鉄道を斬る No.38

ウクライナ鉄道の奮闘

― 各国首脳ら首都キーウ訪問時に乗車した列車の編成と運転線路 ―

永瀬和彦

　2022年2月にロシアのウクライナ共和国への侵攻が始まって以来、西側各国首脳の首都キーウ訪問に関わる報道が相次いだ。ところが、この侵攻によってウクライナ空軍は一時は壊滅し、国内の制空権も消滅したとも報じられた。となれば、西側首脳の同国への訪問は鉄道に頼らざるをえない。そこで、ロシアの侵略からウクライナを守るために、奮闘しているウクライナ鉄道UZの近況を論じて見よう。
　ウクライナ及びバルト三国を含む旧ソ連邦諸国の鉄道はいわゆるロシアゲージ（1520㎜）であり、イベリア半島を除く欧州西側諸国の多くは標準軌(1435mm)であるから、西側隣国のポーランド及びスロバキアなどからは特殊な貨物専用線を経由しない限りは、直通列車で首都に向かうことは出来ない。各国首脳が首都キーウに向かう際に通るルートと乗継駅などは、当然に機密事項であろうから報道される由もない。筆者もいろいろな情報を検索してみたが、手法が稚拙なためか、これに関わる情報を得ることは出来なかった。

米大統領はウクライナ鉄道の“ Rail Force One ” に乗車

　米バイデン大統領のウクライナ訪問（2023年2月）後に、米の著名な鉄道誌“Trains”は乗用列車の詳細を報じた。同誌によれば、大統領は専用機“Air Force One ”でポーランド鉄道PKPのプシェミシル駅直近の空港まで飛び、その後、同駅から専用列車で10時間掛けて首都キーウに向かったとされる。大統領専用車は2寝室を備えたポーランド製客車で、軌間可変台車を装架してはいるが、軌間変換機能は今は使われておらず、車体は防弾仕様ではないという。列車には軍用のディーゼル動車が連結されているとも報じられた。
　ウクライナ鉄道UZは米国首脳の来訪を公にするに際し、大統領乗用車両を米国の大統領専用機の名称になぞらえて、“Rail Force One ”と呼んだ。そして、それまでにも300人にも及ぶ西側VIPを鉄路でキーウまでほぼ定刻で安全に送迎したこと及びG8を含む多くの首脳から戦時下におけるUZの労に対して深い謝意が表されたこと、さらにはドイツ首脳からは戦時下でのUZの定時運転率はドイツ鉄道のそれを上回っていると賛辞を受けた旨などを明らかにし、米大統領訪問時のUZの定時運転率は、その影響を受け93％に低下したとも語った。図1にG8首脳からウ国大統領にUZへの賛辞が寄せられた旨を報ずるUZの公式HPを示し、Rail Force One 車内で懇談する西側首脳の姿を図2に示す。
　以上の事実から類推すると、乗用列車は「ポーランド鉄道PKPからの直通」、「機関車牽引」、そして、恐らくは有事の架線停電に備えての「緊急事態対応用DC」を連結していると思われることから、「牽機はEL」であったと判断される。

話は変わるが、筆者は今から50年近く前、東西冷戦の最中に鉄のカーテンで閉ざされた東欧諸国を鉄路で旅して、チェコのプラハからウイーンに抜けたことがある。その時、東側の国境駅で銃を構えた兵士が直通列車を取り囲み、床下まで徹底した探索を行う姿を目の当たりにして、体制の異なる国を鉄路で超えることの厳しさを知った。それ以来、東西両陣営の国境駅での連絡運輸や台車交換に係る業務に関心を持つようになった。ある学術に関わる発表に参加する機会を得てソ連崩壊直前にポーランドを訪れた際、筆者はソ連との国境で行われる台車交換作業の見学をPKPに願い出たところ、峻拒されたこともある。そのような次第で、UZがゲージの異なる西側諸国の鉄道とどのような形で連絡運輸を行っているかはある程度は承知していた。さらに、ロシアの侵攻が始まった直後、ウクライナからの到着専用ホームがあるPKPプシェミシル駅及びウクライナから同国西部のシレジア地方まで敷設された貨物鉄道LHSのロシアゲージの線路を使って避難民専用列車を走らせ、図3に示すように400万人に及ぶ避難民をポーランド及びその西の国々まで輸送したことも承知していた。

　図4にはウクライナ鉄道UZの主要な線路の略図を示す。図には、ロシアの侵攻が開始された時点では災害及び輸送量減少等で運転を休止していた線区、戦乱で現に運転を中止中の線区、侵攻後に西側との輸送力増強のために異なるゲージの軌道を新たに併設した線区（工事中も含む）も記載してある。さらに、当時又はそれ以前に西側諸国との間で連絡運輸（入出国手続、通関及び台車交換など）を行っていた境界駅も併せて示す。図示のように西側につながるUZ主要幹線（複線電化区間）の国境駅と、これに対峙する西側各駅とは貨物の輸送を主体とするためか、UZのチョーブを除きホームには屋根もない小駅ばかりである。さらに、チョーブからリヴュウ経由でキーウへ向かう途中には急峻な山線があって距離も長い。一方、ポーランドとの国境から12キロ西側のポーランド鉄道PKPのプシェミシル駅までロシアゲージの線路が延長され、同駅はUZ直通列車専用の3本のホームを備え、駅裏口からはホームへ車の乗入れも可能である。さらに、現在は遊休化しているが台車交換設備もあって、同駅は西側から鉄路でウクライナに向う表玄関でもある。同駅の配線略図を図5に示す。
　他に連絡運輸を行っている線区を見ると、ロシアゲージの貨物専用線LHSが前述のようにポーランドのシレジア地方まで、同じロシアゲージの貨物線がスロバキアのコシツエまで図4に示すように伸びているが、いずれもが非電化・単線である。となると、日米首脳らが乗車した専用列車の始発駅はプシェミシルであった可能性が極めて高いことになる。

2023年3月21日に日本の幾つかのTV局は岸田首相がホームに乗り入れた車から降りてウクライナに向かう列車に乗車する瞬間を捉えたスクープ映像を放映した。しかし、首相の身の安全に配慮してか、私が視聴した番組では乗車駅や経由地などの報道はなく、線路の幅が異なるウクライナへ鉄路で入国する際に対処すべき諸々の問題にも触れなかった。従って、筆者は首相の乗車駅はプシェミシルであろうと推定はしたものの、4月中旬に筆者の手元に届いた米鉄道誌を見て初めて詳細を知ったことは前述した。プシェミシル駅の配線略図（図5）に示すウクライナ行列車の専用ホームは、他の多くの国境駅と同じようにフェンスで囲まれて国内線ホームと分離され、裏口からホームに車を乗りつけることが出来て、VIP警護の面でも都合が良い。関係国の警備当局が、当駅を各国首脳乗用列車の始発駅に選んだことは納得がゆく。

　欧州諸国の国際列車に係る別の問題に、10方式以上にも上る多様な電化方式の存在がある。EU諸国の貨物鉄道はこの問題に対応するため、多様な電化線区に乗入れが可能なマルチのELを導入しつつある。UZも類似の新鋭機を仏から導入するとの話もあったが、戦争で一時中止になったと側聞する。UZの電化方式はリヴュウ以西の東欧周辺及びハルキュウ以東のロシア周辺はDC3kV、それ以外はAC25ｋV、50Hzである。従って、プシェミシルを出発したVIP列車を引く直流機はウクライナ入国後は交直切替境界駅リヴュウまでを担当し、ここで機関車を交換する。図4に示す資料によれば、広大なリヴュウ駅の長距離用ホームはごく一部を除き交流電化であり、わが国がかって採用し、欧州の主要国境旅客駅で今も使われている「黒磯方式」（地上切替方式）は採っていないと思われるので、西側からリヴュウに到着する直流機はホーム手前にある交直セクション進入時にパンを降下させる必要がある。すると、停電状態のELのハンドルを握るVIP列車の乗務員は、安全側線のない同駅に進入する際に、「大幅に速度を低下させよ」との信号(警戒信号)が現示された場合には、停止位置合わせなどで随分と気を遣うであろうなどと余計なことを考えてしまう。　
　同駅で牽機を交流に変えたVIP列車がキーウに向かうルートは図4に示すように、線形は良いがロシアの同盟国ベラルーシ国境沿いを走る1案（コロステン経由）と、西側諸国から黒海の要衝オデーサへ向かうUZの重要幹線を通る②案（ジュメーリィンカ経由）とがある。両案ともに一長一短があるが、筆者は軍用を含めた貨物列車で輻輳する2案のルートを避け、1案を採ったのではないかと考えている。　　

ロシア軍のミサイル等による攻撃によって、広い地域で鉄道設備も損害を受けてはいるが、激しい戦いが行われているのはウクライナ東部地域である。両軍が支配する地域の推定境界線は先の調査研究レポートNo.12で述べたが、その後、境界は図4に示すように若干変化した。当初は第二の都市ハルキュウを目指した露軍は、ウ軍の健闘によって大幅な後退を余儀なくされたが、最近、露軍はホクロブスカ駅付近まで前進したと伝えられる。境界線付近から東側の地域は、ロシアが従前から支配していたクリミア及びドネツクの市街地周辺を除いては、軍用列車を除き休止状態にあると推定される。西側はUZの奮闘によって被災した線路は迅速に修復し、境界線近くまで可能な限り列車の運行が続けられている。
　このような状況の下で、昨年9月に露軍はアゾフ海沿岸の本国から図4に示すルートで占領地域を経由して海沿いに、クリミア半島まで直通できる新線の建設に着手したことなども、先のレポートで述べた。ウ軍は被占領地クリミア半島とロシア本土とを結ぶクリミア大橋（ケルチ橋）及び橋が完成する前から海峡に就航している鉄道連絡船への攻撃を繰り返しており、これらが壊滅した場合の迂回ルート確保を狙ったものと思われ、工事は既に完了したとの情報もある。
　占領地奪還のために凄惨な地上戦が報じられた北東地域（ロシア国境に近い図4の円で囲んだ範囲及びその周辺）にあるイジューム及びバフムト駅などは、周辺の市街地及び産業施設などに比べれば損害は少ない。露側も戦後に果たす鉄道の役割を十分に認識しているのであろう。とは言っても、橋梁は図示のように各所で破壊され、リイマン周辺の図示の幾つかの拠点駅も甚大な被害を受けた。クラマトルスク駅にはミサイルが撃ち込まれ、列車を待つ4000人もの避難民やUZ職員の中から50人以上もの死者が出たとされる。このような情勢を踏まえてであろうか、UZは戦傷兵等に迅速な手当を施せるように、図6に示す病院車を登場させた。当初は1両であったが、今は増備されて3両が活躍中と伝えられる。
　なお、図4には、今年8月にウクライナ軍がロシア領土に進攻を開始した地点を参考に矢印で示す。図中に示す露領主要拠点駅には工場（ヴォロネジ）、機関区（クルスク、リゴフ、ベルゴロド）、客貨車区及び操車場（ヴァルイキ他）等が散在し、周辺はロシア鉄道の要衝でもある。

　　最後に戦後を見据えての話になるが、EUは同国がEUに加盟するに際しては、国内主要幹線に標準軌の軌道を併設する方向で、既に具体的な案を作成し、周辺国と協議を行っており、日本政府もこの動きに合わせるかのように2.5万トンもの65㎏レール（延長約200ｋｍに相当）をUZに供与し、一部は既に同国に到着ずみと伝えられる。
　険しい戦況の下にあって、多数の殉職者を出しながらも国を守るために奮闘されているUZの従業員各位に心から敬意を表わすとともに、今後のご健勝とご無事とをお祈りして筆を置く。