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伊予津比古神 宇知賀久牟豊富命決戦の場 |
![]() 甲八幡神社 |
| 甲八幡神社が御鎮座する甲山の歴史は古く、播磨国風土記に 「冑岡は、伊与都比古の神と宇知賀久牟豊富の命と、相闘ひし時に、 冑、この岡に堕ちき。故れ、冑岡と曰ふ。」 とあり、伊予津比古神と宇知賀久牟豊富のニ神が闘った際に、 兜が落ちた岡を「兜岡」と呼び、後に現在の「甲山」となった。 この露盤は、ニ神の闘いの場を現したもの。 |
黒田地区の氏神である甲八幡神社の風景を描いた図。 正面の「伊予津比古神、宇知賀久牟豊富命 決戦の場」と並び 黒田地区の住民の氏神様への熱い信仰が伝わる 甲八幡神社氏子ならではの播州初の図柄である。 |
![]() 隠岐次郎左衛門広有怪鳥退治 |
![]() 仁田四郎 猪退治 |
| 太平記によると、建武元年秋、疫病が猛威を振るい夥しい死者が出た頃、 紫宸殿の屋根に怪鳥(以津真天)が現れ「いつまで、いつまで」と 鳴いて人々を恐怖させた。公卿達は源頼政の鵺退治にあやかり、弓の 名手に退治させようと広有に要請、広有は鏑矢で見事怪鳥を仕留めた。 怪鳥は頭部が人間のようで、曲がった嘴に鋸のような歯が並び、 体は蛇のようで、両足には剣のように鋭い爪があり、 翼の長さは1丈6尺(約4.8メートル)もあったという。 |
源頼朝が将士を率いて富士の裾野において大巻狩りを行った際、 大猪が一頭、手負いのまま狩り出されて山の下めがけて猛進してきた。 武士といえどこの勢いに押され数名は、その牙にかかったが 仁田四郎は慌てることなく、頼朝公の目前に迫るも 刀を抜き一刀のもとに刺し殺し頼朝以下将士は歓声を上げ四郎を称えた。 これまで長い歴史の中で、猪に田畑を荒らされてきた黒田地区住民の 「猪から田畑を守りたい」という願いが込められた図柄となっている。 |