超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―
渚 美鈴/作
第19話「キプロ再び -強襲!妖兵キラー・アインⅣ-」
【目次】
(1)失われた希望
(2)迫り来る危機
(3)信じる心
(4)愛 育んで
(5)幸せな時間 R-18により省略
(6)微塵隠れ作戦
(7)キプロ対フライア
(8)青い盾
19-(1) 失われた希望
北のカルデラ湖に突然現れた謎の怪ロボットの情報に、国防軍はパニックに陥った。偵察に飛び立った機体は、その姿を撮影することなく、全機が撃墜され、その姿が初めて捉えられたのは、それが、国道を南下してからのことだった。
機甲師団の展開までの時間を稼ぐため、再度航空軍が支援戦闘機による大規模空爆を敢行したが、結果はさらに散々な結果となった。
護衛のFー15、支援戦闘機Fー2計十六機、出撃した全機が未帰還となったのである。しかもミサイル、爆弾のひとつもその怪ロボットに当てることができず、完敗した。
アダム極東方面司令部(コールサインFE)は、地上から望遠カメラによって捉えた映像から、謎のロボットを次元超越獣「アイン」の新型と判断し、「アインⅣ」と命名した。
アダムFEは、日本帝国政府にオプションSによる攻撃を提案し、衛星軌道からの攻撃を実施した。しかし、攻撃のため軌道を変え接近した戦闘衛星は、全て「アインⅣ」の長射程ビーム砲の先制攻撃を受け、大量のスペースデブリをぶちまけて、太平洋上に散る結果となっただけだった。
本国での危機を念頭に、早期の撃滅をめざしたアダムFEは、この結果に戦慄した。「アインⅣ」を撃滅できなければ、まもなく本国の地上に侵攻してくる敵を阻止する手立てはない。
アダムFEは、日本帝国国防軍とともに総力を持って、「アインⅣ」撃滅に取り組むこととなったのである。
「お手元に配布したのが、F情報ならびにこれまでに現れたアインⅡとⅢに関する情報、そして現在までに判明している『アインⅣ』に関する収集データをまとめた全てです。」
会議を司る須藤副長が、会議室の大型ディスプレイに「アインⅣ」の映像を表示しながら説明を続ける。
「推定ですが、全高二十メートル、自重二百トンのまさに化け物です。現在、時速十キロの非常にゆっくりした速度で国道を南下中です。」
「武装や装甲がすごい分、重くなって、移動が遅くなったのだな。」
「幸いしたな。おかげで機甲部隊の配置も間に合いそうだし、何とか対策を立てる時間も、こうして確保できるというわけだ。」
「いえ、それも手放しでは喜べません。数日前、地元の観光バスが、飛行している『アインⅣ』を目撃しています。ということは、『アインⅣ』は飛行できるが、何か飛行できない原因があるのか、あるいは飛行を控えていると考えるべきでしょう。」
「……そんな。こんな怪物が、空を飛ぶというのか?信じられない。」
「では、この怪物の目的は何だ? どこに行こうとしているんだ? 」
「わかりません。今のところ判断する材料がまったくありません。」
国防軍内部での発言がひと段落したところで、パワーズ少尉が発言し、白瀬唯一曹が通訳する。
「今回の『アインⅣ』の出現は、あまりにも急で、異常です。これまで、『アイン』と呼ばれている次元超越マシンが現れたのは、合衆国ニューヨーク州ロングアイランド・モントークに三回と、日本帝国の涼月市のDD重工の工場と倉庫の各一回、計五回です。これらの例では、いずれも彼らをこの世界へ誘導するものがありました。しかし、今回の出現では、『アイン』を誘導したものが皆目不明です。いつ、どこに、何を目印に現れたのか、これを突き止めないと……。仮に今回撃滅に成功したとしても、今後の対応がたいへん厳しいものとなります。」
それに対して、レイモンド少将がストップをかける。
「それも重要だが、まず、この『アインⅣ』を撃滅できなければ意味がない。今は、撃滅作戦に焦点を絞って話し合うべきだろう。」
霧山中将も黙ってうなずき、須藤副長が国防軍の状況説明を行う。
「国防軍としては、『アインⅣ』がそのまま南下するものと考え、涼月市に通じる国道周辺に、第7機甲師団の全戦力の展開を急がせています。これらの地上火力を集中して迎え撃てば、何とか……。」
それに対して、スコット大佐が発言し、白瀬が通訳する。
「それよりも、アダムとしては、『オプションA』の発動を進言したい。敵の目的地があいまいなままでの迎撃プランは、空振りになる恐れがあって意味がない。ここは、『オプションA』による先制攻撃を行うべきだ。」
「オプションA」は、対次元超越獣用に開発された小型核兵器群をさす。当然、会議室内にはどよめきが起こった。
「反対です。すでにアダムの提案した『オプションS』による攻撃も完全に失敗しています。確実に倒せるという保障がなければ、我が国の国土を放射能で汚染する兵器の使用は絶対に認められません。」
スコット大佐は、やれやれといった表情で肩をすくめながら、反論する。
「では、どうするね。通常戦力だけで『アインⅣ』を撃滅できると考えるのは、たいへん危険だと思うが?生物兵器の『オプションB』や化学兵器の『オプションC』は、生き物に対してなら使えるが、機械の怪物にはまったく役に立たない。その他の荒唐無稽なプロジェクトも期待できるものはない。可能性があるのは、『オプションA』の核兵器だけだ。」
「いや、まだあるだろう。」
そこにレイモンド少将が、割って入る。
「は? 」
「『オプションG』で開発された燃料気化爆弾がある。爆風を伴う面制圧破壊兵器という点では、戦術核兵器並みの威力がある。少しは役に立つかもしれん。それと、『オプションU』で開発中の『オーロラ』も偵察機としてなら……。」
「ま、まってください。最終決戦の場は、合衆国本土です。今ここですべての切り札を出してしまっては……。」
スコット大佐があわてて、英語でストップをかけるが、レイモンド少将は止まらない。
「今ここで戦力の出し惜しみをしていたら、たいへんなことになる。我々は、試されているかもしれないんだ。」
レイモンド少将が一喝し、スコット大佐は黙ってしまう。
「『オプションA』は、最終手段として取っておくべきだろう。聞いての通りだ。我々アダムFEとしても、できる限りの協力はするつもりだ。しかし、これだけはぜひともお願いしたい。」
レイモンド少将は、霧山中将をはじめとする国防軍出席者を見渡す。
「『オプションX』、コードネーム『フェアリーA』とのコンタクトに、どうか協力して欲しい。我々人類が生き延びるためには、絶対に彼女の力が必要なのだ。」
「しかし、我々にもコンタクトの方法はありません。」
「知っている。私は、彼女の情に訴えたいのだ。全力を尽くして戦えば、彼女は見捨てたりはしない。必ず助けに来てくれると信じている。」
霧山中将は、腕組みしながら頷く。
「これまでも……、フライアは我々が危機に陥った時に、助けにきてくれました。しかも、彼女の対応は少しずつ変わってきているような気がします。積極性を増してきた……と思っています。ジガロの時には、彼女の方から協力の申し出があったほどですから……。」
霧山中将は、レイモンド少将の方に向き直る。
「少将は、今、この時点で彼女から連絡がないことを心配しておられるのですね? この前、市内で起こった事件の影響を気にしているのですか? 」
レイモンド少将が頷く。
「そのとおりだ。諸君は、あの事件を次元超越獣『キプロ』が擬態して起こしたものと考えているかもしれないが、私はそうは思わない。」
須藤副長が反論しようとするのを、最後まで聞けという意思を込めて、霧山中将が目で制止する。
「あれは、まちがいなくコードネーム『フェアリーA』、つまりフライアだよ。」
「根拠が、あるのですか? 」
「論理的に考えた上での結論だ。イフ……もし、次元超越獣だったとしたら、あの程度の被害で済むわけがない。日高の近くに現れた理由も、二人の親密な関係を考えれば納得がいくはずだ。そしてー、今に至るも、事件当時の映像に変化はない。フライアに化けたとされる『キプロ』の姿は、誰も見ていない。……だから、あれはフライアだ。諸君はフライアと戦ってしまい、これに失望したフライアはどこかに去ってしまった……。」
それに対して、須藤副長が理路整然と反論する。
「『キプロ』は、前回来襲した時も、無差別に人を殺し、破壊活動を行ったわけではありません。被害の程度だけで、否定するのは難しいと思います。また、『キプロ』が狙った人間についても、確認は取れています。鬼頭という男で、暴力団『北斗死地星会』との関係が疑われています。『北斗死地星会』の関係者は、前回キプロが来襲した時も、襲われていますから、今回も同じ原因で狙われたと推測するのが妥当でしょう。映像データーについては、『キプロ』がどこまで超能力で干渉できるのか、確認は取れていません。電子データーに干渉して操作することも考えられるので、決定的な根拠にはならないと判断しています。第一、これまでの経緯から考えて、フライアが日高一尉と戦う理由がありません。まして、殺してしまうなど……人類を守るために派遣されている妖精兵士として、動機面から考えてもありえないことです。」
レイモンド少将は、その頑固さに少し苛立ちを覚える。
「では、ミス・ミクラザキが行方不明になっているのは、どう説明する? 」
「事件に巻き込まれたか……あるいは、攫われたか、どちらかでしょう。前回来襲した時も、『キプロ』は御倉崎さんに干渉していた形跡がありますので。事件の中では、機関銃を持って走る御倉崎さんの姿も目撃されています。本物の彼女がそんなことをするわけがありません。普通に考えてもありえないことです。『キプロ』は、彼女を超能力で操っていた、あるいは最初から化けていたという可能性も考えられます。」
「わかった。諸君はどうしても、あのフライアの正体がキプロだと考えるわけか。そうなると、我々は、『アインⅣ』だけでなく、『キプロ』への対応も考えなければならなくなるぞ。」
「市内には、警戒態勢を敷いています。特に警察と協力して『キプロ』が命を狙っていると思われる鬼頭の行方については、徹底的に捜査追跡しています。」
「あ……あの。よろしいでしょうか? 」
通訳の一人として参加していた遠藤一曹が、挙手する。
「なんだね? 」
「報告が遅れましたが……。『アインⅣ』の目撃情報に関連して、タクシーのカメラが奇怪な生物を撮影しています。調査班で解析した結果、『キプロ』であるとの報告がさきほど届いています……。ですから……。」
「わかった。もういい。」
須藤副長は、ポーカーフェイスで、遠藤の報告の結論をさえぎる。
「少将の懸念や疑問はわかりますが、我々は最善を尽くした上で、フライアの支援を待つしかないと考えています。」
ここまで言われると、レイモンド少将としても反論できなくなる。
そうではない。
いっそのこと、「フライアの正体は、M情報を提供している御倉崎由梨亜さんだ」と言ってしまおうかとも思ったが、秘密を守ると約束した手前、堪えるしかない。
それにしても……とレイは思う。
「キプロ」まで出現したとなると、今回現れた「アインⅣ」は、「キプロ」が意図的に引き込んできた可能性がある。両者が連携して攻撃してくるとなると、合衆国本土に迫りつつある危機にも、これまで以上に戦力を集中する必要が出てくる。
そこまで、考えた時、レイは、何とも言えない激しい不安に襲われた。
だめだ。最悪だ。我々には、決定的な力が欠けている。
コードネーム「フェアリーA」は、切り札の意味を込めて命名されているのだ。我々に今必要なのは、フライアに代わる切り札なのだが、果たしてそんなものがあるのだろうか?
会議は続いていたが、レイは、ひとり沈黙したまま自問自答を続けた。
19-(2)迫りくる危機
全滅ダケワ……免レタカ。
初夏にはまだ早い北の原野に、多数の戦車の残骸が散らばり、黒煙を吹き上げている。偽装網を被ったまま粉砕されたものもあれば、国道上から転げ落ち横転した戦車、砲塔を吹き飛ばされた無残な残骸と化したものもある。いずれも、まともな形状を留めているものは皆無だ。
その戦車の墓場から数十メートル離れた国道のアスファルト路面には、巨大なクレーターのような足跡が刻まれている。その周囲には、黄色い泡状のものが硬化して石のようになっている。
その側に立って、キプロは、「アインⅣ」が進んで行った先を見つめる。
ドオーン。グオォォォォン。
林の陰になって、キプロからは死角となった、その先の上空からは、周囲を圧するかのようなすさまじい爆音が轟き、多くの飛行機雲と爆煙が覆い尽くそうとしている。
今度ワ、空カラノ攻撃カ……。
飛行能力を奪って大破させた「アインⅣ」だが、その戦闘力は、この世界の戦力では、とても手に負える代物ではない。
この世界の人間の苦戦は、目に見えている。
しかし、妖精兵士は、どうしたのだ?なぜ、現れん?
キプロは、意外な成り行きに、首を傾げる。
おそらく、今回の迎撃戦で数百人の兵士が、「アインⅣ」の攻撃で命を落としたことだろう。「アイン」の力を知っている妖精兵士であれば、この世界の科学力で対抗することが困難なことは予測できたはずなのだ。だから、妖精兵士が必ず現れて、「アイン」と戦うものと考えていた。
人間たちは、「アイン」相手にかなり善戦した。特に路面に粘着性の泡を敷き詰めて、キプロの足を一時的にせよ停止させたことなど、「アイン」に大きなダメージを与えたことは、特筆に値するだろう。
コノ世界ニ、失望シタノカ。
ナラ、コレ以上、私ガ、手助けスル必要ワナイ。
サア、思イアガッタ人間共、核ヲ使エ!世界ヲ汚染シ尽クシテ、自ラ滅亡ノ道ヲ歩ムガイイ!所詮、貴様達ノ歴史ワ、終ワル予定ダッタノダ。
キプロは、気持ちを切り替え、これまでのように傍観者として、世界の終末を見届けようと考えた。
コノ結末ワ、コノ世界ノ住人ガ選択シタモノダ。
そう考える一方で、残念な気持ちが心の片隅に浮かんでくる。
妖精兵士ふらいあワ、一体、何ニ失望シタノカ?
キプロは、ふと、その理由を知りたいと思った。そのためには、フライアと会う必要がある。その時間を確保するためにも、もう少し「アインⅣ」を足止めし、フライアが出てくるきっかけをつくる必要がある。
「デワ、モウ少シ足踏みシテ貰ウカ。」
キプロは、航空機の迎撃に専念している「アインⅣ」の足元の岩盤に、念を集中し、粉々に破壊する。
破壊されてできた地下の空間は、次第に拡大していく。
マダダ。モット……ダ。
悟られないよう慎重に、さらに破壊を進める。
やがて、破壊された岩盤の間の水脈からは、水が噴出し、やがて地下の空洞を急速に満たしていく……・。
「奇跡だ。まったくの奇跡だ。」
侵攻中の『アインⅣ』が、国道の陥没によって足をとられ、行動不能になったという情報が作戦司令部へ届けられたのは、その日の夕方のことだった。
「政府から涼月市の全市民に避難命令を出しました。幸いなことに、避難命令を出す前から、自主的に避難していた市民も多く、市内に大きな混乱は起きていません。」
「市内の小・中学校、高校、大学については、先に臨時休校の措置をとっています。市街戦に向けた準備も着々と進んでいます。」
国防軍作戦司令部は、国道沿いに位置する駐屯地そのものを、帝都防衛の要塞として、「アインⅣ」を迎え撃つ計画だ。
機動歩兵を中心とした接近戦に持ち込み、「アインⅣ」のアウトレンジ攻撃を封じて勝機をつかむという方向で作戦計画が練られていた。
須藤茜副長は、大きな不安に襲われていた。
フライアは、どうして助けに来てくれないのか?
レイモンド少将が主張したように、先日の市内での事件は、フライアが起こしたものだったのか?
いや、きっと「キプロ」が何か裏で妨害工作を繰り広げているのではないか?
このままフライアの助けがなければ、部隊は全滅する。そればかりか、帝都、日本、そして世界が破滅への道を歩むことになるだろう。
不安がさらなる不安を呼び、考えは悪い方向へと向かっていく。
「アインⅣ」のアウトレンジ攻撃には、全機動歩兵を投入しても意味がない。なんとか接近戦に持ち込むことだけが、唯一のチャンスだ。
だがどうやって、あの機械の化け物の厳重な警戒をかいくぐることができるというのか?
もはや準備のための時間も残り少ない。
須藤は、最終防衛ライン構築に向けた作戦会議に向け、遠藤一曹から提出された作戦計画案に目をやる。
その表紙には、「微塵隠れ作戦」と書かれていた。
19-(3)信じる心
夜の佐々木邸。ログ・コテージのひとつに灯りが灯るのを、千鶴は見逃さなかった。2階の部屋から駆け下り、居間を抜けてデルタ・パレスを飛び出すと、そのコテージに向かって一目散に突進した。
「由梨亜っ。帰ってるの? 」
しかし、そこにいたのは、榛名だった。
「あ……なんだ。榛名さんか……。」
榛名は、誰が飛び込んできたのかと驚いたものの、それが千鶴だと知って肩の力を抜く。
「千鶴……様。」
「何をしてるの? 由梨亜の部屋で? 」
「由梨亜は、時々、急に帰ってくることがあるので……。様子を見にまいりました。」
「そう……。」
千鶴は、改めて由梨亜のログ・コテージの中を見回す。
応接テーブルにミニ・キッチン、冷蔵庫のついた居間。そこに隣接して勉強机とパソコンが置かれたサイドテーブル、そしていろんな本が詰まった書棚と勉強部屋。
奥の仕切られた部屋には、ベッドとクローゼット、大きな鏡。その隣にはシャワー室があって、小さな洗濯機と乾燥機も完備されている。
勉強机の上には、開かれたままの教科書の上に、蛍光ペンや赤いボールペンが置かれたままになっている。
主の居なくなった部屋は、いなくなった時のまま、時間が止まっている。
「大丈夫だよね。前もちゃんと帰ってきたし……。」
千鶴の言葉に、榛名は首をふる。
「次元超越獣との戦いでしたら……そんなに心配いたしません。相手が……人間ってことになると……心配なんです。」
榛名が応接テーブルの椅子に腰掛けたので、千鶴もその向かいに腰掛ける。
「……前にもありました。逆恨みされて銃で撃たれて……血だらけで帰って来た。あの時は、心臓が止まりそうになりました……。今回は、何があったのか……国防軍と正面からぶつかったみたいですから……。」
「え? あれ……由梨亜なの? 国防軍の発表では、次元超越獣が化けていたって報道されてたけど……。」
「あの日、日高とデートするって、出て行ったんです。その後、日高とも連絡が取れないし、金剛チーフたちの話では、日高も戦死したとかいう話まで出てます。ただ事じゃありません。……一昨日、無理やりレイモンド少将とお会いして聞きだしたことなんですけど……、どうやらこの街に、鬼頭が現れたらしいんです。」
鬼頭という言葉に、千鶴の身体が硬直する。
「心配しないでください。会長にも金剛チーフにも伝えてあります。比叡には、裏の世界に探りを入れて確認させてもいます。私も命に代えてもお守りいたしますから……。すでに、警戒は厳しくしていますよ。」
千鶴は、おとといの午後から大和と信濃が身辺警護のため、学校まで押しかけてきたことを思い出す。
「じゃ……由梨亜は、鬼頭に復讐しようとして……。」
「いえ、御倉崎が、勝手に飛び出しちゃったんだと思います。きっと何も知らない日高がそれを止めようとして……。」
「それで、あんな大騒ぎになったって……こと?日高さんも、ばかね。御倉崎さんの気持ちを考えれば、復讐を止めるなんてことできないはずなのに……。どうしてわかんないのかな。」
千鶴が少し興奮気味に、乱暴なことを話す。
「だから、たぶん知らなかったんです。日高は、由梨亜が多重人格だってこと知らないし、由梨亜のつらい過去も知らない。おまけに、フライアと同一人物だってことさえ、知らないんですよ。」
「え? そんなに秘密だらけにして……よく今まで付き合ってこれたね。」
「難しい関係なのは……確かですね。」
「だいじょうぶかな。」
「わかりません。今度ばかりは、帰ってくるかどうか……。」
「あれ? 私は、日高さんと由梨亜の関係がどうなるかってことが心配なんだけど……。」
「ちがいます。日高さんが戦死したって情報からすると、由梨亜が絶望して、もう二度と帰ってこないんじゃないかってことが心配なんです。」
「だいじょうぶじゃない。日高さんって、何度も行方不明とか、死んだとか言われても必ず帰って来たって評判なんでしょう。今度の戦死もきっと誤報よ。」
「……千鶴様。アダム極東方面司令部では、アメリカ合衆国で起こっている異変に関連して、フライアと至急連絡を取りたいと考えているんです。私が、レイモンド少将とお会いしたのもそのためなんです。そして、今回の事件に対する見解は、私もレイモンド少将も同じなんです。
日高は機動歩兵に乗って、フライアとなって暴走する御倉崎を止めようとして、命を落としちゃったんです。そして、日高の死に絶望した由梨亜が、どこかに行ってしまった……。これがおそらく事件の真相なんだと思います。」
「さっきから、榛名、ずいぶん丁寧な言葉使いだね。お父さんに何か言われた? 」
突然、千鶴が関係のないことを言い始める。
「え? 金剛チーフから少し……、馴れ馴れしすぎると……。」
「やめようよ。そんな他人行儀……。私は嫌だな。」
「……。」
千鶴は、少し背伸びする。
「私たちは、仕事で由梨亜のことを気にしてるわけじゃない。今は、由梨亜の友だちの一人として心配しているんだよ。」
「……。」
「榛名は、由梨亜が日高さんを殺すと思うの? 」
「……わかりません。復讐に狂った御倉崎なら、何をするかわからないし……。」
「じゃあ、由梨亜は、御倉崎が日高さんを殺すのを許すと思う? 」
「いいえ。」
「日高さんは? 由梨亜の秘密を知ったら逃げるような男だと思う? 」
「……日高は真面目すぎますが、義理固くて人情に厚い男です。逃げるようなことはないと思います。」
そこで千鶴がニッコリと笑う。
「二人を信じてあげようよ。悲観しちゃダメだって。絶対、二人とも帰ってくるって。」
高校生の千鶴に、そこまで言われると、榛名もそうかもしれないと思い始める。
そうだ。確かに、日高の死体は、未だ、確認されていないとも聞いている。なら、由梨亜が絶望することはない。希望はあるのだ。
「そうね。千鶴の言うとおりかもしれない。ずっと由梨亜の世話をしてきたけど、いつの間にか、御倉崎やフライアのことに意識が移って、由梨亜の気持ちを考えなくなっていたかもしれない。」
ため息をついて、榛名は千鶴を見る。
「千鶴は……、由梨亜のこと、信じてるんだ。」
「ん。だって、由梨亜は、私のことも、御倉崎を抑えて許してくれたし……。私と由梨亜は、十年前からの繋がりがある唯一の親友だよ。」
千鶴と榛名は、窓の外を見る。帝都・涼月市全域に避難命令が出されているため、ポプラ並木越しに普段は見える街の夜景もほとんど見えない。
死んだような街。
絶望に沈んだ都市。
アダムも国防軍も懸命にこの街を守るために戦っているが、希望の光は未だ見出せない。
明日、明後日には、廃墟と化して消えてしまうかもしれない故郷。
由梨亜、きっと、きっと帰ってきて。
ここは、あなたの第二の故郷なんだから……。
千鶴と榛名は、いつの間にか、由梨亜の帰りを心から祈っていた。
「ねえ。榛名も由梨亜も……脱毛どうしてる? 」
「はぁ? 」
千鶴がふと思いついたように尋ねる。
「クラスメートって、みんな脚なんかすべすべなんだよね。由梨亜の部屋みてもそれらしきものがないし……。どうしてるのかなって、思って……。」
「私は脱毛処理してますし、……時々ワックスを使う程度で済みますけど。由梨亜は……必要ないみたいです。」
「え? なんで? 」
「いろいろあるみたいですが、変身が影響するみたいですね。」
「いいなあ。いつも肌すべすべで。」
「いろいろと苦労しているんですから、それくらいは特権があってもいいんじゃない? 」
「そうだ……ね。」
19-(4)愛 育んで
世界に別れを告げ、次元ポケットに入ったものの、行くあてのないフライアは、次元転送兵器パックの置かれた任意の空間にたどり着いた。
そこで永遠に眠り続けられたらいいのに……。
金色のオーラに包まれて光輝くそれは、暗黒の空間に浮かぶ宇宙ステーションのような姿をしていて、フライア以外、誰も近づくことはできないとされている。
絶対不可侵の領域。しかし、フライアの寄生体の視覚は、そのステーションの手前に倒れている奇妙な生き物を捉えた。
全身真っ黒な人型の怪物。しかもその放つ反応、精神触覚はニーズヘグ、システムFであることを告げている。フライアの背筋を氷のような悪寒が走りぬける。
まさか……台湾中華民国で始末したあの男が?
しかし、精神触覚から伝わってくる感触には、あの時に感じたような禍々しさ、凶悪さは微塵もない。ニーズヘグから伝わってくるのは、大切なものを守りたいという意識だ。御倉崎も反応しない。
一体……何を……誰を守っているの?
フライアの問いに、ニーズヘグが応える。
愛しい人……。
!!
フライアは、急いでその真っ黒な怪物の側に駆け寄る。異次元空間で生命を維持し続けるために、ニーズヘグは、守るべき身体の全身を覆っている。
フライアは、その怪物を次元転送兵器パックが周囲に張り巡らしている不可侵シールド内まで引き込む。
ニーズヘグが、生命維持と保護の役目を解かれ、静かに収縮していく。黒いベールが流れ落ちるように、その下から愛しい見慣れた顔が現れる。
ひだかさん!
キイィィィン、キイィィン。
フライアの驚きと喜びは声にならず、ぐったりしたままの日高は、まったく反応しない。
由梨亜は、それに気づき、慌てて変身を解除する。
「日高さんっ! 日高さん! 」
由梨亜の悲鳴に近い呼びかけに、日高がうっすらと目を開ける。
「由梨亜……。そこにいたのか……。悪い夢を見てた気分だ……。」
由梨亜の目にどっと涙があふれてくる。
生きていた……日高さんが、生きていた。
ああ、神様、感謝します……。
由梨亜は、何も言わず、ただ黙って日高の手を握り締める。
「ずいぶん……苦しめちゃったんだな……。」
「……。」
由梨亜は、日高が目を開けたことに感極まって、声も出ない。
涙があふれる顔を、ただ、ぶんぶんと横にふる。
由梨亜の握る手を日高が、握り返してくる。
「はは。……そのまま手を離したら、由梨亜はまたどこかに行っちゃいそうだね。……由梨亜を……このまま俺のものにしていいかな。」
日高のもう片方の手が、由梨亜の涙で濡れた頬をなぞりながらつぶやく。
由梨亜は顔をくしゃくしゃにしながら、唇をかみ締める。
「……フライアじゃないけど……いい? 」
「由梨亜が欲しいんだ。」
由梨亜の目から新たな大粒の涙があふれてくる。
「汚れてるよ……いいの? 」
「……そんなことないさ。」
日高の手が由梨亜の頭を抱えて引き寄せる。
「いっ、いっぱい、いっぱい穢れてる……それでもいい……の? 」
半泣きのまましゃべり続けようとする由梨亜の唇を、日高が熱いキスでふさぐ。由梨亜の舌と日高の舌が口中で絡み合う。
「もう、いいよ。何も言わなくて……。」
「……ん。」
「……エッチなことしちゃうけど……。いいかな? 」
「いっぱい……愛して……。由梨亜をあなたのものに……して……。もう……もう一人にしないで……。一人ぼっちは嫌。」
金色のオーラに包まれた絶対不可侵の空間は、二人の心の動きに合わせて、さらに光輝いていた。
19-(5)幸せな時間
R-18にひっかかりそうなので、掲載省略。
なくてもストーリーは繋がるように調整済
19-(6)微塵隠れ作戦
国道に空けられた落とし穴から、「アインⅣ」は、両腕の大型ビーム砲を発射し、穴の周囲の大地を消滅させて脱出していた。その脱出方法は、あまりにも強引で、クレイジーとしか言いようがない。
泥だらけになりながら再び進撃を始めた「アインⅣ」は、国道脇に埋められた無数の地雷原と、国道上に停止して、行く手を遮っている戦車の群れにぶつかった。
「アインⅣ」のセンサーは、その戦車に高性能爆薬が仕掛けられているのを探知する。国道脇の磁気反応は、地雷原だ。
どちらも指令電波を受ければ大爆発を起こす。
「アインⅣ」の推論頭脳は、戦車を主攻撃、地雷原を助攻撃と断定する。続いて「アインⅣ」の電子頭脳が、周辺に複数のチャンネルで電波を発し、推定した爆破コマンドを連続して送信していく。
ドーン! ドーン!
国道上に置かれた戦車から巨大な火柱が立ち上る。
バーン! ババーン!
国道の周囲からも爆発が起こり、黒煙と炎が無数に立ちのぼる。
再び前進を始めた「アインⅣ」だったが、炎上する戦車の手前で立ち止まり、黒煙を吹き上げて燃えている地雷原を注視する。
「まずい。見つかったか? 」
須藤茜副司令は、野戦指揮所から双眼鏡で「アインⅣ」の動きを観察しながらつぶやいた。
国道上においた戦車も地雷原も、見抜かれることを見越して配置した全て囮だ。本命の機動歩兵部隊は、爆発した地雷の真下に潜んで、機会をうかがっているのだ。
このままでは、隠れたまま一方的に掃討される。
何とか注意を外に向けさせなければ……。
「俺が、行きます。」
「は? 」
須藤たちの前を一機の機動歩兵「剛龍」が駆けていく。
霧山司令も、あっけに取られて見ている。
「い、今のは?」
「日高だ……。」
「生きてたのか? 」「いつの間に……。」
わーっ!
野戦指揮所は、突然の日高の復帰に歓声に包まれた。
日高の乗った「剛龍」は、アリソン社の「ブラック・ベアⅡ」用レールガンを抱えて、疾走する。
日高は、「アインⅣ」の注意をひきつけるため、視界に入ったところで、遠距離からの射撃体勢に入った。
バシィィィィィン!
突然、「アインⅣ」の防御シールドに衝撃が走った。
真っ直ぐ伸びる国道の側、小高い丘から、一機の機動歩兵が猛スピードで駆けてくる。攻撃は、その機動歩兵から成されたものらしい。
バシィィィィィーン!
第二射が襲ってくる。威力は第一射の二倍だ。接近して距離を詰めている。安易に接近させるのは好ましくない。
「アインⅣ」は、防御シールドを最大出力で展開して迎え撃つため、炎上する戦車の脇をすり抜け、煙をあげている地雷原に脚を踏み入れた。
「ターゲットが、罠に入った。全機動歩兵突撃せよっ! 」
須藤副長は、地雷原に隠れている、全機動歩兵に突撃を指令した。
爆発の煙を上げる地雷原の下の蛸壺陣地から、機動歩兵が飛び出し、「アインⅣ」の足元に次々と取り付いていく。
「アインⅣ」の防御シールドの内側での出来事である、
宮里一尉の機動歩兵が百二十ミリ無反動砲で「アインⅣ」の股間を狙う。
ドオォォォン!
破壊された装甲版の亀裂からその上部に収容されたミサイルランチャーがのぞく。
「吉田っ!あれを撃てっ! 」
「了解。」
吉田二尉の機動歩兵が十二・七ミリ機銃の猛射を浴びせる。
タタタン。タタタン。タタタタタタタタッ!
グワアアアアァァン!
突然起こった大爆発と同時に、「アインⅣ」の防御シールドが消えた。
日高の「剛龍」の援護射撃が、「アインⅣ」の胴体から前に突き出した、象の鼻のような頭部を直撃し、粉砕する。
「アインⅣ」は、装備された8門のサイクルレーザー砲を周囲に乱射するが足元から攻撃を続ける機動歩兵には、死角となって当たらない。
両腕の大型ビーム砲、高周波砲も真下から機動歩兵の攻撃を受け、次々と機能を停止していく。
機動歩兵の放った百二十ミリ無反動砲の一弾が、「アインⅣ」の右膝をぶち抜き、大爆発を起こしたことで、雌雄は決した。
「アインⅣ」が、国道上にうつ伏せに倒れる。
「やった……。」
倒れて動かなくなった「アインⅣ」の周囲を迎撃作戦に参加した機動歩兵の群れが取り囲む。胴体の装甲版の隙間から黒煙が噴き出して、大破した「アインⅣ」は、完全に機能停止と判断された。
しかし……。
「全員そばから離れろっ! 」
駆けて来た日高が叫ぶ。
だが、とっさのことで、機動歩兵の反応はワンテンポ遅れる。
その時だ。「アインⅣ」の側にフライアが出現し、金色の透明な幕がアインⅣを包みこんだ。
ドゴォォォォォォン!
紅蓮の炎が垂直に立ち上り、金色の透明の幕の中を「アインⅣ」の粉砕された残骸が空へと舞いあがる。
逃げ遅れフライアの側で尻餅をついた三塚は、至近距離で目撃した爆発のすさまじさに、目をみはる。
火柱の高さは、優に千メートルを超えている。吹き飛んだ部品の最大のものは、一つで五トンを越え、軽いものは、さらに三千メートル上空まで吹き飛ばされていた。
やがて、バラバラと「アイン」の残骸が周囲に降り注いでくる。
偽装した地雷原に潜んで突入部隊を指揮した東一尉は、部隊全員の無事を確認して、司令部へ第一報を入れた。
「こちら、ウィスキー・リーダー。状況を……報告する。『微塵隠れ作戦』終了。我々は……勝ちました。『アイン』は完全に破壊しました。」
報告を受けた国防軍・対次元変動対応部隊司令部「アルファ・リーダー」では、霧山司令と須藤副司令、そしてアダムFEのレイモンド少将らが歓声をあげて喜びに包まれた。
現場では、皆で勝利を讃えようと、フライアを中心に機動歩兵やその他の支援部隊が集まりつつあった。
そこに、白い人影が出現した。
キプロである。
その出現は、あまりにも突然だった。安堵と喜びに沸く、隊員たちの心に冷や水を浴びせるかのように……。
19-(7)キプロ対フライア
戦い終わった戦場に、再び緊張感に包まれた静寂が流れる。
粉々に砕け、爆煙を上げ続ける「アインⅣ」を背景に、フライアは、キプロと対峙した。
(遅カッタナ。)
キプロが、フライアにテレパシーで呼びかけてくる。
(コノ世界ニ失望シテ、二度ト現レナイカト思ッタガ……。)
フライアとなった由梨亜は、無言でキプロの呼びかけを無視する。
(相変ワラズ、下手ナ戦イ方ダ。戦ウトイウヨリモ、戦ウ兵士ヲ守ルトイウ感ジダ。コレデワ、戦闘妖兵失格デワナイカ? )
キプロは、冷静にフライアの戦闘を分析し講評する。その意図は明確だ。
フライアを怒らせるつもりなのだ。
(何の用? 私はあなたと戦う気はない。)
フライアとなった由梨亜は、努めて冷静にテレパシー波に応える。
(オイオイ。私ワ「あいんⅣ」ヲ倒スノヲ手伝ッタノダ。ソウ邪険ニシナクテモイイジャナイカ。)
キプロは、おどけたように答える。
(デワ、前ニ聞イタ質問ノ答エヲ、聞カセテ貰オウカ。)
(答は、イエスよ。もし、あなたが、この世界を滅ぼそうとすれば、私はあなたと戦ってでも、この世界を守ってみせる。)
キプロの不恰好なヘルメットについている、レンズのような目が光る。
(復讐ワ、ドウシタ? 諦メタノカ? )
(諦めてなんかいない。ただ、しばらく様子を見て決めたいだけ……。)
(解ランナ? 何ガアッタカ知ラナイガ、ズイブン大人シクナッテ……。私ワ、次元ノ壁ガ崩壊シ、次元超越獣ニ襲ワレル世界ヲ 数多ク見テキタ。ソシテ、ソノ世界ガ崩壊スルノワ、総テソノ世界ニ住む人間自ラノ業ニヨルモノダッタト確信シテイル。前、会ッタ時、オ前ノ心ノ底ニワ、コノ世界ヘノ憎シミガ渦巻イテ、荒レ狂ッテイタ。アノ時ノ感情ワ何処ヘ行ッタ? )
キプロの指摘は、理路整然としているが、フライアになった由梨亜の心を動かす力はない。むしろ。醒めた心で、冷静に受け止める。
日高が機動歩兵から降りて、フライアに駆け寄る。
(怒リヲ、忘レテシマッタノカ? ナラバ、思イ出サセテアゲヨウ。)
キプロの右手の指が鳴り、とたんに、フライアが頭を抱える。
「フライア! 」
日高が倒れそうになったフライアを支える。
「貴様あっ! フライアに何をしたっ?! 」
日高はフライアを気遣いながら、キプロを糾弾する。フライアの目はうつろだ。頭を抱えて、その場にうずくまってしまう。
「危害ワ加エンヨ。タダ、彼女ガ忘レテイル記憶ヲ、思イ起コス手伝イヲシテイルダケダ。一番悲シク、一番苦シイ時ノ記憶ヲ……ネ。」
キプロは、日高をはじめとする周囲の国防軍兵士の殺気だった様子を確認すると、左手を水平に伸ばして横に振る。
「諸君ワ、関係ナイ。引ッ込ンデイテ、モラオウ。」
キプロがそう言ったとたん、日高は何かにぶつかったように後ろに飛ばされる。驚いて駆け寄った三塚に、日高は助け起こされる。
「何だ? あれ? 」
三塚が指差す。
キプロとフライアをシャボン玉のような膜が覆って、外部から遮断している。
「日高っ。任せろっ。」
何かただ事でないことが起こったと考えたのだろう。吉田二尉が機動歩兵でキプロとフライアの間に割って入ろうとする。
しかし、シャボン玉の膜の妨害にあって、近づけない。ブーストパンチを繰り出したものの、マニュピレーターが、損傷しただけだ。
不可思議なシャボン玉の膜は、その外観以上に堅固だった。
それは、心の奥底にあった暗黒のダムが決壊したようなものだった。
苦痛と絶望に塗り固められた、十年前の強姦事件の記憶が、フライアとなった由梨亜の心の中に怒涛のように押し寄せてきた。
フラッシュバックのように再現される当時の状況は、第三者として目撃した千鶴の記憶まで重なって、よりリアルに現実に感じた苦痛まで引きずって蘇ってくる。
そこにレイモンド少将と佐々木会長から知らされた、両親まで殺されたという絶望的な事実が加わる。
父、御倉崎 栄、牧師。母、御倉崎 マリア。
お父さん……お母さん……。
その響きは、由梨亜にとって憧れのキーワードだ。
事件以前、一人の少女として生きた十五年の時間の記憶は、由梨亜にも、御倉崎にもない。少女を慈しみ、愛し、育ててくれた両親の愛情の記憶は、永遠に失われたままなのだ。
この世界に帰ってきて、孤独の中、渇望した人との絆。
人として生まれた時、持っていたはずのものを奪われたという事実が、改めて怒りに火をつける。
身体全体が爆発しそうになる怒りと、犯人への憎悪が重なり、フライアの破壊衝動を激しく揺さぶる。
私は、もう二度と普通の女の子にもどれない。
父も母もいない。
私の生は、もう終わったのかもしれない。
悲痛な絶望感。前世の虚無にも似た思いの断片が、由梨亜を苦しめる。
へらへら笑いながら私を犯し、蹂躙するテロリストたち。
女性を性処理の道具としか扱わず、心を踏みにじって、喜ぶ。
彼らは、力で相手をねじ伏せる。
私にしたように……。
世界を思い通りにするためには手段を選ばない。
両親を殺したように、殺戮を正当化し、より多くの血を求める彼ら。
私のもう一人の人格は、絶対に彼らを許さないだろう。
だけど……それは私たちが、決めることだ。
他人から強制されるものではない。
代われっ。
もう一人の人格・御倉崎の怒りが心の底から湧き上がってくる。
由梨亜を苦しめるなっ。てめえっ。何様のつもりだっ。
(せっかく……せっかく忘れていたのに……。)
フライアの目から大粒の涙があふれてくる。
(モウ解ッタハズダ。私ノ言ワントスルコトガ……。)
(……許さない。何の権利があって、私の心をもて遊ぶ? なんで、私の心を引き裂いて苦しめる。)
フライアはキッと唇をかみ締め、立ち上がった。
キプロは、フライアの怒りの矛先が捩れていくのを知って愕然となる。
(コノ世界ノ人間ノ……実像ヲ見セタダケダ。)
キイィィィィィン、キイィン。キイィン。キイィン!
(だまれぇっ。黙れっ。、黙れっ。黙れっ。)
フライアが吠える。
(私を自分の思い通りにしようとするお前は、あいつらと同じだ。私はお前の思い通りにはならない! )
その甲高い高周波音や心の声は、人の耳には聞こえない。それでも、キプロと対峙するフライアの様子は、見守る日高や国防軍兵士の心をうつ。
(ン? )
キプロが驚くと同時に、シャボン玉の防壁がパリパリと砕け散る。吉田二尉の機動歩兵がキプロに掴みかかる。
キプロは、機動歩兵をかわして、十メートルほど後方に空間転移する。
「速っ。飛んだのか? 」
フライアが胸の前に手をかざす。
「ふ、フライア? 」
日高が見ている前で、その胸の甲冑から白い光が立ち上がり、腕の動きとともに、三日月型の光のブーメランとなって発射された。
光のブーメランが向かってくるのを見ても、キプロは、あわてない。
激突寸前、キプロは空間転移する。
しかし、光のブーメランも同時に消える。
フライアが両手を伸ばし、今度は、何もない方向へ手の甲から光線を発射する。
消えた場所からさらに右十メートル後ろに、キプロは姿を現した。そこをフライアの放った四条の光線が直撃する。
バシィッ! バシッ! バシィッ! バシッ!
(ヤル……ナ。)
キプロは防御シールドで、フライアの光線攻撃を受け止める。
フライアの触覚がカッと緑色の光線を辺りに発し、日高も国防軍兵士たちも空一面が緑色に染まるのを目撃する。視界は、完全に緑一色に染まり、何も見えなくなってしまう。
その間に、フライアのティアラの赤い宝石から、暗黒のビームがキプロに向かって放たれる。ビームは、キプロの目前で一旦地面すれすれまで捻じ曲がった後、キプロの足元から狙いすましたように襲い掛かる。
光線が捻じ曲がるという事象に、キプロは驚愕する。
防御シールドごとビームに巻き込まれかけ、キプロは空間転移して脱出を図る。そこに今度は時空を越えて飛来した三日月型の光のブーメランが襲い掛かる。キプロはとっさにブーメランを左手で掴み、握りつぶすが、同時にその指もバラバラとちぎれて落ちていく。
フライアが突き出した手をぐっと握り締めると、キプロの周囲に金色の防御シールドが展開され、内向きに収縮し始める。キプロも負けずに再度、防御シールドを張り巡らす。
攻める防御シールドと守る防御シールドが激しく激突し、キプロの周囲は、大気が放電によってバリバリと雷のような音を発する。
空気もイオン化し、オーロラのような光があたりを照らす。
日高たちが、視力を回復した時、キプロは、離れたところにある牧場のサイロの上に移動して立っていた。
(理解シアエルト思ッタノダガ……ナ。)
フライアの怒涛の攻撃に息を荒くしながら、キプロが残念そうにつぶやく。
(孤独ナ魂ニ、安住ノ地ナドナイ。妖精兵士モ所詮、私ト同ジダ。神ノ様ナ力ヲ持ッタ我々ワ、恐レラレ、忌み嫌ワレル。永遠ニ受ケ入レラレルコトナドナイノダ。今ニキット、後悔スルゾ! )
そう言って、キプロはフライアを見て、異変に気が付いた。
(ン? 魂ガ……二つアル? )
フライアの発するオーラには、人間二人分のオーラが輝いている。そばにいる日高と干渉してハート型に変形しているものと、その間に別の小さな真珠のようなオーラが強く輝いているのだ。
「ソウカ……。オ前ガ……ふらいあヲ変エテシマッタノカ……。」
日高は、キプロから指を指されるが、何のことかよくわからない。
キプロの心の底に、ふつふつと意地悪な気持ちが湧き上がってくる。
「マア、イイ。間モ無クココニ、『アイン』ノ大群ガ来襲スル。オ前タチガ生キ残ルタメニワ、ソレヲ迎エ撃ツシカナイ。シカシ、質、量トモ、彼ラノ戦力ワ圧倒的ダ。ふらいあデモ苦戦スルダロウ。特ニ、『アインⅣ』ワ、ふらいあ、オ前ヲ抹殺スルタメ二造ラレタノダカラ。」
キプロはそう言い残すと、フッとその場から消えてしまった。
フライアはすぐに後を追おうとするが、日高の手がそれを制止する。
「もう、いいよ。」
それを聞いて、フライアの強張った表情が緩む。
「お疲れさん。」
日高がフライアの頭をポンと叩く。
するとフライアは、日高の首に手を回し、キスを求めてくる。
「おいおいおい……。」
周囲から野次が飛んで、はっと気づいたフライアは、顔を真っ赤にして、すぐに消えてしまった。
19-(8)青い盾
アメリカ合衆国ネバダ砂漠の地下核実験場に集結しつつあった異変に変化が現れたのは、その翌日のことだった。
「撤退しているというのか? 」
ロジャー・S・パワー合衆国大統領の確認に、状況監視の任務に当たっていたマイケル・カーレン国務長官は、安堵した表情で肯定する。
「まちがいないです。巨大な岩盤を掘削して地上へ出ることは無理と考えたものと思われます。」
「どうも、君の報告は状況証拠からの推察ばかりだな。」
「しかし、地下三キロもの岩盤の中を簡単に覗く方法はありません。過去の経緯から考えれば、彼らがこの次元世界に侵入する足がかりとなる場所はここしかないわけですし。そこから兵力を引上げているとなれば、これは撤退と考えるべきでしょう。」
「そこだ。君の言う彼らというのは、次元超越マシン『アイン』を使う未知の知的生命体ということだが、アダムFEのレイ少将からも報告が来ている。日本に新たな次元超越マシン『アインⅣ』が現れたらしい。
君の先ほどの説明では、彼らの侵入口は、このネバダ砂漠の地下核実験場跡にしかないということだったが。これは、どう説明するのかな? 」
「彼らは、新たに侵入経路を見つけた、あるいは造る力を持つに至ったということではないでしょうか? 」
「おいおい、そうなると、我々は撤退したなんて喜んでいる場合じゃなくなるぞ。いつ、どこに彼らが現れてもおかしくないことになる。戦時体制に移行しろというのか? 」
「あ、アダムFEのレイ少将からの報告には、たしか、『キプロ』との関係が疑われるという記述があったはずです。あの憎い『キプロ』が、裏で手引きしたということも考えられます。」
「そう、その可能性だ。私もその可能性が高いと思う。しかしだ。どうもこの『キプロ』という次元超越獣の行動と動機がよくわからん。君らの報告では、知能があり、そこそこの理性的な判断もできるということだが、そんな怪物が、何のためにこの世界に『アイン』のような世界を破滅させる次元超越マシンを代わりに送り込む必要がある? 」
「この世界を破滅させんがためです。彼は、我が国を、この世界を憎んでいるのです。だから、『アイン』を送り込んでくるんです。」
「国務長官。彼は超能力を持つのだろう? 空間転移、いわゆるテレポーテーションもできるというんだろう? そんな相手なら、もっと簡単にこの世界を破滅させる方法を思いつくと思うが? 彼は、お子様か? 」
「超能力の使い方が、わからないのではないでしょうか。」
「前大統領を脅迫したと報告したのは、君だぞ。核兵器や原子力関連施設の爆破とかで脅したんだろう。なぜ、それを実行しない? なぜ、わざわざ『アイン』を送ってくる? しかも出し惜しみするかのように、1体ずつ? なんで、こんなまわりくどいことをする? 」
「我々人類をいたぶって楽しむためではないでしょうか? 」
「いたぶる、苦しめるという点から考えれば、放射能汚染や有毒ガス汚染の方が、最悪だと思うがね。」
「……。」
「我が合衆国も、アダム北米方面司令部も、人類の存亡をかけて、全力で対決しなければならないというのに……。我々は未だ、相手の目的も意図も知らないままだ。」
「……。」
「それでも……国務長官は、オプションZの発動を希望するのだな。」
「ええ。我が国を、人類の未来を守るためには、それしかないと考えます。」
「地球を守る『青い盾』。対次元防衛シールドシステムは、技術上の基礎研究が終わり、地球全領域展開のための試作機が完成したばかりだ。しかもそれに使われているシステムBは、これまた妖精から提供されたシステムFを複製拡大したものだというじゃないか。実験も障害の確認もしないまま、いきなり実戦に投入するというのは、かなり危険を伴う。それでも……決断しろというのかね? 」
(第19話完)