4-14

超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第14話「バチカンからの使者 -ヒトラーの遺産-」

【目次】

(1)目撃者たち

(2)MIA(戦闘中行方不明)

(3)遅すぎた知らせ

(4)フライア放浪

(5)バチカンからの使者

(6)オプションG

(7)フランスへ

(8) 2次元の怪物


 由梨亜は、登校前にM情報として、「ゴラド」が死んだことを国防軍に伝えた。
爆発する喜びの声を背景に、白瀬二曹がしつこく他には予言することはないか、確認してきた。
「……ありません。それだけです。」
そう伝えると、電話は「ありがとう。」と言って切れてしまった……。


14-(1) 目撃者たち

 ホームルームが終り、由梨亜が1校時の授業の準備をしていると、クラスメートの南が話しかけてきた。
由梨亜さん。例の病院の事件の時、近くにいたって聞いたけど、本当? 」
南は、委員長の福山の幼馴染で、かなりの軍事オタクだ。機動歩兵パイロットの日高とも仲がいい。
「ええ。」
「じゃあさ。その時、妖精って言うのかな。その時、現場に女神様みたいなのが降りてきたって話題になってるけど、あれって本当のことかな? 」
「……さあ。私は、日高さんに逃げろって言われたから、見ていないんだけど。」
「僕も信じられないんだけど。妖精がみんなを助けに来てくれたって噂があるんだ。ネットにのってる写真もあるし……。やっぱり信用できる人に確かめたいから……。」
「妖精は見てないけど……、竜巻が起こったのは、本当よ。」
「それ、僕も見たよ。だから、きっとそこにいた人たちは、竜巻とかが起こったことを偶然とかじゃなくて、神様が助けてくれたと信じたかったから見た幻覚じゃないかと思うんだ。」
南が自信ありげに、自説を展開する。すると、そばから福山が介入してくる。
「あら。私、見たよ。」
「えーっ? いつ? 」
南が素っ頓狂な声を出して驚く。
「今朝よ。今朝。私、いつも朝早く起きるんだけど、今朝は特に港の方が騒がしかったのね。それで2階のベランダから港の方を見ると、空の上にね。こう女の人が飛んでたの。トンボみたいな羽根を羽ばたかせて、じっと港の方を見詰めていたから、きっと何かとんでもないことが起こってるに違いないと思って、家族みんなを起こしにいったんだけど……そしたらいなくなってた。でもその代わり、今度は港の方から真っ直ぐ黄色い竜巻がストーンって感じで立ってるじゃない。もうびっくりしちゃった。」
「またまた、ケイコは、いつも大げさなんだよな。寝ぼけてたんだろ? 」
「失礼ね。いつも寝坊している誰かさんとは違いますっ。写真だってあるんだから! 」
「え? 」
福山は、にやりと笑うと携帯を取り出し、マイピクチャーを開く。
「ジャーン! ほれっ。」
「あーっ。す、すごいっ! 」
南が感動して声をあげる。
福山が撮った写真はふたつあった。
ひとつは、遥か遠くの空に、小さな人影のようなものが浮かんでいる写真、もうひとつは港から真っ直ぐ空に伸びる黄色い雲の写真だ。
南の声を聞きつけて、他のクラスメートも寄って来る。
「へーっ。これが妖精? でもなんか虫……トンボみたい……。」
一人が否定的な感想を言うと、確かにそんな風に見えてくる。無理もない。空の上では大きさを比べるものがないため、そんな風に見えてしまうだろう。
由梨亜は、黙っているしかない。
それは、確かに、フライアとなった自分の写真に間違いなかったから……。
「そう言われると……そんな風にも……。」
「こらーっ。私がウソをついてるってわけ? じゃあ、こっちの竜巻は、どう説明するのよ! 」
すると、写真クラブの部員の麻生大輔がポツリとつぶやいた。
「それ、朝日がカメラのレンズに直接入っちゃったんだと思う……。」
「なにおーっ! 」
福山が怒って、麻生をとっ捕まえる。
「ああっ。委員長。だって、自然の竜巻だったら、こうグニャグニャまがってるじゃん。でもこの写真の竜巻は、定規で線を引いたみたいに真っ直ぐだし、不自然だよ。」
「曲がってないから不自然? じゃあ曲がってたら自然なのか? 偶然、カメラに写った一瞬だけ、真っ直ぐってことだってあるだろ。それに、広い世の中には、人間の理解が及ばない世界がいっぱいあるんだ。そんな固定観念で世の中を見るから、科学する心は生まれないんだよ。」
福山が怒って反論する。
「いや、僕が言っているのは、科学する心構えのことじゃなくて……。それにこの線が竜巻なら、雲も突き抜けて……たぶん成層圏まで続いているよ。」
「そんな巨大竜巻もあるってことだよ。」
「そんな……聞いたことないよ。」
「私は……信じます。」
「……。」
 由梨亜の一言にそこにいたみんなが一斉に振り向く。
「信じます。だって……ケイコは見たことをただ、ありのままに伝えているだけだから……。写っているのが……何なのかわからないけど、何かがあったっていうのは事実だと思います。」
「そーだよぉ。由梨亜だけだよぉ。素直に信じてくれるのは……。」
 福山が目を輝かせて由梨亜に抱きつく。
「そーだね。写真はそこにあった事実を写しているだけだし……。」
由梨亜の発言に、皆、納得してしまう。

「そんじゃ、授業始めてもいいかな~? 」
 みんながその声にギョッとして振り向く。1校時の国語の担任、栗林がそこにいた。みんなあわてて席に着く。
「き……きりいーっ! 」
 日直の号令で授業が始まった。

 

14-(2)MIA(戦闘中行方不明)


 
「今度の土日、店番のバイト、来れる? 」
 学校からの帰り道、椎名がバイトの都合を確認する。
「え。いいの? 最近勝手に休んでばかりで、ご迷惑だと思ってたから……。」
 由梨亜は思わぬ誘いに、驚いてしまう。夏休みから始めた椎名の実家のケーキショップ「oi椎名」での店番のバイトは、このところ度重なる次元超越獣関連での事件で、休んでばかりなのだ。だから、自然消滅になってもおかしくないと、由梨亜はあきらめていたのだ。
「そんなこと。元々、人手は足りてるんだ。ただ、店に華がないのよね。だから、最近、由梨亜が来てくれないから、客足が減ったって、お父さん嘆いているよ。来てくれたらいつでも、大歓迎だよ。」
「ありがとう。必ず行くから……。」
そう言ったものの、返事の語尾は小さくなってしまう。このところの次元超越獣関連の対応は、日時や場所を選ばないので、由梨亜は、このところ学校と国防軍への支援、そしてフライアとしての戦闘と、忙しい毎日を送っていた。急にどんな事件があるかわからないため、約束しても守れるかどうか自信はない。
「最近、忙しそうだね。如月さんと一緒に、女子剣道部員の応援で道大会にも参加してるんでしょ? 」
「あは……。知ってたの? でもまだ1回も試合には出ていないの。国防軍から時々、緊急に呼び出しがあったりするから……。」
「この前も早退したもんね。なんか、携帯プレゼントしちゃってから、ますます忙しくしちゃったみたいだね。」
「そんなことない。とても助かってる。」
由梨亜の持つ携帯は、友達みんなから誕生日に贈られたプリペイド携帯だ。受信専用に使っているから、なかなか料金が減らないのだが、国防軍へ次元超越獣に関する予知を伝える時だけは、例外だ。
「日高さんといっぱい、いーっぱいお話しするんだよ。軍との仕事の話は、本当なら通話料を請求してもいいくらいなんだから……。」
椎名は、日高と由梨亜の関係を応援する意味もあって、不満をぶつける。
それくらい日高と由梨亜が、携帯で会話をしている機会は少ないのだ。毎日、一緒に帰っているのだが、その間でもほとんど見たことがない。
「はいはい。わかりました。」
 最近、榛名たちによる送迎を、登校時のみにしてもらって、本当に良かったとつくづく思う。
フライアに課された使命や国防軍への支援などと比べると、どれも他愛もない事ばかりかもしれないが、この世界へ帰ってきて、しばらくの間感じていた孤独感や寂しさが、今はもう、ない。
 一度、人間としての生を絶たれ、天涯孤独となって感じた虚無感。
妖精たちが与えた使命だけが、生きる目的のように感じていた頃。
無くしてしまった何かを見つけ、取り戻すために、私は、この世界へ帰ることを希望した。
由梨亜は、今、この友達と過ごす時間を大切にしたいと強く感じていた。

「牟田口親子の証言に、まちがいはなかった……ということか? 」
 須藤から提出された調査報告(要約)に目を通し、霧山司令は念を押す。
北斗港に停泊中の大型フェリー「プリンストン」号で起こった有毒ガス事件から、1週間が過ぎ、調査が完了して事件の全貌がようやく明らかになってきたのだ。
調査にあたった須藤が提出した調査報告書(案)は、総ページ数が二百ページにも及ぶ膨大なものとなったが、それは国防会議への正式報告用で、対次元変動対応部隊内部用の要約版は、わずか十ページしかなかった。
「はい。今回、次元超越獣『ゴラド』を直接目撃した者で、生存していた者は、この二人しかいません。ですが、現場検証の結果を突き合せると、概ね報告書のような事態が起こったものと断定できます。」
「では……日高は? 」
須藤は、黙って首をふる。
「いや、死んだと断定するのは早いだろう。親子の証言は、『突然消えた』となっているんだ。日高の場合、過去にも異次元に飲み込まれ、生還した実績があることだし……、望みはある。」
金城副司令が、少し目をしばたかせながら、可能性を指摘する。
「その時は、御倉崎さんからM情報で予言されていました。しかし、今回、それはありません。正式に問い合わせて、確認いたしますか?」
 須藤は、少し厳しい顔つきになる。
「そうなると、御倉崎さんに……、日高が戦闘中に行方不明になったことを伝えることになります。私からはちょっと遠慮させていただきたいのですが……。」
「? 」
 霧山司令と金城副司令が、怪訝そうな顔をする。
「いえ、事件前、日高から御倉崎さんと口喧嘩したことを聞いて、仲直りするようアドバイスしたんです。日高が本気で御倉崎さんと付き合っていたなら、ちょっと私から話すのは……遠慮したいな……と。」
 須藤が、意外にも気弱な面を見せる。
「フライアとの関係もあるので。一時は、日高に会うなと言ったりしたのも私ですし、こんな事態になると、私も少し責任を感じてしまって……。」
「…………」
 しばらく、司令長官室内に静寂が流れる。
「結局のところ、次元超越獣『ゴラド』は、フライアによって倒された……。これはまちがいない。フェリーの船内という狭い空間での戦いだったわけだから、もしかしたら、フライアが助けている可能性もある。日高は……とりあえずMIA(戦闘中行方不明)という扱いでいいのではないか。」
「……ですが、これまで、M情報なしで行方不明者が生還した例は……ありません。」
「喰われたのならともかく、戦死と断定する根拠もない。何も無理やり殉職という結論に結びつける必要はないだろう。それに……」
 霧山司令は、金城副司令と須藤を見つめながら続ける。
「御倉崎さんは、超能力者だ。もしかしたら、そのことも予知して、もう大分前から覚悟していたのかもしれない。逆に、御倉崎さんに無理なお願いをすることもできない。我々は……待つしかないだろう。」
「親御さんやご兄姉には……どうします?これまでの事例と同じ扱いでいいですか? 」
 金城副司令が再確認する。
「当然だな。日高だけ例外扱いするわけにもいくまい。積極的に伝えるのは、親兄姉だけにしよう。もちろん、聞かれた時は、話して構わない。」
「わかりました……。機動歩兵7号機は、当分の間、西沢卓人一尉に搭乗してもらいます。よろしいですね。」
「ん……西沢は、あまり7号機と相性が良くないと聞いたが?」
「仕方ありません。他に適任者がおりませんので……。まあ、「剛龍」として起動して動かすことについては、まったく問題ありませんし……。」
 金城副司令と霧山司令の話をそばで聞いていた須藤がたずねる。
「私も一度乗ってみたいですね。日高一尉が乗っていた『ミラクル7』に……。」
 「『ミラクル7』? 」
 「ええ、整備の神谷整備班長から聞きました。日高一尉が乗っていた機動歩兵7号機は、いつも幸運なんで、整備兵たちの間で、そう呼ばれてるそうですよ。なんかご利益がありそうだってんで、他のパイロットたちもいろいろと乗ったりして試してるみたいですし……。」
「……あ。」
 須藤が声をあげる。
「司令。副司令……。」
「ん? 」
「日高も、この機体に乗っていれば、帰還できたかも……。」
「それこそ、今さら言ってもしょうがないことだ。」
「いえ、それだけじゃなくて……日高が、妖精に……フライアに好かれていたのは、この機動歩兵7号機に乗っていたからかも……。」
 霧山司令の目が光る。システムFの秘密は、まだ、国防軍内部には正式に伝えられていない。しかし、状況証拠がそろっていけば、いずれその秘密は明らかになっていくことだろう。国防軍の機動歩兵を通じたシステムFの運用は、様々な可能性を追求する突破口になるかもしれない。
「うん。おもしろいな。もっと君の考えを聞かせてくれ? ひょっとしたら、我々は、よりフライアとコンタクトする機会を持つことができるようになるかもしれん……。」


 

14-(3)遅すぎた知らせ


 「ゴラド」との北斗港での戦闘からおよそ一ヶ月、帝都涼月市は、新たな次元超越獣が現れることもなく、平静さをとりもどしつつあった。
 由梨亜は、学校とアルバイト、そして部活動の応援に忙しい日々を送りながらも、日高から電話が来るのを待っていた。
国防軍の仕事の関係上、秘密や極秘任務もあるだろうということで、気にも留めていなかったのだが、こう長く何の連絡がないと気になってくる。
以前、口喧嘩したこともあるので、日高が心変わりして怒っているのではないか、あるいはフライアとの関係でいろいろと調査を受けて軟禁状態にあるのかと変な想像をしたりもする。
ひょっとしたら、訓練とかで怪我をし、入院しているのでは……?
日を追うにつれ、由梨亜の不安は大きくなっていった。

「由梨亜? あんたにお客さんだけど……? 」
ケーキショップ奥のキッチンで、イチゴタルトづくりをしている由梨亜に、椎名幸太郎が声をかける。幸太郎は、このケーキショップ「oi椎名」のオーナーであり、クラスメート椎名恵の父親だ。
アルバイトで店番をする中で、由梨亜のケーキづくりの才能を見抜き、暇を見てはいろいろと手ほどきをしている。今では、様々なケーキを一人で作れるまでに上達していて、幸太郎をして、「自分の娘だったら……」と嘆かせているほどだ。
「oi椎名」も住宅街の中の小さなケーキショップとしては、割りと繁盛している。最近は、由梨亜を目当てに訪れる男子高校生や会社員も増えている。
「お父さん。また、御倉崎さん目当てのお客さんじゃない? 」
めずらしく、由梨亜と一緒に店の手伝いをしていた恵が、確認する。
「いや……日高と言えばわかるって……。」
「え? 」
驚いた由梨亜は、布巾で手を拭きながら、のれん越しに、ショーケース前にいるスーツ姿の男を確認する。
日高さん……じゃない?
男は、日高よりも少しだけ背が低く、少し横幅がある。年齢的には、日高より少し上といった感じだが、見知らぬ顔であることはまちがいない。
「誰? 」
椎名恵が聞いてくる。
「さあ? 」
由梨亜は、首をかしげながらも、レジの方へ向かう。
「いらっしゃいませ。私が御倉崎……ですが……? 」
その声に、男が振り向く。
「君が……御倉崎……ゆりあちゃん? 」
男は、ゆっくり確かめるように名前を繰り返す。
「は……い。あの……どちら様ですか? 」
「ああ……すまない。わたくし、日高一輝と申します。日高良弘の兄です。」
男は、軽く会釈しながら自己紹介する。
「え……日高さんの……、お兄さん? 」
「ごめんなさいね。急にこんなところに押しかけてきてしまって……。」
「あのう……何か……? 」
「いや、気落ちしていないか、気になったものだから……。」
「? 」
「急なことでショックだったろうけど……。君はまだ若いから……やり直せるし……。弟のことは忘れて、しっかり生きていくんだよ。」
由梨亜には、何のことかさっぱりわからない。
まるで、日高さんに頼まれて、別れ話を告げにきたようにも聞こえるのだが?
「あ……あのう、どういうことですか?よく、わからないんですが……。」
「え……? あれ? 君、御倉崎……ゆりあちゃんだよね? 国防軍の日高良弘一尉の……恋人の……。ちがったかな? 」
由梨亜の質問に、一輝は、しどろもどろになる。
「え……ええ。」
由梨亜は、一輝の言った「恋人」という言葉にどう反応していいか、こちらも動揺してしまう。
「まさか……聞いて……ない?良弘のこと……。」
一輝は、内心「しまった」という思いで、顔をしかめる。
「? 」
一輝は、観念したように肩をおろし、姿勢を正して由梨亜の方に向き直る。
「弟は……。日高良弘一尉は、一ヶ月前の怪物との戦いで……行方不明になっています。今もまだ、見つかっていません。残念だけど、……殉職になると……思う。」
「               」
由梨亜の頭の中に、白い世界がパーッと広がる。
ついさっきまで考えていたこと、「恋人」という言葉の持つうれしいような恥ずかしいような響きに浮き足立っていた心も、一瞬にして、すべて消え失せる。
目の前の人物の唇が動き、何か話しているのがわかるが、何を言っているのかよく聞き取れない。
音声が切れたテレビのように、世界から、すべての音が消えてしまった。
ドクン、ドクンと心臓の響きが、耳に響く。
ハアーッ、ハアーッという荒い息が、聞こえる。
そばから、初老の男が肩に手をかける。
振り返ると、世界が傾き、目の前の人物が驚いたようにショーケース越しに、あわてて手を掴む。
視界が、水の中に沈んだかのように、ぐにゃぐにゃと歪んでいく。
心配そうにのぞきこんでいる顔。
ケーキショップから見える外の景色。
ショーケースに陳列された彩り鮮やかなケーキたち。
店内の照明。
みんな、みーんなぐしゃぐしゃになって……歪んでいく。
息が引きつる。声が出ない……。
あたし、泣いてるんだ……。
なんで?
行方……不明。
誰が?
ぞっとするほど冷たいものが、ザザザザーッと心の中に流れ込んでくる。
日高さん……・。
あ……あああああああああああああっ。
突然、音声がどっと復活し、轟音のように耳に飛び込んでくる。
いやあぁぁぁぁぁっ!
絶叫のような悲鳴があがる。それが、自分の声だというのが信じられない。
そして、次の瞬間、視界は完全に消滅した。

気が付くと、由梨亜は、暗い場所にひとり佇んでいた。
少し高いところに丸い窓が並んでいる。
配管が通る鉄製の壁は、ボルトで繋がれた骨組みがむき出しで、壁の高さは、5メートル近くある。壊れて横転したパワーショベルと、大型のワンボックスカーが1台放置された、その場所はどこか見覚えがあった。
壁には何かを叩きつけたようなでこぼこがあって、横転したパワーショベルの運転席の天井は引きちぎられたように一部の枠だけを残して消えている。
壁を見つめる由梨亜の視界に、次元超越獣「ゴラド」の姿が重ねて浮かび上がり、由梨亜は、そこがようやくどこなのかを理解した。
「ひ、……ひだかさん。」
悲鳴のようなしゃくり声が漏れてくる。
高いところから差し込む微かな光。次第になれてきた目で、由梨亜は、周囲を見回す。
「日高さん。どこ?……」
 ガシャン。
 壁際に積まれた鉄製のパイプにつまずきながら、由梨亜は、手探りで日高を探し回る。もしかしたら、パワーショベルの下敷きになっていないか、ワンボックスカーの中に取り残されていないか?すべて見てまわる。
 車の下にうずくまって、助けを待っている日高の様子が頭に浮かび、由梨亜は、居ても立っても居られず、屋根を失った軽自動車の下まで覗きこむ。
「いない……。」
 「KEEP OUT」の黄色いテープを内側から潜り、下の車両格納甲板まで降りて、さらに探しまわる。数十台のトラックの中も外も全部見て回る。1時間近くかけて探したが、日高の姿はどこにも見当たらない。
 由梨亜は、左手の時計を右手でグッと握り締める。
時計はグニャリと変形し、黒いアメーバーのようになって由梨亜の全身を覆っていく。
金色の光が周囲を覆い、フライアへのメタモルフォセスが始まった。
 フライアとなった由梨亜は、そこで次元ポケットへの入り口を開けて、飛び込んでいった……。

 

 

14-(4)フライア放浪


由梨亜がアルバイト先のケーキショップで神隠しに会い、行方不明となってから1週間後の夜、榛名は、由梨亜の住むコテージに金色の光が舞い降りるのを目撃した。
「まさか……。」
 急いで駆けつけた部屋のベッドには、倒れこむように眠っている由梨亜の姿があった。着ているケーキショップの薄いピンクと白のかわいいエプロンや私服には、黒い油汚れがついている。
くたくたに疲れ果てた様子がありありと見てとれる。
痩せこけた頬は土気色だ。
 榛名は、携帯を取り出すと、屋敷のメイド長に連絡を入れ、温かい飲み物と軽い食事を作って届けるよう指示する。
 椎名恵からの話には、榛名も驚くばかりだった。
日高が一ヶ月も前の戦闘で行方不明になったという事実もさることながら、椎名たちの目の前で突然、由梨亜が消えたという事実も、今後の対応について、榛名たちの頭を悩ます事柄となっていたのである。
椎名恵の父・椎名幸太郎は、「神隠し」だと騒いでいたようだが……。
「日高を……探しに行ってたんだね。」
 榛名は、ベッド脇に椅子を持ってきて、眠り続ける由梨亜を見守った。

 明け方、榛名は、ベッドの側で人が動く気配に気付き、目を覚ます。
「由梨亜? 」
 ベッドの側の床にうずくまるようにして由梨亜が座っている。
声を出すことも無く、ただぼーっと座ったままだ。
「だいじょうぶ? 」
 返事はない。
「長いこと、帰ってこないから……心配したよ。」
「…………。」
「……・今日は……少し休んだら? 」
 榛名は、結果を尋ねることはしない。
今の由梨亜の様子を見れば、結果は明らかだ。
「少し……何か食べなきゃ……。ほら、小畑シェフが、夜中からわざわざ軽い食事をつくって届けてくれてる。」
 佐々木邸の専属料理長・小畑は、会長のお気に入りである。
住み込みで菜園の世話までやりながら、邸宅の料理全般を取り仕切っている。その彼が、わざさわざ夜中から起きて、由梨亜だけのために、軽食を用意してくれたのだ。
 手をひっぱり、応接テーブルの椅子に腰掛けさせる。その前に榛名は、保温容器から取り出した温かなスープとサンドイッチを並べる。
「さあ、食べた。食べた。」
 ポットから熱いコーヒーをカップに注ぎながら、食事を勧める。
「……おいしい……。」
 スプーンでスープを口に運びながら、由梨亜の瞳から涙があふれ、スープ皿にポツンと落ちる。
「なんで……なんでこんなに『おいしい』って感じちゃうんだろう……。」
「……」
 榛名は、コーヒーカップを持ったまま、黙って由梨亜を見つめる。
「日高さんは……今も……次元ポケットを彷徨っているかもしれないのに……。私だけこんな……。」
「自分で、自分を責めちゃダメだよ。」
 榛名はそう言うと、コーヒーカップを由梨亜の目の前に置き、向かいの椅子に座る。
「由梨亜が倒れたら、他に誰が日高一尉を探しにいけるの? 由梨亜は、まだ探しに行くんだろ? 」
「……。」
 由梨亜は、コックリうなずく。
「なら、しっかり食べなきゃ。1週間も飲まず食わずでいたら、いくらフライアでも身体がまいっちゃうだろ。」
「……?! 」
「気付かなかったの? 」
「……次元ポケットの中は……、時間の流れがちがう……から……。」

 数日後の真夜中、国防軍対次元変動対応部隊駐屯地の機動歩兵整備工場で、定期整備中の機動歩兵7号機のまわりを彷徨う金色の人影が監視カメラで撮影された。
 「フライアが、来ているって?! 」
 映像を見た警備兵からの通報を受け、司令部内は日高帰還の可能性が出てきたと解釈した。
 しかし、二晩続けて現れた金色の人影は、ハンガー内をあちこち彷徨ったあげく、何のメッセージも残すことなく、やがて消えた。
 そして、霧山司令はじめ多くの国防軍主要スタッフが見守る中、フライアは3日目の晩にも同じ時刻に現れた。やはり、執拗に7号機を中心に何かを探し回っている様子だ。
「あ……フライア。」
 金城副司令が、ハンガー内の中空に浮かぶフライアに話しかける。
「まさか……日高を……探しているのか?残念だが、日高は……前の『ゴラド』との戦いで……行方不明のままだ。」
 金城副司令の言葉に、フライアは目に涙をいっぱいに浮かべて見つめ返す。
言葉はない。声もない。
「あ……・知らなかった……のか? 」
 金城副司令は、それを見て返す言葉もない。
「すまない……。我々の対応が、まずかったせいだ。たいへん申し訳ない。」
 霧山司令が、謝罪の言葉を述べる。
「あ……フライア……。日高は……その……帰ってくる……よね……? 」
 霧山司令の謝罪を、あわてて止め、金城副司令が確認を入れる。
「……我々は、次元ポケットとか、次元断層とかの構造が……どんなものになっているか……わからないんだ。気を悪くしないでくれまえ。だから、次元ポケットに入ってしまった日高が……どうなったのか……よくわからない。」
 金城副司令は、少し曇ったメガネをはずしてハンカチで拭きながら、懸命に言葉を紡いでいく。
「……前も日高は帰ってきたことがあるし……。今回も……その……帰ってこれるんだよ……ね? 」
 フライアは、その言葉にビクッと反応するが、何も答えない。黙って後ろを向くと、スーッと消えてしまった。
 一部始終を見ていた霧山司令をはじめとする、国防軍スタッフは、日高生還の希望が失われたことを再認識させられ、ただ呆然とその姿が消えていくのを見送るしかなかった。
 次の晩から、フライアがハンガーに現れることなかった。

「また今夜も、探しにいくの? 」
「次元ポケットは……、無限の瞬間と広大なポケットだから……。」
 榛名の問いに意味深な答えを返しながら、由梨亜は出発の準備をする。
「そんなこと言って……もう毎晩じゃない。いい加減にしないと、身体がまいっちゃうよ。ほとんど寝てないでしょう。」
 いろいろ理由をつくって休んだものの、これ以上は無理なため、今、由梨亜は、昼は学校、帰ると仮眠をとり、夜は明け方まで次元ポケットを中心に探しまわるという生活を続けていた。
 ケーキショップから突然消えたことについては、超能力者という榛名の説明でみんな納得し、秘密を守ることを約束してくれた。
 福山をはじめとする級友たちも、由梨亜の大切な人にたいへんな事態が起こったということで理解してくれ、特に細かい詮索をすることはなかった。
けれど、榛名がこれまで以上に身だしなみに気を配らないと、とんでもない格好で出かけてしまいかねないほど、由梨亜は日々やつれていった。
髪はぼさぼさで櫛をかけるのも忘れる。寝不足で目の下にはクマをつくる。食事もまともに取ろうとさえしない。
以前は自分でお弁当をつくって持って行っていたのだが、それさえもせず、お昼時間は校庭の木陰で一人、お昼抜きで寝ていたらしい。それを榛名が知ったのもつい3日前のことだ。今は、小畑シェフが自ら、毎朝、お弁当を作って持たせている。
 その晩、榛名はとうとう堪忍袋の緒が切れ、激怒した。
「いい加減にして! これ以上無茶なことすると承知しないよ。」
由梨亜がメタモルフォセスしようとする手をつかんで、引き止める。
「放して……。行かなきゃ……ダメなの。」
「そうやって、ただ闇雲に探し回って……、意味があると思う? 」
榛名が、語気を強めて問いただす。
「何も……しないよりは……いい。」
「それって、自分は一生懸命やってますってポーズでしょう。正当化して、自己満足に浸ってるだけじゃないの? 」
「……そんな……。私は、私にできることを全力でやっているだけよ。」
「無茶なこと続けて、自分がダメになったら、元も子もないでしょ! 」
「じゃあ、どうすればいいの? 日高さんを探しに行ける力は、私しか持っていないのに!見つからないから……あきらめるなんて無理よ! 」
「フライアの力は、日高さんのためだけにあるんじゃない。次元超越獣と戦って、人々を守るための力よ。その力が、いざという時に使えなくなったら、どうするつもり? 」
榛名は、今にも泣き出しそうな由梨亜の顔を見て、折れそうになる心を堪え、あえて正論をぶつける。
由梨亜は、世界を守る切り札、妖兵フライアなのだ。
「この力を委ねられたのは、私よ! 何をして、何をしちゃダメか、決めるのも私。世界を救う力とか、みんな勝手に、この力に期待してるけど……いい迷惑よ! この力は、大切な人を救うことさえできない中途半端な力……なんだから……。」
「できないこともあるって、わかってるなら……。無理だってわかってるなら、あきらめることも必要でしょう。」
「無理よ! あきらめるなんて……。日高さんだって、きっとどこかで、助けを求めて、待っているかもしれないのに! 」
 強引に手をふりほどいて、変身しようとする由梨亜に、榛名も負けていない。とっさに、テーブルにあった水差しを引っつかむと、中の水を由梨亜の顔に正面からぶっかける。
 バシャッ。
 由梨亜は、突然のことに驚愕し、動きが止まる。
「頭、冷やしなさい! その力にうぬぼれてるのは、あんたでしょ! 今かけた水さえも防げないくせに……。あんたの力は、他の人よりちょっと強いだけ。それだけよ! 何でもできるわけじゃない! できないこともある。期待を裏切ってごめんねって、それを自分から言えないだけじゃない?! 日高一尉だって、わかってくれるわ! 」
 濡れた顔をあげて、由梨亜が視線を上げる。
「……ほんと? 」
「は? 」
 榛名は、急に由梨亜が静かになったので、拍子抜けする。
「日高さん……。わかってくれる……かな? 」
 由梨亜の視線は、榛名を見ていない。
その、はるか遠くを見つめるような視線の先にいる誰かを榛名は理解した。
「あ……、当たり前でしょ! あんた……日高一尉が言った事、覚えてるでしょう。『俺はフライアのつらい気持ちがわかる。だから彼女を支えたい』とか言ってたって……言ったじゃない。」
 由梨亜は、とうとう両手で顔をおおって泣き始めた。
「ごめんなさい。ごめんなさい……。日高さん……私、もう、どうしていいか……わからないの。」
 蚊の鳴くような小さな声でつぶやく。
「私の思いが弱いから、探せないのかもしれない……。私自身の心の中に何か……原因があるから……。日高さんのところにたどり着けないのかも……。いつも思って飛ぶと、日高さんのいないアパートに行ってしまう。私の思いは……その程度なのかも……。」
そこまで言って、由梨亜は、そのまま倒れ掛かる。榛名が慌ててそれを支える。
 榛名は、その痩せた身体からすーっと力が抜けていくのを感じる。
 結局は、日高一尉か……。
あんた責任重大だぞ。帰ってこなかったら、承知しないからな……。
 腕の中に由梨亜を抱きかかえながら、次元ポケットの中を彷徨っているであろう日高に思いを託す。
「……! 」
 熱?
榛名は、腕の中に抱えている由梨亜の身体の異常を感じ取る。
張り詰めていたものが抜け、ぐったりとしているだけじゃない。
 由梨亜の額に手を当てる。
やばい。やばいぞ……。
 榛名は、ポケットから携帯を取り出し、メイド長に連絡を入れた。

 

 

14-(5)バチカンからの使者


「大和が? 」
 佐々木会長は、その知らせに思わず腰を浮かす。
 佐々木邸内のデルタ・パレスにある会長の書斎で、金剛は、突然の来訪者の名前を告げただけなのだ。
 金剛は、その反応が面白くない。
長らく会長の身辺警護を任せられている身ではあるが、その前任の大和が、フランスから帰国し、会長に直接報告したいことがあると面会を求めてきたのだ。忠誠心では負けないつもりだが、コードネームからして、格上となっているように、信任された任務も会長からすれば絶対のものなのだ。
 フランスで病気療養中の娘・千鶴の世話係兼ボディガード。
もう十年以上も寝たきりだという娘と一緒でないということは、もう一人のボディガード・信濃に任せて、来日したということなのか。
それとも、娘の千鶴に何かあったということなのだろうか。
 十年くらい前というと、会長の奥方・洋子が亡くなったといわれる頃でもある。当時、若干20歳で会長にスカウトされた大和は、その頃から会長の専属秘書兼ボディガードとしてめきめきと頭角を現していた。その大和が、娘の千鶴とともに日本を去ってから、もうそれだけの月日がたつのだ。
「通せ。それと人払いを頼む。大和が入ったら、わしがいいと言うまで、誰もこの部屋に入れるな。」
「わかりました。」
 いつにも増して、佐々木会長の指示は厳しい。
 やがて、比叡に案内されて、年若い長身の金髪の青年が現れる。
「ボンジュール。金剛。会長の警護はしっかりやってるかな~? 」
「ん。言われるまでもない。」
 金剛の仏頂面に、大和と呼ばれる男は、肩をすくめる。
「ノンノン。もう少し、人当たりを柔らかくしないと。番犬みたいで、みんなから敬遠されちゃうよ。」
「大きなお世話だ。そんな派手な格好の方が、目立ちすぎて問題があるんじゃないか?」
「オー、ジュスィデゾォレ。こればっかりは、生まれつきなもので、どうしようもない。」
「ふん。会長がお待ちだ。さっさと行け! 」
大和が佐々木会長の書斎へ入ると、中から鍵がかかる。
静かに流れだすクラッシック音楽の下で、二人の間で交わされた会話の中身は、誰も知ることは無い。

 長い眠りから由梨亜が目覚めたのは、朝だった。
榛名が開けてくれたのだろう。モスグリーンの厚いカーテンは、窓枠のところでまとめられている。
レースのカーテンのかかったガラス窓。
外に見える景色は、初冬のきざしを見せている。木々に残ったわずかな紅葉が、朝の光の中でとても色鮮やかに映る。下草の上に舞い落ちた落葉についた白い霜が、朝の光を浴びてキラキラと輝いている。
 由梨亜は、額に細くなった右腕を当て、目覚める前まで見ていた夢の内容を思い出す。
 他人から見れば、自分の都合のいいように取り繕った夢だと言われるかもしれない。それでも、その夢は、由梨亜にとって、心温まるものだった。
夢の中に現れた日高は、由梨亜とフライアを抱きしめ、「必ず帰る」と約束してくれた。
抱きしめてくれた感触まで残っているように感じるが、フライアと由梨亜が別々に存在できるわけがないことから考えても、それはありえない。
何の根拠もないただの夢。
自分の意識が創りだした幻想と一蹴される程度のものかもしれない。
それでも、今の由梨亜にとっては、救われる一言だった。
 長い眠りの末に見た夢であることは間違いない。それでも、日高が行方不明になったと知った日からこれまで感じ続けていた焦燥感、恐怖感が消え失せ、その代わり温かなものが心を満たしているのを感じる。
どこからその安心感が去来するのか、由梨亜にはわからない。けれども、そこには強い自信が感じられるから不思議だ。
「しばらく、会えないだけだよ……ね。」
由梨亜は、ベッドのそばの勉強机に置かれた日高の写真を見つけて、語りかける。
誕生日に、南から贈られた写真の一部を拡大して、フレームに納めたものなので、少し画像が粗いが、そのにこやかな笑顔につい微笑んでしまう。
「フライアと一緒に……まってるから。必ず……帰ってきて。」

「アーヤ。」
 榛名は突然、古い呼び名で呼ばれて、びっくりして振り返る。
 榛名の本名は、森亜矢子。
学生時代の親友同志で使われていた、「アーヤ」という呼び名は、この仕事についてから、一度も使われたことがない。榛名は、自身の出身まで知られてしまう呼び名が突然出てきたことに衝撃をおぼえる。
 ログ・コテージに行こうとしていた榛名は、デルタ・パレスの玄関から見知らぬ長身の男が歩いてくるのを確認する。
佐々木邸内に不審者がいることなどありえないから、このスーツ姿の青年も関係者ということになるが、その顔には見覚えがない。
「誰? 」
「俺だ。ピエールだよ。」
「うそ……。大和? なんで……ここに? 」
ピエールと名乗った青年は、ピエール・光太郎・カトラー。佐々木会長の信頼するボディガード兼私設秘書の筆頭・大和として、勇名を轟かせた人物だ。そして、中学生で単身海外ホームスティした時に、偶然知り合った間柄でもある。
「ひさしぶりだね。」
「……何の用? 」
「おやおや、ずいぶんご機嫌斜めだね。俺、何か悪いことしたかな? 」
「その軽薄さが、問題だと思いますが?」
「そう言われてもねー。これ、俺の地だから……。ところで、メシアは、どうしてる?」
 榛名は、大和の目的が由梨亜にあることを知り、警戒する。
「由梨亜に……何の用? 」
「バチカンから、頼まれたことがあって……ね。ちょっとだけ、話をさせてもらえるかな? 」
「会長の了解は……、いただいているわけね。」
「とーぜん。」
「でも、メシアは、今、精神的にとても不安定な状況なの。面会はもう少し先にしていただけるかしら。」
「お世話係の君に従うよ。ただ……これだけは先に伝えてほしいんだけど。
『昔のお友達が、目を覚ました』って事を……。」
「それって……千鶴様が……意識を取り戻したってこと? 」
「……うん。そう言うことになるね。」
「じゃあ……『聖櫃事件』の全貌がわかった……ってこと? 」
「それは……少し飛躍しすぎだと思うけど……。」
「ま、まって……それ。それは、今……メシア……由梨亜に伝えるのは、止めた方がいいわ。」
「どうして? 面会もダメ、伝言もダメじゃ……話にならないな。」
「メシアの過去をほじくるのは、今、精神的にきついって言ってるのよ。大和の仕事は、その伝言を伝えるのが、目的じゃないんでしょう? 」
「ん。さすがに飲み込みが早いな。正直なところ、メシアをバチカンに連れて行きたいんだ。なるべく早く……。」
「法王の命令? 」
「ははっ。法王様は、そんな無礼なことはしないよ。正式にご招待したくても、今の世界情勢じゃ、怖くてとても無理だ。簡単に言うと、メシアの力を借りたいということなんだけどね。んー。そうだ。二、三日、ここにいるから、その間に話をする機会をつくってくれるかな。」
「わかった。メシアの様子を見ながら、連絡する。」
「そうか。よろしく頼むよ。ついでに、パスポートとか渡航の用意を先にしておこうと思うんだけど……、いいかな。」
榛名は、首を横にふる。
「その必要はないと思う。知ってる? 由梨亜は……メシアは、飛ぼうと思えば、今すぐにでもバチカンまで飛べちゃうの。」
「ひゅー。そいつはすごい! まるで、スーパーマンだね。」
ちっちっち。
榛名は人差し指を左右にふって、驚いている大和に自慢げに説明する。
「ちがうちがう。本当に飛ぶんじゃなくて……確かに飛べるけど……。ワープみたいに……一瞬で目的地に行くことができるの。超能力を持ってるの。」
大和が目を丸くして驚く。
「……見たこと、あるのかい? 」
「ええ。何度か。」
「会長も? 金剛たちも? 」
「……見世物じゃないから……。ただ、知ってるメンバーの前では、遠慮はしないから……。」
「じゃ、僕も拝見することになるの……かな? 楽しみだな。」
「ふざけないで。メシアの秘密は、ちゃんと守ってくれないと。」
「はいはい。じゃ、連絡を待ってるから……。」
大和は、そのまま踵をかえして、デルタ・パレスの玄関へと入っていった。その後姿を見送りながら、榛名は、改めて不思議な縁というものを感じる。
自由奔放な母親、若い時から世界を放浪して歩いた祖父の影響で、一人ヨーロッパへホームスティした中学生時代。
ヒースロー空港で迷子になり、誘拐されかけたのを助けてくれたのが、当時ヨーロッパで会長の秘書としてお供をしていた大和だった。
あれから、紆余曲折を経ながら大和の後を追って、今、直接の配下ではないものの、同じ仕事をしている。
生来の負けず嫌いの性格が、この道へと導いてくれたと思うものの、目標としていた大和には、未だに追いつけていない気がする。
けれど、メシア、由梨亜と関わっている身になると、それももう、どうでもいいように思っている自分に気付く。
いつの間にか、私は、大和以上の仕事を任されているのではないだろうか?
大和の相棒には、コードネームで信濃と呼ばれる日系4世のアメリカ人女性がいると聞く。それと比べても、自分の関わっている仕事の重大さがわかる。現に、今、大和は、私の判断を尊重して対応せざるを得ない状況なのだ。
勝った……のかな。
少し誇らしいような気分に包まれながら、榛名は、由梨亜の待つログ・コテージへ向かった。

その翌日の午後、佐々木会長は、金剛と霧島を連れ、フランスへと旅立った。その行く先を知る者は、大和と榛名、比叡の主要メンバーとダイヤモンド・デルタ重工社長の小田桐だけであった。
後に会長の不在を知らされた一人息子の佐々木専務は激怒し、小田桐社長にしつこく確認したが、家族の問題に口を挟むわけにはいかないと突っぱねられ、しぶしぶ引き下がるしかなかったという。
 

 

14-(6)オプションG

 
 榛名の許可が出て、大和が由梨亜と面談できたのは、三日目の晩のことだった。
 大和は、メシアが若い女性だとしか知らされていなかったらしい。由梨亜がまだあまりにも若く、十代の高校2年生と知って唖然とした。
「ほ……本当に? 彼女がメシア? 次元超越獣と戦ってる? アダムやアメリカ合衆国がしつこくコンタクトしようとしてる「フェアリーA」なのかい? 」
ベッドで上半身を起こしているとはいえ、そのまだまだやつれた様子を見る限り、そんな存在にはとても見えないのだから、無理もない。しかも現役の高校生ときたもんだ。
「信じないの? 」
榛名が、不満そうな声をあげる。
「いや、だって……会長もあまり教えてくれないから……。きっとギリシア神話のアテナとかアルテミスのような、りりしい女神様だとばかり想像してたから……。」
「ごめんなさい。ご期待に添えなくて……。」
由梨亜は、そんな大和の失礼な言葉を軽く受け流す。
「あ……失礼。千鶴お嬢様とお知り合いと聞いたものですから、てっきり成人した大人の女性だとばかり思っていたものですから……。あ、なるほど、そういうことか……。千鶴様と同じなんだ……。決して、あなたを疑っているわけじゃありません。ただ、お噂で聞いた戦歴とあまりにもギャップが大きかったものですから……。お許しください。これから話すことは、あまりにも極秘の内容が数多く含まれているものですから、話す相手をまちがえるとたいへんなことになってしまいますので……。」
「……信じてくれますか? 」
由梨亜の再度の確認に、大和は大きくうなずく。
やがて、大和は、ローマ法王から頼まれた伝言を語りはじめた。

 事の発端は、第二次世界大戦の頃まで遡る。当時、ヨーロッパを席巻していたナチスドイツは、バチカンからもたらされたファチマの奇跡「妖精降臨事件」の情報を受け、超兵器の開発を進めていた。
 妖精の予言どおり原爆という超兵器が実現するのであれば、ナチスドイツはその具現者でなければならないとするヒトラーの考えの下、様々な超兵器の開発が極秘で進められたが、その目的に疑問を抱いた科学者のひとりが、その兵器開発計画の全貌を連合軍側にリークした。
 それが、一九三九年十一月四日、オスロの英国大使館へもたらされた、通称「オスロリポート」である。
現在公式に公開されているのは、レーダーなどを中心とする電波兵器関連程度だが、実際には、竜巻砲や音波砲、空飛ぶ円盤までを含む超兵器に関する開発リポートと、原子爆弾開発と次元超越獣についての考察をまとめたリポートという2つの非公開文書が存在している。
それらは、今もって、その存在さえも隠されている。
 大戦後、核による人類世界滅亡の危機が具現化したのを見て、バチカンは、アメリカと協力し、来るべき次元超越獣に対抗できる兵器づくりに乗り出した。それらの開発計画は、「オプション」と呼ばれ、戦術核兵器を使うとする「オプションA」からはじまり、究極兵器のZまで設定されているらしい。
会長を通じてバチカンと繋がっている大和にさえもその全体像は捉えられないが、その計画は、全て、それほどの極秘計画なのである。
もちろん初期の段階の「オプション」には夢想にすぎないものも数多く含まれていて、それらは次第に統合整理されていったわけだが、その初期からはじまった計画のひとつに「オプションG」があった。
「オプションG」は、ナチスドイツが開発を進めていた様々な超兵器の開発計画を継承しようとするものであった。
 ドイツの敗戦により、ナチスドイツが取り組んだ極秘計画の資料は、多くが破棄されていたが、ドイツ軍の暗号情報「エニグマ」を解析したステーションXの活躍、戦後実施されたペーパークリップ作戦等によって、収集整理され、今現在も様々なオプションに影響を与えつつ、研究開発が進められているとされている。
 大和の背景説明は、簡潔だったが、榛名や由梨亜にとっては、あまりにも専門的すぎた。ただ、人類が第二次大戦中から、来るべき次元超越獣と戦うためとの名目で、秘密に様々な兵器を開発していたということだけは理解できた。しかも、あのヒトラー率いるナチスドイツまでもが、である。
そこに連合国と枢軸国の間で揺れ動いたバチカンの、歴史的、政治的な立場の難しさがあった。
 
「さて、ここからが本題だ。」
 大和は、長い背景説明に続いて、今現在、ヨーロッパで起こっている奇妙な怪物の話を始めた。
「オスロリポートの第3章には、『原子爆弾開発と次元超越獣についての考察』があった。その内容から、ドイツは原爆を完成させていたことがわかっていたが、我々は長いことそれは欺瞞情報だと考えていた。
意図的にリークして、『連合国が使えばこちらも使うぞ』という脅しと考えていたんだ。何しろ、連合国は様々な手段で、ナチスドイツの核兵器開発施設を破壊していたからね。いわば、禁じ手にしてしまうための偽情報と解釈していたんだ。
ところが、今年の春、アダムヨーロッパ方面司令部は、ナチスドイツが、原爆をアルプス山脈の地中深くに作った秘密研究施設に隠していたことを突き止めた。そして、約一ヶ月前、その場所に突入して、数多くの研究資料を持ち出した。信じられないようなものばかりだったらしい。これが明らかになれば、歴史は大きく変わるようなものもあったと言われているくらいだからね。
そして、さらに次元超越獣と接触したという報告文書まで発見されて、大騒ぎになったんだ。
それによると……ナチスは原爆の起爆実験で、次元超越獣を呼び出してしまったため、それを開発途上の原爆とともに封印したらしい。そして、丁度その時期から、『オプションG』関連の研究員たちが次々と怪物に襲われて食い殺される事件が頻発するようになったんだ。」
「怪物って……やっぱり、次元超越獣? 」
 榛名が確認する。
「たぶんね。ただ、襲撃はとても巧妙で証拠をまったく残さない。監視カメラは壊され、カメラで監視していた警備員まで一緒にやられる状況で、怪物の姿も、どこから現れるかもまったくわからない。それで、『オプションG』の責任者が、法王に嘆願書を送ってきたんだ。」
 大和は、そこで由梨亜に頭を下げる。
「頼む。この次元超越獣の正体を暴いて、倒してほしい。」
「でも……、正体もわからないのに? 」
 アダムヨーロッパ方面司令部は、『オプションG』関連の研究施設をすべて破壊するしかないと結論を出しているんだ。冗談じゃない。『オプションG』の研究施設は、ドイツ国内だけでも十四ヶ所、ヨーロッパ全体では百ヶ所近くあるんだ。とてもできっこない。」
「怪物が現れた施設だけ、壊したら? 」
「人が襲われるだけでなく、監視カメラが破壊されたりしているところを含めると、ほぼすべての施設が該当している。つまり怪物は、どうやったのか知らないが、いつの間にか全ての施設に侵入して足場を作っているんだ。それも、バチカンやアダムが次元超越獣ではないかと疑っている理由のひとつだ。」
「ねえ。ひょっとして、ほら、異次元から次元超越獣をひっぱってくる目印のようなものが、ドイツの秘密資料の中に含まれていたんじゃないの? 」
 榛名は、国防軍から会長経由で聞き出した「ガヌカ」の執拗な追跡を例に、可能性を指摘する。
「意外と僕より詳しいんだな。アダムヨーロッパ方面司令部もF情報から、その可能性を考慮して調査したんだが、結果は白となった……。つまり、怪物は資料の現物がある、なしに関係なく研究施設に現れているんだ。」
 大和は、椅子の背もたれに片腕をかけて、お手上げという格好で続ける。
「……ここまでくると、ナチスドイツの……というかヒトラーの怨念か、呪いと言った噂話まで出てくる始末だ。完全にお手上げ状態ってわけ。幸い、今のとこ、研究施設の外に被害が広がらないからいいけど……。」
「物……じゃない……ですよ。」
「は? 」
 由梨亜が、口元に手を当てて、考え込みながら話しはじめる。
「次元超越獣が目印にするのは、正確に言うと……物じゃないんです。」
 大和と榛名が、目を丸くする。
「目印は、繋がり……関わりあいなんです。物質は、その象徴でしかないんですよ。……ですから、次元超越獣の中には、その繋がりがかなり希薄であっても目印にできるものがいたはずです。」
「よくわからないな。やっぱり、君が来てくれないと、この事件は解決しそうもない。来てくれるか?」
 由梨亜は、榛名と顔を見合わせる。
「わかりました。準備ができ次第、うかがいます。」
「ありがとう。これで会長の面目も立つよ。」
「でも、会長が、私の……フライアや妖精と連絡できるパイプを持っていることが知れたら……まずくないですか? 」
 由梨亜は、自らの正体がばれ、会長や関係者に迷惑がかからないか心配する。
「いや、この件については、ローマ法王自ら、妖精たちとコンタクトして話がついたという形をとる。だから、心配はいらない。……法王様も本当は、君と会いたがっているんだけど……ね。」
話がある程度決まったところを見計らって、榛名が声をかける。
「明日、ヨーロッパに……フランスの現地に発つんでしょう? 」
「ああ。フランスにね。」
大和が立ち上がりながら答える。
「じゃあ……パンツ脱いで?! 」
突然、榛名がとんでもないことを言う。
由梨亜もあまりのことに目を白黒させる。
「はああ? 」
「由梨亜が飛んでく先の目印が、必要でしょう? 」
榛名がにやにや笑いながら、両手を前に出す。
「そ、そうなのか? 俺のパンツが……必要なのか? 」
大和は、驚きながらも納得しかかる。
「ちょ、ちょっと! 榛名さん。冗談はやめてください。大和さんも……真に受けちゃダメですってば。」
 こうして、由梨亜は、遠くヨーロッパで起こった次元超越獣との戦いに飛ぶこととなったのである。


 

 

14-(7)フランスへ


古いカトリック教会の懺悔室を借りて、大和は、日本にいる榛名に国際電話をかける。ゴシック様式の薄暗い教会内に、人影はない。
本当に、こんなんで飛んでこれるのかねぇ?
半信半疑ながらも携帯を耳に当て、通話状態になったのを確認して、呼びかける。
「アロゥ? もしも~し。大和だ。」
「……」
応答はない。
おいおい……だいじょうぶかよ。
「いや~。意外と寒いねぇ。」
「! 」
大和が振り向くと、そこにダッフルコート姿の由梨亜と、トレンチコートを着た榛名が重そうなトロリーバッグを持って立っている。
「おおおおっ?! 」
大和は腰を抜かさんばかりに驚く。
さっきまで二人とも日本にいたはずなのだ。それが今、ヨーロッパのフランスの片田舎にいるのだから信じられない。
「すげぇーっ。ほ、本当に。飛んできやがった……。おまけに、榛名まで……。」
「なによぉ。私が一緒に来たらまずいことでもあるの? 」
 榛名がブツブツ文句を言う。
「まあ、いい。それじゃ、ついてきてくれ。」
 懺悔室のドアを開け、教会内の長椅子が並ぶ集会室を抜けて、日差しが差し込む入り口へと向かっていく。
 大きな吹き抜けから見える周囲のステンドグラスの赤や青、黄色といったデザインが暗い室内に幻想的な雰囲気をもたらしている。
 しかし、教会から一歩外に出ると、灰色の空の下に、明るい街並みが広がっていた。教会前の円形の広場から石畳道が四方に伸び、正面にある噴水のある小さな池から伸びる水路沿いには、大きな公園が広がっている。
 レンガづくりの小さな家が通りに沿って並んではいるものの、道行く人は、まばらだ。
「ここ、どこ? 」
 そう言って、今出た教会を振り返った由梨亜は、驚いてしまう。
 教会の裏手には、林が広がっているのだが、その背景には白い城塞のような峻険な山々がそびえたっていたのである。さらにその背景にある山脈というべき山の頂は、白い積雪に覆われている。
「ん? 内緒。アルプスが近いから、案外どこかわかると思うけど……。まあ、見てのとおり小さな農村さ。今から宿に案内するよ。」
「宿から電話してくれれば良かったのに。」
 ガラガラとトローリーバックを引きながら榛名が不満をもらす。
「冗談。何時の間にか、部屋に宿泊客が増えてしまったら、宿屋の女将さんだって驚くだろうし、おかしく思われるだろ。それにー、どうやって飛んでくるのかわからないんだ。教会のあの部屋でも大丈夫か、心配したんだせ。」
 大和が筋の通った論理で応戦する。
「でもねー。荷物のことも考えてよ。」
「そんなの毎日、取りに帰りゃいいだろ。」
「私、ヨーロッパは初めてだから……みんなとても新鮮に感じる。」
 由梨亜の感想が、二人の口げんかに終止符を打つ。
「ほんと……。つい数分前まで、北海道にいたのに。」
「いつの間にか、ヨーロッパ……。本当にフランスまで来ちゃったんだ……。」
 ふふっ。
榛名は、感動に浸っている由梨亜を見て、おかしくなってしまう。
「何? 」
「おかしい。超能力で異次元や世界中を飛びまわれるのに、この程度で感動するなんて。」
 「そう? 暗く冷たい次元ポケットの世界は、何度も飛び回りましたけど、次元世界って、光と命に満ちあふれていて、どこも温かくて、人の住む場所はここしかないんだなって感じで、とてもいいです。次元ポケットなんかに、感動はありませんよ。」

「この近くの森の中の鉱山跡に『オプションG』の秘密研究施設がある。研究内容の詳細は明らかにされていないが、ナチスの秘密研究施設から運び出した資料の現物もほとんどが、今回の事件のため、急遽ここに集められたと聞いている。一つ残らず、全て……ね。
バチカンからの情報提供では、山の地下にかなり広大な岩塩の採掘場跡があって、そこで、今夜、アダムヨーロッパ方面司令部が、機動歩兵2個戦隊で次元超越獣の迎撃作戦を展開する予定になっているんだ。」
「機動歩兵って……日本の国防軍が使ってる奴? 日高一尉たちが……乗って……た……。」
榛名は、確認の意味で言ってしまってから……ハッとする。
「いや、アダムヨーロッパ方面司令部には、北米方面司令部から『ブラック・ベアⅡ』が配備されていると聞いている。たぶんそいつだろう。うちの会社の、ダイヤモンド・デルタ重工の27式機動歩兵は、海外輸出されていないはずだから。」
何も知らない大和は、佐々木会長の会社の製品についての質問と解釈して答える。由梨亜の表情にも、特に変化は見えない。
「知ってる。『ブラック・ベアⅡ』って……ロボットなんでしょう? 」
由梨亜は、涼月市の病院前で起こった事件の時、飛んできた黒いロボットの姿を思い出す。
「いや、あれも27式機動歩兵と同じパワードスーツだよ。ちゃんと中でパイロットが操縦している。」
「え? でも、人が乗ってるようには、見えなかったし……。」
「見たことあるんだね。……直接外を見るタイプじゃなくて、頭のセンサーカメラで捉えた映像を通して、外部を確認するタイプなのさ。だから、外からの攻撃からパイロットをしっかり守ることができるってわけだ。放射線や化学兵器からの攻撃にも対応していると聞いてる。」
大和の説明に、由梨亜は思い違いをしていたことに気付く。
では、前、涼月市郊外のホテルでの国防軍とキプロの戦闘の時、あの黒いロボットに銃で撃たれたと思ったのは、何かの手違いだったのか?
それとも故意に狙ってやったことなのか?ますますわからなくなる。
もし、後者だとしたら、今回の共同作戦についても不安が残る。
大和の説明に資料は一切ないので、由梨亜と榛名はただ黙って聞くしかない。施設までの距離は、由梨亜たちの宿泊している村から、直線距離でおよそ三十キロ。由梨亜の予知、探知範囲内にあるが、正確な場所は不明だ。しかも、バチカンへも常時この村の教会を介して連絡を入れることが決まっていて、大和は、その通信を傍受して情報を収集する予定だ。
いざという時に備えて、宿の裏手の納屋の中には、手配したウニモグもある。
「すでにこの施設では、研究員が二人犠牲になっているから、現れる可能性は高い。しかも囮として、山羊を一匹研究用として内部に運び込んでいる。当然、他のヨーロッパ全域の施設内からは、今夜、全スタッフを外に避難させている。腹をすかした次元超越獣なら、ここに食いついてくるはずだ。」 
大和の説明の仕方は、いかにも自分の指揮する作戦のようで、何だかおかしくなる。
「フライアが参加することは、伝えられているのですか? 私……フランス語は聞き取れません……。」
由梨亜が心配そうに尋ねる。
「ああ。法王から『妖精の加護がある』と伝えてある。全部隊、コード名『フェアリーA』に会えるということで、作戦に志願する隊員が多かったとも聞いている。だから、同士討ちの心配はないと思うよ。」
「わかりました。」
三十キロ離れた施設内で待機している部隊を支援するため、由梨亜たちもその夜、厳戒態勢のまま、床につくことなった。バチカンとの直接の関係を隠すため、大和は、一晩中無線傍受を続けることとなった。

 深夜、午前一時七分。
 榛名は、由梨亜に起こされた。
「来ます。時間はありません。大和さんにも……伝えてください。」
 室内は金色の光が満ちつつあり、由梨亜はメタモルフォセスを開始している。榛名はあわてて、寝室を飛び出して、大和に確認に行く。
 うとうとしながら無線傍受を続けていた大和は、榛名からの連絡を受け、無線機の交信に異常がないことを確認する。今のところ現場で目立った変化は起こっていないようだ。
「本当か? 次元超越獣が現れるってのは? 」
「由梨亜は、確実に侵入を予測できるの。私たちの次元センサーとはレベルがちがうの。」
「ちくしょう。それを現場に伝えることができたらなー。」
 榛名と大和が会話しているところへ、寝室の中から変身を完了した由梨亜が、フライアとなって現れる。背中から伸びる銀色の透明な羽が、シースルーのドレスの一部のように見え、その身体が一足歩くごとに金色の光がケープのように現れては消える。
「は……きれいだ……。彼女が……『フェアリーA』……か? 」
 大和が、魅入られたような表情でまじまじと見つめる。
「行くのね? 気をつけて!まだ、体力は完全じゃないはずだから。」
 フライアは、大和の視線の熱さに少し恥ずかしくなって、頬が赤くなるのを感じる。
「あ、ちょっと……まってくれ。何かの時の連絡用に……この通信機を持っていって……。」
大和が、イヤホーンとマイクが一体となったヘッドセットを取り出す。
「……それ……使えない。イヤホーンはフライアの耳の形状に合わないし……、マイクは……、フライアは声を出せないから……。」
榛名が、指摘する。
「え? じゃ、何かあった時、どうすんだよ! 」
「……そのための通信傍受でしょう。だいじょうぶ。フライアに任せるしかないって……。」
榛名はそう言うと、フライアに向き直る。
「いってらっしゃい。」
フライアは、軽く頷くと、向きを変える。
 部屋の中から、フライアの姿が一瞬に消え去る。
「す、すごい……。」
 大和は、ただ目を丸くするばかりだ。


 

14-(8)2次元の怪物


 次元空間に対する干渉が高まりつつある場所は、山脈の地下五十メートルに掘られた岩塩の採掘鉱山を利用して作られた広い空間だった。
 ナチスの資料を納めたと思われる多数のコンテナが、壁際に整然と並べて置かれている他には、壁に沿って設置された照明、山羊が一匹入れられた檻が1台置かれているだけである。研究施設と説明されたが、どう見ても倉庫としか思えない。あるいは、今回の作戦のために、不要なものはすべて撤去したのかもしれない。
 約二十メートル四方の空間の一方に鋼鉄製の扉があり、もう一方にぽっかりとさらに地下へ通ずる小さなトンネルの入り口が複数開いている。しかし、配置されているはずの、アダムの機動歩兵の姿は見えない。鋼鉄の扉の向こう側で、息を殺して待機しているのだろうか。
 怪物が、ナチスの資料の何を目印に次元空間を越えてくるかはわからないが、コンテナの方向から次元空間のひずみが高まりつつあるのは間違いない。
 フライアは、鉄製の大型コンテナのひとつに近寄る。
 コンテナにはすべて、注意書きらしき大きな紙が貼られている。書かれた大きな文字は英語ではない。たぶんフランス語か、英語なのだろう。意味はわからない。貼られている注意書きは、全部同じもののようだ。
 しかし、その下につけられた画像コピーにフライアの目は釘付けとなった。岩盤に直接設置された鋼鉄製の扉の白黒写真。そこにナチスドイツの鍵十字マークとともに、チューリップのような奇怪な怪物のレリーフが彫られているのが鮮明に写っている。
 まさか……これが怪物の正体?
 全体的にチューリップの絵のような構図だが、花の部分にあたるのは、巨大な眼球だ。しかも尖った耳がふたつついている。葉の部分あたるのは、太くクネクネと動きそうな触手だ。見ているだけで気分が悪くなるレリーフだ。
「?! 」
 気配を感じ、フライアは少し後ずさりながら構える。A3サイズの用紙に印刷された画像の背後から空間のひずみを越えて何かがやってくる気配がするのだ。山羊も危険を察知したのか、狭い檻の中をせわしく歩き回っている。
来る……。
 フライアの目は、紙に印刷された怪物の目が動くのを見逃さない。
 紙? まさか……自分の画像を媒体に?
 ハンドメーザーで焼き払おうと両手を伸ばしたとたん、突然、周囲から複数の触手がどっと襲ってくる。両手首に巻きついた触手に引っ張られ、発射されたメーザーは方向をずらされる。触手の伸びてきた方向を見て、フライアは驚いた。
 コンテナに張られた注意書きの紙から無数の触手が伸びてきているのだ。そして、正面の注意書きからは、巨大な目を持った怪物の本体がズズズズ……と出てくる。
 一体、何匹いるの?
 驚きながらも両手首に巻きつく触手を、両腕から弾き出したアームナイフに引っ掛け切断する。触手の先端表面には、鋭い無数の歯が無数に生え、先端部には吸盤状の口がぽっかり開いて、フライアの両手首のグローブを引きちぎって、生身の身体に吸い付く寸前だった。
怪物との間合いを開けるため、フライアは、後方へジャンプする。そして、フライアは、怪物の全体像を把握し、事態を理解した。
 怪物は、自己の二次元画像の注意書きを元に次元空間を通り抜けている。画像の大小に関係なく、そこを出入り口として使うことが可能なのだ。そのため、怪物本体から伸びる複数の触手の一部は、途中で消え、別の注意書きの紙から伸びている。コンテナ内部でも、何かが這いずり回る音が響いているから、中の資料から伸びて暴れている触手もあるのだろう。
 監視カメラで撮影していた監視員や警備員が犠牲になった理由も、これで納得がいく。画像のコピーや写真を撮れば、そこが怪物の異次元からの出入り口となるなら、それは、怪物の攻撃圏内に自らを置くことと同じだ。危険極まりない行為となる。
 フライアは、本体を異次元に逃がさないため、怪物が出てきた入り口となっている注意書きを焼き払おうと考えた。右腕を真っ直ぐ伸ばし、怪物本体の後方にある紙に向かって、再びハンドメーザーを撃ち込む。
 青白いビームが2条、空間を飛んで、注意書きに吸い込まれた。
 燃えない?
 驚くフライアの後方にあるコンテナの一部がボンと弾ける。続いて、フライアの右肩を青白いビームが直撃する。
 つっ……!
 え?
 予想外の反撃にフライアはとまどい、あわてて自らの周囲に防御シールドを張り巡らす。振り返ると後ろのコンテナに張られた注意書き、壊れたコンテナ内からも次々と触手が伸びてきている。右肩上部を覆うブリーシンガメン装甲が、一部溶けかかっている。
 メエエエエ~ッ!
 山羊の悲鳴が聞こえ、檻ごと怪物の触手に絡め取られて本体の方へと引きずられていく。フライアの方にも次々と触手が殺到してくるが、防御シールドにバチッバチッと、はじかれていく。新たな光線兵器による攻撃はない。
 もはや、まちがいない。ギブラだ。
フライアの持つ次元超越獣についての知識が告げる。フライアに授けられた知識の中で唯一、その姿が口頭でのみ伝えられた次元超越獣だ。次元空間に侵攻して、その中で二次元空間に埋没して次元同化による影響を逃れるという脅威の生物だ。その最大の武器は、二次元に作られた自らの姿の写し絵を媒介して、神出鬼没の移動と攻撃ができることである。科学が発達し、カメラやテレビ、コピーなど、映像を瞬時に二次元化する技術が普及するほど、手に負えない怪物となってしまうと警告されている。その増殖方法も不明だが、コピーで増殖するとの情報もあるほどなのだ。
 狭い地下の空間で使用できる武器は限られるが、ギブラの出入り口がすべてこの場所に集積されているのであれば、絶好のチャンスでもある。
 ドオーン!
 突然、研究施設入り口の鋼鉄製のドアが吹き飛び、機動歩兵「ブラック・ベアⅡ」が一体、入ってきた。手には、音叉のような格好をした銃を抱えている。
「! 」
 フライアは、そのレンズ状のカメラアイを中心に構成された頭の形状を見て、ハッとする。
(ー直接外を見るタイプじゃなくて、頭のセンサーカメラで捉えた映像を通して、外部を確認するタイプなのさ。)
 出撃前の確認で、大和が機動歩兵「ブラック・ベアⅡ」について説明していたことを思い出す。
 いけないっ。怪物を見るんじゃないっ!
 フライアは、慌てて防御シールドから抜け出し、「ブラック・ベアⅡ」の頭部に飛びかかる。しかし、フライアの手が頭部カメラを遮る寸前、「ブラック・ベアⅡ」は、後方にのけぞりひっくり返る。
 しまった……。
 フライアは、アームナイフで「ブラック・ベアⅡ」の頭部を切りとばし、中のパイロットを確認する。
 ブシューッ!
 頭部の切断部分から覗くパイロットの顔面から、血しぶきが勢いよくあがり、フライアはあわててそれをよける。
 こんな一瞬で……。
 「ブラック・ベアⅡ」の側で肩膝をつくフライアの視界に、開放された鋼鉄製のドアのさらに奥から、駆け込んでくる数機の「ブラック・ベアⅡ」の姿が飛び込んでくる。おそらく、この前衛配置の機体が連絡を絶ったため、救援に駆けつけたのだろう。
 だめ。来るなっ!
 両手を振るが、相手には伝わらない。このままでは、前衛配置の機体のパイロットと同じ運命をたどることになる。
 フライアは、とっさに触覚ビームで目潰しをかける。突然の攻撃に驚いた機動歩兵の隊列が乱れ、一部の機体は、混乱の中、腕に内臓された機関銃を乱射する。これでは迂闊に近づけない。フライアは、ブリーシンガメン装甲から光波カッターをミニマムで発射し、「ブラック・ベアⅡ」のカメラアイが組み込まれた頭部を切断する。
 「ブラック・ベアⅡ」の隊長機とおぼしき機体から、パイロットが身を乗り出し、何か叫んでいるが、意味は不明だ。しかし、その怒鳴るような声色からすると、激怒しているのは間違いない。
 ドーン!
 フライアが防御シールドを展開すると同時に、後方からギブラの触手の打撃が襲ってくる。
 バシイィィィィン!
 次は正面から機動歩兵の放ったレールガンの直撃が撃ちこまれて来る。
 フライアは、味方の機動歩兵からも敵とみなされ、攻撃を受けているのだ。次元超越獣と機動歩兵による挟み撃ちという、最悪の事態だ。機動歩兵の武器は防御シールドで防げるとはいっても、油断はできない。時間をかけるのは危険すぎる。
フライアは、洞くつの研究施設ごとギブラを倒すしかないと腹をくくり、次元転送兵器パックから、グングニルの槍を引き寄せて、ギブラの本体めがけて水平に投げ込む。狙いはしない。
槍が、ギブラの側を抜けると思った瞬間、ギブラの本体が槍に引き寄せられてその軌道に巻き込む。岩盤に槍とギブラが突き刺さると同時に、洞くつが崩落し始める。通常の崩落ではない。槍が突き刺さった岩盤の壁に崩落した岩が吸い込まれていくのだ。
グングニルは、槍型の超重力兵器だ。全長二メートルの黒い槍の先端に直径三センチの球が埋め込まれている。投擲されると高重力場を発動させて、対象を吸い寄せて串刺しにする。しかもその重力場は、ブラックホール化寸前のレベルに達するほど強烈なもので、生物を自身の体重で圧死させるとされている。
やがて、ギブラが起こしていた次元のひずみが消える。それとともにグングニルの発する超重力場も消滅するが、地下トンネルの崩壊は収まらない。
機動歩兵は、トンネルの崩落が始まると同時に退却をはじめており、フライアの視界からその所在は確認できない。
フライアは、ギブラの攻撃で死亡したパイロットの血だらけの亡骸を抱きしめる。間に合わなかったとはいえ、このまま放置することはできない。
由梨亜は、フライアの心が孤独感でいっぱいなのを感じる。
これまで幾度も次元超越獣と戦ってきたが、これほどの失望感と悲しみを感じたことはない。
同じ身体を共有しながら満たされぬフライアの心の渇望は、由梨亜にも強く伝わってくる。
一人じゃない。あなたは一人じゃない。
由梨亜は、そこでフライアが求めているものを知る。
あなたもやっぱり私の分身なんだ。
フライアは、パイロットの亡骸を胸に、トンネルの外へ空間転移した。


 

 

(第14話完)