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「”言葉”が彩る新しい世界へ」取材こぼれ話10選・5
単語
vintergatan, midnattsol
発音
ヴィンターガータン、ミッドナットソール
意味
vintergatanは「天の川」、midnattsolは「真夜中の太陽」
文法
vintergatanは、vinter(冬)とgatan(通り)の合成語。
midnattは、mid(真ん中)とnatt(夜)の合成語で、「真夜中」。solは「太陽」。
解説
 『翻訳できない世界のことば』に、mångatan(月の道)というスウェーデン語が掲載されています。水面に映って長く伸びた月の影の呼び方です。日本語には「水月」という語はあるようですが、実際に渡れない水の上にある長い模様を「道」とはおそらく言いません。それはもしかして、スウェーデンでは「道」が日本より身近だからではないか、というのが今回のエッセイに書くことを調べたきっかけです。「道の身近さ」に思いを致したのは、スウェーデンでは、すべての道に「○○通り(gatan)」(○○には固有名詞が入ることが多い)という名前がついているからです。住所は5ケタの郵便番号、町の名前、「○○通り▲番地」で表します。たとえばリンドグレーンに手紙を出すなら「Astrid Lindgren. Dalagatan 46, 11324 Stockholm」。これだけです。ドイツでも事情は同じで、住所はStraßeで数えます。
 実際には渡れない水の上の月影を「道」というように空の上にも「道」があるのでは。「天の川」は、日本では「川」扱いですが、英語ではMilky Way、ドイツ語ではMilchstraßeと、どちらも「ミルクの道」と呼びます。スウェーデン語ではどういうのだろう?と調べたところ、面白いことが二つ分かりました。
 一つ目は、スウェーデン語では「ミルクの道」ではなく「冬の道」=vintergatan(ヴィンターガータン)ということ。英語やドイツ語だけでなく、デンマーク語(Mælkevejen)やノルウェー語(Melkeveien)を含め、多くのインド・ヨーロッパ語族では、「天の川」をラテン語(Via Lactea)の翻訳語である「ミルクの道」と呼びます。雪が積もった道に見立てた「冬の道」という呼び方は、スウェーデン語のほかは、アイスランド語(Vetrarbrautin)だけに見られるそうです。アイスランド語は北欧語の古い形が残っていることが多く、北欧の人たちがもともとは空に浮かぶ白い模様をミルクではなく雪に見立てたことが分かります。同時に、「長い模様」は、ラテン語と同じく「道」と認識していたのですね。
 二つ目は、Vintergatanを画像検索しても、「夜空に浮かぶ天の川」はあまりヒットしないこと。では何が出てくるかというと、「天の川銀河」の写真や画像が出てきます。


▲Vintergatan(左)と天の川(右)Google画像検索結果。2017年12月22日、くしくも冬至

「天の川銀河」は、みなさんご存知でしょうか?地球は太陽系の一部であり、太陽系は銀河系のはずれにあります。宇宙には、太陽系が属する銀河系と同じような銀河が多数点在しています。(これは、中学校の理科の時間に習ってもっとも衝撃を受けた事実で、わたしが天文学を志す一番大きなきっかけになりました。…こちらの志は果たせませんでしたが。)そして、太陽系が属する銀河系のことを「天の川銀河」と呼びます。わたしたちがふだん空に浮かぶ「天の川」として認識しているのは、実は太陽系が属する「天の川銀河」を構成する星々です。地球や月や太陽は、「天の川」の中に浮かんでいるわけですね。日本語では「地上から見える天体」を「天の川」、太陽系が属す銀河系を「天の川銀河」と呼んで区別しますが、スウェーデン語ではどちらもvintergatanです。そして、少なくともGoogle画像検索結果では、vintergatanは「空に浮かぶ天の川」よりは、「天の川銀河」を意味する方が多いのです。

 では、なぜ、vintergatanは「空に浮かぶ天の川」を表さないのでしょう?ここから先は推測ですが、スウェーデンの夏は「白夜」であるため、夏の星座はあまりなじみがないのではないでしょうか。もちろん、その分、冬の昼間に夏の星座は見えるはずですが、冬は曇りや雪の日が多く、何より寒いので、恋人同士で愛を語らいながら空を見上げる…ような気分にはならないのではないでしょうか。美しい星空を見上げる習慣の代わりに、北欧には白夜があると言えます。
 以下、夏の夜の写真をいろいろ貼ってみたいと思います。


▲2008年5月6日。左から20:58、21:00。満開のりんごの花。


▲2008年6月5日~13日。左から上段は19:53、20:40、21:15、下段は21:15、21:16、22:56。いずれもウップサラのフィリス川。


▲2008年6月15日、雨が降って虹が出たのを撮影。左から、20:55、20:57、20:56。


▲2008年6月15日、虹が消えた後。左から、21:16、21:16、21:17。


▲2008年7月22日、20:25、20:26、20:27


▲2008年7月27日、この日の空にはウップサラ名物コクマルガラスの大群が出現!黒い点は全てコクマルガラスという鳥で、夏の夕方は毎日のように黒い群が空を埋め尽くします。左から20:47、20:46


▲2008年7月27日と29日、左から上段20:47、20:50、下段21:13、21:21。6月の同じ時間と比べると、かなり日が短くなっているのが分かります。夏至が終わると、夜はどんどん短くなります。


▲2008年8月3日、左から、20:14、20:47。短くなっても夏の夜は夏の夜。8月上旬は「夏」を楽しめる最後の時期です。


▲2008年9月24日、左から19:01、19:02。ウップサラの9月末はもう「晩秋」です。


▲2008年9月28日、左から17:13、18:37、18:58、19:16。帰国前のウップサラ・ラスト・ラン。


▲2008年7月3日19:21と9月28日19:17。ほぼ同時刻の同じ場所でも、夏至近くと秋分の日近くではこんなに違います。

以上、白夜の写真でした。
 ところで、この「白夜」という語、スウェーデン語ではvit natt(ヴィット・ナット/白い夜)と言います。近年の日本語で「白夜」は「一晩中日が沈まない」という意味で使われることが多いのですが、本来は「太陽が沈んだ後で完全に暗くならない夜」を意味します。「24時間日が沈まない現象」は、「真夜中の太陽」(midnattsol/ミッドナットソール)もしくは「極日」(polardag/ポーラーダーグ)と言います。日本語で広く普及した訳語はおそらくなく、「ミッドナイト・サン」と呼ぶこともあります。「真夜中の太陽」「極日」は、北緯66・5度以上の「北極圏」でないとみられません。わたしのいたウップサラ(59.5度)や、首都ストックホルム(59.2度)、マルメー(55.4度)、イェーテボリ(57.4度)、ルンド(55.4度)といった都市観光地は、日本の最北端よりはずっと北に位置しますが、66.5度以南にありますので、「白夜」は見られても「真夜中の太陽」は見られません。
 「真夜中の太陽」の対義語は、「極夜」(polarnatt/ポーラーナット)もしくは「真冬の暗さ」(midvintermörker/ミッドヴィンターメルカー)。北極圏で冬に全く日が昇らない現象を言います。オーロラが定期的に見えるのも北極圏です。66.5度以南では、「真夜中の太陽」が見られないのと同様、まったく太陽が出ないということはありません。たとえば冬至のころのストックホルムでは、朝9時前に日が昇り、15時前には沈むようです。
 わたしは冬至のころにスウェーデンにいたことはないのですが、2月・3月に滞在したとき、2月は夜が長かったのですが、春分の日に向けて急速に日が長くなっていくことに驚きました。東京よりもずっと明りの少ない町の中で、寒いけど冬の夜空はすてきでした。


▲2011年2月6日16:51の細い月と2月10日21:56の大聖堂とオリオン座。


▲2011年2月11日18:23、18:36。冬には大雪が降ることも。


▲2011年2月20日、左から上段21:35、22:06、下段22:06、21日00:20。ラップランドのキルナにオーロラを見に行ったときの星空。オーロラが出てないときも、星空と月がすばらしかったです。左上にはうっすらオーロラも写っています。キルナには鉄の工場があって夜も稼働しており、その上にオリオン座が輝いていました。右下は月の写真。


▲2011年3月9日のガムラ・ウップサラ。左から上段18:41、18:42、下段19:03、19:32、縦19:51。3月になると寒さも少し優しくなります。。


▲2011年3月20日23:59、21日01:46。この日はスーパームーン!

このページでは、スペースの関係で小さな写真しか載せられませんでしたが、「フォトギャラリー」に大きな写真を載せました。「フォトギャラリー」では、これまでに掲載した写真を時系列で並べてありますが、今回の特集でご紹介した写真には「~の夜空」というタイトルが付けてあります。特に星がこのページでは見えにくいので、ぜひ大きな写真も見てくださいね。
参考文献
参考URL
関連業績
・エラ・フランシス・サンダース『翻訳できない世界のことば』前田まゆみ訳、創元社、2016