シン・エヴァ初報の記憶と、ファンタジーが現実を超えていく
シン・エヴァの公開が決まった頃、どこまで続くのかも分からなかった。 そんな時期の記憶を振り返りつつ、気がつけば当たり前になった「ファンタジーの力」について、ぼんやり考えてみる。
シン・エヴァの公開が決定した初期の話
宇多田ヒカルが
新劇場版のエンディング曲に決まったらしく、
自分のブログで盛り上がってました。
はしゃぎすぎて間違ってたみたい。
エヴァマニアなんだって、ふ~ん。
サブタイトルみたいのが
「序・破・急・?」になってますが
最後のは決まってないの(公開された時には楽譜で使われる終止線で使用されていた)
映画で4部作ってながいですよね。
ゴッド・ファーザーだって三部ですよ。
しかも二部作目が来年予定って事は、
2009年ぐらいまで引っ張るつもり?
途中で打ち切りになっちゃうよ。
(結局は2009年どころではなく、2021年までひっぱって、2026年のいまでも30周年とかいってなんかやってる)
アニメのパワーってなんなの一体?
なんかすごくない。
ファンタジー
そういえば雑誌立ち読みしてたら、
ファンタジーに生命を与えたのはディズニーだ!
みたいなのを特集してる雑誌があったけど、
(調べたら「CUT」だ。2007年7月号)
今のアニメっていうのも、その流れから伸びていったのと一緒ですよね。
ファンタジーが「幻想」とは言えなくなって来てる。
もっと大きな力、人に力を与えるような物に変わってきてるんだな。
昔は子供のおもちゃみたいな感じだったんでしょきっと。
それが今や映画でトップに入るようなものとか全部、アニメやゲームなど
ファンタジー要素を多分に含んでいる作品ばかり。
人の夢から生まれた空想の世界。
でもソレは人が作った世界なんだよね。
人の作り出したものは偉大だね~。