第20番霊鷲山 宝珠院鶴林寺(かくりんじ)
            

                  鶴林寺近辺地図
                 

                             鶴林寺境内 配置図
                                      

                    
                    2011年台風15号 暴風雨の中 お寺のご配慮により参拝できることになる。

             
                風・雨に打たれながら50段の階段を登る。     合羽・傘が揺れている。本堂到着です。

                     
                                  暴風雨に負けずご参拝の信者

   

 山号   霊鷲山
 院号  宝珠院
 寺号  鶴林寺
 本尊  地蔵菩薩
 開基  弘法大師
 宗派  高野山真言宗 

 住  所  〒771−4303 徳島県勝浦郡勝浦町生名鷲ヶ尾14
 電  話 (08854)2−3020

                     
                     御本尊                納 経   

              御真言  おん かかかび さんまえい そわか
            御詠歌  しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞ います地蔵帝釈

鶴林寺略縁起等(抜粋)

鶴林寺は、遍路さんから「お鶴」「お鶴さん}と呼ばれる三難所寺(一に焼山、
二にお鶴, 三に太龍)の一つです。標高570mの山頂までの表参道4・3kmは
「胸突き八丁」といわれる急傾斜の山道であった。
四国霊場六つの難所(鶴林寺・太龍寺・神峯寺・横峰寺・雲辺寺・焼山寺)の
一つとも言われる。

延暦17年(798)桓武天皇は、当山を勅願寺として建立した。
この寺で、修行中の弘法大師が、雌雄の羽の白鶴が黄金の地蔵菩薩を互い
に守護しながら老杉に舞い降りるのを見た。


弘法大師は、自ら三尺(約1m)の地蔵菩薩を彫刻し、降りてきた黄金像をその
胎内に納め本尊とし、堂宇を建てた。 本尊が降臨した杉の樹は、現在も本堂の
左手にある。

そして付近の山容が、インドの鷲峰山に似ているところから 山号を鷲峰山と
号した。

鶴林寺からはるかに見える
大龍寺を金剛界鶴林寺を胎蔵界の道場とした。
さらに大師は、先に地蔵菩薩を彫ったその残木で、五種の鈴を刻み、爪彫りの
堅額を残した。

寺は歴代皇家、武将の尊信も厚く、阿波藩主は、鶴林寺を祈願寺と定めて多く
の山林寺領を寄進した。

阿波の札所のほとんどは、長宗我部の乱により焼失したが、鶴林寺は、難所で
あったためか、焼失から免れた。

本尊は、地蔵菩薩(国の重要文化財)、寺宝網本着色釈迦三尊は(国の重要
美術品)に認定されている。
   
境内には、地蔵菩薩像を納めた六角地蔵堂や忠霊殿、護摩堂、三重塔などが
ある。仁王門の
仁王像は、運慶の作とのことです。

三重塔は、文政6年(1823)江戸末期に建立されたもので貴重な塔である。
各層は、和様、唐様と建築手法を見ることが出来る。

丁石(ちょうせき)本堂の御本尊の位置から、現在11基の丁石が残っている。
一丁は約30mである。南北時代に建立されたもので、鶴林寺への参道を知る貴重
な資料の一つであり、徳島県では、最古のものといわれている。
丁石の頭の部分に鉢巻を巻いたような印があるものが、最も古いとのことです。
(2011年)
台風15号 暴風雨のため、写真撮影ができず、残念でした。


             
           
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