作成したそのプログラムの例である。
上記のシミュレーションソフトは汎用ソフトエクセルを使用して作成したプログラム であるが、同時に4状態を検討できる。 結果をグラフにするともっと判り易い資料が作成できる。 次図は搭載馬力と速力の関係、重心位置と速力の関係をしており、最高速力の推定や 最適な重心位置を推定することができる。
4-1-6外観スケッチ、一般配置図、簡易ラインズ、中央横断面図作成 関係者に企画を理解してもらうのに効果的なのが外観スケッチと一般配置図である。 外観スケッチは意匠デザイナーの仕事だが近年はCADソフトが進歩し技術者でもある 程度の外観スケッチを作成できるようになった。 初期一般配置図や室内配置図も企画内容を理解し易く多くの検討の目安となる。 ●外観スケッチ、一般配置図の例
●簡易ラインズ、中央横断面図の例 船舶設計では吃水を知り浮かぶ姿を確認できることが重要である。 吃水や排水量を知り、船体抵抗を検討するにも水線面の形状や接水面積は是非知りた い情報で近年は手軽に船舶ソフトで船体形状を検討することが出来るようになった。
4-1-7室内配置、機器配置、配管、電気系統検討図 開発技術者の能力が高く詳細の検討が可能であれば開発スピードアップが可能になり問題点把握も正確になる。 次図は筆者がレーヤー機能を活かしたスケルトン図として作成した例である。 このスケルトン図を作成すれば重量重心の検討や室内配置検討、配管配線の経路検討を総合的に検討が可能である。
4-1-8コスト検討 前例があれば大いに参考になるが新規開発では開発コストや工数の検討はかなり難しい。 実際に多くの開発では計画と違う開発日程遅れや予算超過で計画の修正が伴う例が多 い。(あまりに違いが生じると開発中止の危機が発生する) 表-37は量産ボートの販売価格検討の例であるが過去に例のない新企画のPHASE-0で は少し無理のある検討で次のステップPHASE-1で検討する方が望ましい。
4-1-9初期製造仕様書の作成 参考となる船舶があれば初期段階の製造仕様書を作成すると関係者が理解し易い。 全くの新規企画の場合は主要な仕様が判る項目リストでも構わない。 顧客向け商談の製造仕様書は出来るだけ要望に応じる内容になるよう詳しく記述 する。
4-1-10プレゼンテーション資料の作成 プレゼンテーションは出来るだけ正確に簡潔に解説できることが求められる。 関連部署は情報を収集し新企画のイメージを作り上げ、さまざまな検討を形にす るのは意匠デザイナーであるが数値の裏付けはエンジニアの協力が必要なことは当然である。 近年はパソコンを使用し多くの情報を短時間に収集できるようになり開発はスピードアップされた。 今後の情報社会では意匠デザインやエンジニアリング担当者もツールとしてパソコン操作は是非身に付ける必要がある。 企画を具体的にまとめ、必要な資料を作成し関係者に提示し、理解と承認して貰うのがプレゼンテーションである。 最初のプレゼンテーション以降は検討内容がだんだん専門的になり、検討会と呼ぶことも多い。 プレゼンテーションでは要領よく魅力有る提案を表現するので、派手な外観スケッチ やカラーリングパネルに惑わされるが、内容を魅力的に適格に伝えるスケッチやキーワード(キャッチコピー)は大事な手段である。 またプレゼンテーション資料をまとめる過程では他社のカタログを良く読み、参考になる部分を集めておくと便利である。 図-101、102、103は参考にする操縦席付近のデザイン参考資料の例である。
●スケッチパネルの作成 プレゼンテーションは関係者の理解を得るための演出も重要である。 判り易くアピール度の高い外観図、室内パースなどのパネル作成は重要で図-104 105は同じ船体を使用しデッキデザインのみを変更した23FTクラスの小型ボートの例 で、図-106、107,108は53FTモーターヨットの外観パースと室内パースの例であ る。
下図はプレゼンテーションでアピールするキーワード等を追加したパネルの例である。
部品分解図は判り易いが過去に例のない新企画のPHASE-0では少し無理のある検討で 次のステップPHASE-1で検討する方が望ましい。
4-1-11初期開発大日程の作成 開発をタイムスケジュール通りに進めるにはしっかりした開発大日程が重要だ。 責任と時間および資金の管理が重要なことは当然だが大日程を確実に実現させ る組織力が事業を成功させることになる。 次図は大規模開発の開発大日程表例だが小規模開発でも責任部署や開発の流れが判る日程表にすることが大事だ。
4-1-12インテグリティレポート(企画開発検討報告書) フィージビリティスタディは初期企画検討結果の報告書として作成する。 プレゼンテーションでの評価や開発続行を判断する企画開発稟議の重要な判断のベースとなる。 企画が開発事業として有意義であること、技術的な課題や開発費の概要、開発ステップ、大日程等を議論し判断できる報告書としてまとめる。 4-1-13企画開発会議(プレゼンテーション) 資料等は外観スケッチ、一般配置図、技術資料、開発大日程、開発コスト検討資料、インテグリティレポートなどを提出する。
4-1-14企画開発稟議 開発稟議会議では企画開発検討報告書をベースに事業として高度な判断で開発 続行か否かを判断することになる。 開発の承認が得られれば次の開発ステップ(PHASE-1)へ移行することになるが、関 係部署に内容を理解徹底できることが重要である。