4-12

超次元戦闘妖兵 フライア ―次元を超えた恋の物語―

渚 美鈴/作

第12話「彷徨(後編)  -さらば狂戦士ー」

【目次】

(1)混乱

(2)キプロvs蒼龍vsブラック・ベアⅡ

(3)ロスト(失探)

(4)キプロvs由梨亜

(5)キプロの正体

(6)旅立ちと交戦

(7)喧嘩別れ

(8) 後悔

 


12-(1)混乱

 その夜、自宅の日高に、緊急招集の電話が入った。
「日高一尉。緊急配備命令です。ただちに駐屯地へ出頭願います。」
「え? 何かあったのか? 」
「ODMです。詳細は出頭後、神一佐司令代理から伝達されます。」
ODMという言葉に、日高の背筋を緊張が走る。
ODMは、オーバー・ザ・ディメンション・モンスターの略、つまり次元超越獣のことだ。
「了解。日高一尉、一八五四緊急配備命令受領。ただちに駐屯地へ出頭します。」
日高は時計で時刻を確認して復唱し、ただちにアパートの地下駐車場へ向かう。駐屯地到着は、早くても19時半頃になりそうだ。
現時間帯のアラート待機は、第3機動歩兵戦隊の宮里一尉と吉田二尉。第二待機は、西沢一尉が配置された新設の第4機動歩兵戦隊。第三待機が、東一尉と比嘉二尉の第1機動歩兵戦隊で、整備・訓練配備中の日高の第2機動歩兵戦隊まで招集がかかる事態は、通常では考えられない事態である。
総動員体制じゃねぇか。
 神一佐が臨時に指揮をとっているところを見ると、よほどの緊急事態が生じたとしか思えない。それとも、慣れない次元超越獣事案への対応で、あわててしまったのかもしれないが……。
 日高は、アパートの駐車場を飛び出すと、緊急車両を示すサイレンを屋根に取り付け、全速で駐屯地へ車を走らせた。

 「黒曜山ホテル」から奇妙な人間が屋上に潜んでいるという情報が入ったのは、その日の午後6時頃だった。通報を受けた警察は、つい先だって発生した「涼月市母娘誘拐殺人事件」に関連して発生した怪奇事案への対応で国防軍対次元変動対応部隊と情報交換をしていたこともあり、携帯で撮影された画像とともに国防軍へも積極的に情報提供を行った。
 そのため、予想外に早く、その奇妙な人物が「キプロ」という次元超越獣であることが判明、基地は大騒動となったのである。
特に、この情報に敏感に反応したのが、アダム極東方面司令部である。
レイモンド少将は、ただちに特別配置された「ブラック・ベアⅡ」へ出撃命令を下すとともに、国防軍対次元変動対応部隊へも機動歩兵の出撃を要請、現場指揮は、かねてからの打ち合わせ通り、アダム極東方面司令部が行うこととなったのである。
 キプロが日本へ侵入しているとの情報を受け、立案されたオペレーション「虹の絆」は、現職のアメリカ大統領を暗殺した怪物を抹殺するという、アメリカ合衆国の威信がかかった作戦として、アダム極東方面司令部が総力をあげて取り組むものとなっていた。
当然、帝国国防軍・対次元変動対応部隊も協力を求められており、「キプロ」発見時の作戦指揮、住民避難の手法などについても、ある程度の想定が済まされていた。
 涼月市郊外のリゾートホテルという現場は、作戦の迅速な展開に好都合となり、宿泊客を特別な花火大会があるということで、全員バスで退去させ、従業員は、地下に避難させることで乗り切った。
そして、「ブラック・ベアⅡ」二機が、輸送機から高高度降下して強襲するに至ったのである。

「? 」
 ブラボーリーダーは、ブラボー6を後方へ運ぶよう部下に指示し、エコー1の方を振り返って、奇妙な感覚に襲われた。
 機動歩兵が3機いるのだが、機体番号と搭乗しているパイロットの名前をど忘れしていることに気付く。
 やばい。何と呼べば……。
「ブラボーリーダー……。ブラボーチームを率いて、全員この場から退避しろ……。」
 突然、機動歩兵の一機からかすれた声で指示が飛ぶ。
「は? 」
 「早くしろっ! 」
 声の主は、聞き覚えがあるのだが、指揮命令系統上、妥当なものか判断がつかない。
「お言葉ですが……え~っと、……一尉? 」
「敵が紛れ込んでいるんだ! 生身の身体で次元超越獣と戦うつもりか? 」
 そこまで言われると、反論できない。ブラボーリーダーは、気絶しているブラボー6の安全確保を理由に後退することにした。
 結局、リーダーも含め、ブラボーチームは、全員、機動歩兵部隊の搭乗員名を完全にど忘れしたまま後退し、事件終了まで完全に思い出すことができなかったのである。
 
 こいつは誰だ?
 バイザー上のディスプレイに点滅するターゲットマークは、機動歩兵の1機に合わせられたままで、動揺に襲われていた。
第3機動歩兵戦隊の「蒼龍」3号機と2号機なのはまちがいないのだが、搭乗員の名前が思い出せない。そもそもなんで、こいつが次元超越獣なんだ?
システムがエラーを起こしているとしか思えないのだが、その一方で、上空のフリードマン大尉からの警告が、頭にガンガン響いてくる。
 敵が……紛れ込んでいる?
と、その時、上空から煙の尾を引きながら、何かが落ちてきた。
 催涙弾?
「あぶりだす! ……気をつけろ! 」
 フリードマン大尉から回線で指示が飛ぶ。
 もくもくと刺激性の強いガスがあたりに立ち込めていく。機動歩兵は、対NBC兵器戦も想定されているため、この程度のガスであれば、何ら作戦行動に支障は出ない。しかし、次元超越獣は……そうはいかないだろう。
 機動歩兵3号機がよろめく。それを見て、2号機があわてて側から支え、自分のミニガンを自然の流れで3号機に渡してしまう。
 やめろ! 敵に武器を渡すな!
 3号機は、受け取ったミニガンを上空へ向ける。
「くっ。」
 やばいっ。奴の目的は、フリードマン大尉のブラック・ベアⅡだ。
 とっさに3号機へ飛びかかるが、3号機はミニガンを放り出して、その場から消失する。
「あ、あれ? 」
 2号機の乗員が呆けたような声を出す。このボンクラが……。
「ウォオオッ! 」
 回線に入ってきた驚愕の声につられて見上げた空から、フリードマン大尉の「ブラック・ベアⅡ」・デルタ1が、翼を折られて墜落してくる。高度はかなり落ちているとはいえ、このまま地面に叩きつけられれば、確実に即死する。
 どうする? あの速度からすると、今度はとても受け止められそうもない。
「受ケ止メラレマス。落下点ニ飛ビ込ンデクダサイ。」
「な……おおっ?! 」
 音声ガイドが、とんでもない指示を出し、機動歩兵は、ホテル側の崖をすべり降りる。動くよりも動かされている感覚だ。
もはや、自分が人間なのか、機械なのかわからなくなってくる。
頭で考えるよりも先に、身体が動いていく。フリードマン大尉を救うために、無我夢中で全力を尽くしている。
味方は絶対に見殺しにしない。
国防軍に入ってから、様々な経験の中で培って抱いた、それは俺の誇り。ポリシーだ。
 受け止められなければ、自分自身が圧死する可能性もあるという懸念が、頭をよぎるが、胸の底から沸き起こる熱い思いがそれを一蹴する。
なんとしても、助ける。助けたいんだ。
 そして、機動歩兵は、「ブラック・ベアⅡ」の落下点に間一髪滑り込んだ。

 

12-(2)キプロvs蒼龍vsブラック・ベアⅡ

「何デ、ソコマデ出来ル? 」
 キプロは、驚いてしまった。
 空から襲ってきた機械人形の乗員は、黒人と白人で、アメリカという国の所属だった。その敵意むき出しの感覚は、キプロにとって馴染みのもので、それを捉えて、念動力で撃墜するのは、次元同位の障害を受けて弱った身体であっても、実に簡単なことだった。
しかし、次の瞬間から予想外の出来事が起こった。
この日本帝国という国は、自分と同じ人種が中心のまったく未知の国だ。
いくら一緒にいる仲間、連携して戦っているとはいっても、まったく違う人種のために、キプロと同じ有色人種の兵士が命がけで救うとは思ってもいなかった。しかし、この国の兵士は、人種に関係なく、二人とも救ってしまった。
 妖精ノ加護スル力(ちから)……トデモ言ウノカ?
 コノ世界ノ人類ワ、本当ニ人種ヲ越エテ共存ノ意思デ結バレテイルノカ?
 それは、キプロにとり、妬ましくさえ思えるものだった。
「ナラバ、見セテ貰オウカ。ソノ崇高ナ精神ノ力ガ、本物カドウカ。」
 キプロは、偽装を解いた。

「な……あれ? 」
 吉田二尉は、突然目の前に、白い人影が現れたのを見て、腰を抜かしそうになった。さっきまで、居眠りでもしていたのか、朦朧としていた視界が急にクリアになったと思ったら、いつの間にか、ホテル裏手の空き地にいるのである。
「エコー2。気をつけろっ。そいつは、『キプロ』だぞ。次元超越獣だ。」
 突然、通信が入り、吉田は目の前の頭でっかちの白い服の男の正体を理解する。とっさに捕まえようとした動きを「キプロ」は、軽くサイドステップでかわし、自重約一.六トンの機動歩兵の脚をもつれさせて、地面に這わせる。
「まかせろっ! 」
デルタ1ことフリードマン大尉の「ブラック・ベアⅡ」が、手にしていた重火器らしきものをエコー2の背後に立つ形となったキプロに向ける。
それを慌てて、エコー1の宮里一尉が制止する。
「まてっ! こんな市街地でわけのわからない火器を使うんじゃない! 市民を巻き込んで被害が出るぞっ。」
「ノープロブレム! 奴の背後は、崖になっている。外しても問題はない。」
フリードマン大尉は、アタッチメントコードをすばやく取り付けると、「キプロ」に照準を合わせ、引き金を引いた。
チッ! バスッ!
2本のレール状の砲身を抜けてすさまじい速度でパチンコ玉のような小さな弾体が打ち出される。
ドオン! というすさまじい爆風が崖側から湧き上がり、「キプロ」の姿が土煙の中に飲み込まれる。爆風を背後から受けて姿勢を崩した「キプロ」の影に向け、デルタ1がさらに発砲する。
チッ! バスッ! ジャカカッ!
土煙の中に真っ赤な的のような円盤状の波紋が広がり、あたりに漂っていた土ぼこりを吹き飛ばしていく。的の中心は真っ赤で、そこから外側に赤い波紋を繰り返し広げていく。デルタ1が放った超高速の弾丸は、見事、キプロの胸のあたりを捉えたようなのだが、キプロはそれを身体の寸前で、何らかの方法で受け止めたらしい。
見た目で判断する限り、あれほどの爆風や衝撃波にも関わらず、まったくダメージを受けたように見えない。
「ガッデム! また、あのバリアかよ! 」
フリードマン大尉はカッとなりながら再度発砲するが、さらに効果は低減する。その間に、エコー1は、スピアを展張して、キプロに突進していく。
「デルタ1! 援護を頼むっ。」
「オーライ! 」
 デルタ1の射線をはずして、キプロの右翼からエコー1の機動歩兵「蒼龍」が突進する。
 キプロが、突進してくる「蒼龍」に目を向けたのをフリードマン大尉は、見逃さなかった。
「ヘイ! アイム ヒア。」
 叫ぶと同時に再度、引き金を引く。照準は「キプロ」にがっちり固定されている。絶対に外さない。
 チッ! バシッ! グワキィィィィーン!
発射音とほぼ同時に、キプロに突き出された「蒼龍」の右腕のチタン合金製のスピアがへし折れて吹き飛ぶ。
「うわっ……」
 機動歩兵「蒼龍」も右腕に受けた衝撃で一回転しながら崖下に叩きつけられる。
「ホワッツ? 」
 フリードマン大尉は、愕然となった。試作品のレールガンで打ち出された、秒速8キロを越える弾丸の弾道が途中で変わるなど、聞いたこともない。しかし、現実に大尉がキプロに向けて発射した弾丸は、最低でも三十度近くコースを変えて、味方の機動歩兵のスピアを砕いてしまったようなのだ。
こいつは……弾丸の軌道さえも自在に変えることができるというのか?
呆然とするフリードマン大尉を無視して、「キプロ」は、ゆっくりと崖下で停止しているエコー1に向かっていく。
レールガンで崖に穿たれた放射状のくぼみは、直径五メートルに及ぶ大きさだ。わずか一センチ弱の弾丸が及ぼした破壊力とは到底信じられないものだが、キプロは、その破壊エネルギーでさえも無効化してしまうのか?
キプロが崖面に手をかざすと、地響きがわき起こった。
ズズズズズズズス…………
それととも、崖の固い岩盤に亀裂が走る。倒れ伏した機動歩兵「蒼龍」の周囲にパラパラと硬い石の破片が落ちていく。
「! ノゥーオー! 」
フリードマン大尉は、「キプロ」の意図を察して、マイクに向かって叫びながら、重火器を放り出し、腰から伸縮式棍棒を取り出して「キプロ」に殴りかかった。
「エコー1! 退避しろっ! 崖が崩れる。」
ブゥーん、ガアーン
「ブラック・ベアⅡ」が標準装備する格闘戦用の棍棒は、タングステン製の頭部に劣化ウランを詰めて重量を増しているため、振り下ろされた時の破壊力はすさまじい。演習では、戦車の120ミリ砲身を一撃でへし折ったという実績を持つ。それなのに……。
ブラック・ベアの渾身の一撃を、キプロはあっさりと左手で受け止めてしまった。それはキャッチしたように見えたものの、実際は、受けた衝撃を百パーセント弾き返したようなものだった。だから、フリードマン大尉の手首に還って来た衝撃もすさまじいものとなった。
「アチッ、ツツツッッッッ…………。」
ビリビリする激痛に顔をゆがめながらも、大尉は、折れ曲がった棍棒を必死で握り続けて放さない。しかし、モニター越しに見る「ブラック・ベアⅡ」の右手は、グシャグシャだ。
甲の部分を覆う装甲板も逆向きに跳ね返った指の動きを押さえられず、裂けてめくれあがっている。手首の部分も同様だ。このような損傷を受けても、手や腕としての機能はまったく失われていないのが信じられない。
人工有機培養細胞を用いた動力伝達システムにより駆動するブラック・ベアⅡだからこそ成せる奇跡だ。日本帝国軍の機械駆動の「蒼龍」ではこうはいかないだろう。金属パーツなら、破損して機能停止に陥っているはずだ。
「で、デルタ……ワン。感謝する……。」
弱々しい声が入ってくる。
見ると、エコー1が懸命に起き上がろうとするところだった。
ビシビシビシィーッ
崖の岩盤にたてつづけに不自然な亀裂が走る。
「エコー1! ミヤザト! ハリーアップ! 逃げろっ。こいつは、石を落としてお前をつぶすつもりだ。」
フリードマン大尉は、懸命に叫ぶと、少ししびれた右手から折れ曲がった棍棒を左手に持ち替える。キプロは腰に手を当てて、その様子を平然と見守る。
「させるかよっ。」
フリードマン大尉は、左手で折れ曲がった棍棒を水平に振り回し、キプロを牽制する。
今度は当たっているはずなのに、まったく感触が返ってこない。まるで幽霊か、透明人間を相手にしている感覚だ。
「ガッデム! どうなってるんだ? 」
ビッ!
何回か振り回しているうちに、急に何かが掠めた感触が来た。
「? 」
「フリードマン大尉。ちがう……敵は……ここです……。」
いつの間にか、目の前にいたはずの「キプロ」の姿が消える。声に振り返ると、エコー2の吉田二尉が、腹ばいになりながら、近くにいるキプロの片足をしっかり掴んでいた。
大尉が振り回した棍棒の端が、いつの間にか後方に移動していた「キプロ」のどこかに掠ったようだ。
それは、吉田二尉が、突然脚を掴んだ偶然が起こした奇跡だった。

 

12-(3)ロスト(失探)

「私ニ……触レルナッ! 」
 エコー2に脚をつかまれたキプロは、激怒した。幾多の崩壊した世界を旅する中でも、このような失態を演じたことは一度もなかった。
その時のキプロの心に浮かんだのは、捉えられ、拘束されて、生きながらメスで切り刻まれた恐怖とすさまじい苦痛、そしての幼い頃、心に刻まれた数々の恐怖と怒り、屈辱の記憶だった。
キプロは思わず、我を忘れ、力を解放した。
ベキベキッ! バキッ……
すさまじい破壊音が轟き、キプロの脚を掴んでいたエコー2、機動歩兵「蒼龍」3号機の手の指が粉砕され爆発する。さらに背部のAPUパックや通信システム、そしてシステムFの外部パックが音を立てて引き剥がされ、火花が飛び散り、薄紫の煙があがる。装甲版もメキメキとねじ曲がり、ボルトやビスを弾き飛ばしながらめくれあがる。
「オー?! 」
 チャンスと見た、フリードマン大尉がキプロに棍棒で殴りかかる寸前、その目の前に、大破したエコー2・機動歩兵「蒼龍」3号機が、ぶらんと空中に立ち上がり、キプロの盾となって立ちはだかる。
 キャノピー越しに見える吉田二尉が口をパクパクさせて、何か叫んでいるようだが、通信システムも破壊されたせいで、何を言っているかわからない。
 エコー2は、完全に機能停止状態に陥ったようだ。
「シット! 」
 フリードマン大尉は、エコー2をかわしてキプロを攻撃しようとするが、逆に空中に浮かぶエコー2に押されて、とうとう後ろに転倒してしまう。重量一.六トンの「蒼龍」3号機が、その上にのしかかり、ブラック・ベアⅡの行動の自由を奪う。
 そして、大尉が「蒼龍」3号機の下から見ている中で、崖から数十トンはあるかと思われる巨大な岩が、宮里一尉の機動歩兵の上へと崩れ落ちる。
「エコー1! 逃げろ……! 」
 だめだ。もう間に合わない……?
大尉が絶叫する中で、宮里一尉の「蒼龍」2号機は、降り注ぐ土砂と岩石の雨に覆われ、見えなくなる。
崖崩れの土ぼこり舞う中、大尉の目に、金色の光が一瞬輝くのが飛びこんでくる。しかし、それも一瞬のことだ。
 ドガアアアアアン。グワラグワラグワラ……ッ。
 崩落してくる大量の岩石。雨のように降り注ぐ大小の岩に遮られる。
落ちてきた岩で最大のものは、百トンを越える岩盤の一部だ。機動歩兵に搭乗していても、あれだけの重量で押しつぶされれば、ひとたまりもない。
 決定的な地響きが轟く。
 フリードマン大尉は、必死に起き上がると、吉田二尉の機動歩兵を担いで、その場から退避する。離れているとはいえ、あの巨大な岩盤が、衝撃でバウンドすればどこまで被害が及ぶかわからない。転がれば、数キロ先まで被害が及ぶかもしれない。
 百メートルほど離れたところで、大尉は、崖崩れの現場を振り返る。
 もうもうとわきあがる土ぼこりの中で、巨大な矢尻状の岩塊が大地に突き刺さって、天に向かってそびえ立っている。
 キプロの姿もいつの間にか見えなくなってしまったが、あの崖の崩落に巻き込まれるはずがない。きっと逃げて、どこかからこの様子を観察していることだろう。
 エコー1、宮里一尉は、崖の崩落に完全に巻き込まれてしまった。
 あれでは、機動歩兵に搭乗していても圧死は免れない……。
しかし……。
フリードマン大尉は、崩落直前に見た、不思議な光景を思い出す。
 金色の光といえば、ひとつしか思い当たるものはない。
 まさか……フェアリーA? 妖精が?

 リゾートホテル「黒曜山」は、小高い山の谷側を整地して立地を確保し、裏手の山側を大きく削って、十分な駐車場と後方支援施設を整備していた。
その裏手の崖が大規模に崩落したわけだが、それが幸いして、ホテル本体の建物に被害は生じていなかった。
 「ブラック・ベアⅡ」の機内で、フリードマン大尉は、状況の把握に努める。
やはり、「キプロ」の姿はどこにも確認できない。
次元センサーや熱源センサーの類にも、それらしき反応はない。
真っ暗な中腹の山道を迂回して降りてくるデルタ2とブラボーチームのライトの明かりが、遠くに見える程度だ。
ホテルのさらに下の街道から、支援部隊の車両が登ってくるのが見えるが、崖崩れのため、ホテルへのアクセス道路が閉ざされ、今しばらく駆けつけるまでには時間がかかりそうだ。
 崖の崩落によって、駐車場の外灯はすべて消え、崩落現場はどっぷりと闇の中に溶け込んでいる。2次崩落が起こることも予想されるため、一時的に崩落が収まっても、現場に近づくこともためらわれる状況だ。
「ガンマワン。応答せよ! 」
 フリードマン大尉は、国防軍駐屯地内に設置された作戦指揮本部との交信を試みるが、応答はない。
「キプロ」と交戦に入ってから、ガンマワンとの交信は完全に途絶している。原因は不明だ。
「こちらデルタ1! エコー1、応答せよ。」
 それではと、フリードマン大尉は、エコー1との交信を試みる。
奇跡を信じて。
応答はないが、何もせずにいられず、大尉は、「ブラック・ベアⅡ」を現場に向かわせる。危険は百も承知している。
「フリードマン大尉! 私も行きます。」
 損傷して動けなくなった「蒼龍」3号機から降りてきた吉田二尉が、後から徒歩でついてくる。
「来るな。生身の身体じゃ、何かあっても逃げられんぞ。ここはまかせろ。」
 フリードマン大尉が、吉田二尉を振り返って制止した時、正面から金色の光が射してきた。
「? 」
「な、なんだよ、あれ? 」
 崩落現場の大地から、金色の光があふれだす。
巨大な岩の塊がゆっくりと浮き上がり、その下から金色の光に包まれた機動歩兵「蒼龍」2号機とフライアが現れる。
巨大な岩の塊は、「蒼龍」2号機とフライアが出てくると、また元の位置に着地する。
 フライアは、機動歩兵を軽々と抱えてフリードマン大尉と吉田二尉の元へと飛んでくる。
「ふ、フェアリーA……? リアリィ? 」
 フリードマン大尉は、初めて見るフライアの姿に、感動のあまり声も出ない。
 金髪をたなびかせながら、背中の羽が羽ばたいている。
あの程度の羽ばたきで一.六トンの機動歩兵を持ち上げられるのも、信じられない。そして、それ以上に、金色に輝くその姿の神々しさに、フリードマン大尉は目を奪われていた。
 
やがてフライアは、機動歩兵をゆっくり、「ブラック・ベアⅡ」の前に降ろす。機動歩兵のキャノピーの防弾ガラスはヒビだらけだが、内部は無事のようだ。
 吉田二尉は、機動歩兵に駆け寄るとキャノピー下側にある、緊急レバーを引く。
 ボンと音がしてキャノピーが開放される。中では宮里一尉が気を失って倒れている。
「宮里一尉~。よかった~。」
 吉田二尉が宮里一尉のシートベルトを外しながら、フライアに礼を言う。
「フライア。ありがとう。助けてくれて……。」
 フライアは、少し高めの位置でホバリングしながら、その様子を確認し、少し微笑みを返すと、ゆっくり上昇を始めた。
「ヘイ! ウェイト! プリーズ……。」
 フリードマン大尉があわてて、フライアに呼びかける。
 「ブラック・ベアⅡ」の無骨な機械の手が伸びてきたため、フライアは慌ててそれをよける。
「オー。ノゥ。ちがう。敵意は……ない。」
 フリードマン大尉は懸命に呼びかけるが、フライアは、初めて見る「ブラック・ベアⅡ」の真っ黒な姿に警戒の色をみせて、そのまま上昇するスピードをあげていく。
 だめだ……。何とかフェアリーAを止めなければ……。そう思うものの、どうすればいいのか、良い考えが思いつかない。
 ジャキッ! 突然、銃の安全装置を解除する音が響く。
「な……? 」
「え? 」
 吉田二尉が音のした方を見ると、フライアに向けて伸ばした「ブラック・ベアⅡ」の右腕上部から銃口がむき出しになって露出する。ブラック・ベアⅡ自身も自分の右腕を眺めて、唖然としている。
「まさか? 」
フリードマン大尉が、とっさに腕の向きをフライアから逸らすのとほぼ同時に銃口が火を吹いた。
 タタタン、タタタン。
 軽快な乾いた機銃掃射音が、暗い山々にこだまし、数条の火線が上空のフライアに向けて放たれる。
 初弾は、フライアの左の頬をかすめ、風になびく金髪を数本引きちぎる。残りの数弾は、右へそれて、さらに1弾が羽をやすやすと貫通する。
 小口径短機関銃の至近距離からの一連射。しかもまったくの奇襲となったため、さすがのフライアも避けることができなかったのだろう。
 驚いたフライアの顔が強張り、身体を覆う金色の光が輝きを増す。
耳のあたり、イアーマフの下にあるイアリング状の宝石が緑色から赤く変化しつつ、輝きを増す。まるでフリードマン大尉を咎めるかのようだ。
 しかし、言葉はない。
ちがう。誤解だ。
撃つ気はなかった……。事故なんだ……。
フリードマン大尉は心の中で、懸命に弁解するものの、あまりの事態についていけず、言葉が出ない。
重苦しい沈黙は、そう長くは続かなかった。
やがてフライアは、くるっと背を向けたかと思うと、溶けるようにして、一瞬にしてその場から姿を消してしまった。
「な、何をするっ?! 」
 吉田二尉が叫んで、「ブラック・ベアⅡ」の脚に体当たりをかける。フライアがいなくなって、吉田二尉も緊張が解けたらしい。発砲したフリードマンを咎めるように、「ブラック・ベアⅡ」の脚を蹴飛ばす。
「…………な、なんで? オー……マイガッ……。」
 フリードマン大尉は、「ブラック・ベアⅡ」の中でただ呆然としていた。
一体、なんで内蔵機銃が……?
システムが暴走したにしても、あまりにも最悪のタイミングだ。
 合衆国初めての「フェアリーA」とのコンタクトの機会が訪れたというのに。俺は、そのチャンスを台無しにしてしまった。
 しかも、信用を損ねたのは確実だ。
 外で吉田二尉がえらい剣幕で怒鳴っている様子が見える。
何を言っているのか、わからないが、想像はつく。
フリードマン大尉は、自らが犯した、あまりにも重大な失態に頭を抱えるばかりだった……。

 

12-(4)キプロvs由梨亜

機関銃で至近距離から撃たれた由梨亜は、大きなショックを受けていた。
佐々木邸のログ・コテージに帰り、フライアから変身を解除しても、足の震えが止まらない。一度死にかけた、あるいは死んだかもしれないこの身体ではあっても、死に対する恐怖がまったくなくなってしまったわけではない。
むしろ、妖精たちの力で、妖精兵士、妖兵フライアとして新たな生を与えられたことで、逆に生への執着心はより強くなったような気がするのである。
ベッドに腰掛け、サイドテーブルの水差しからコップにミネラルウォーターを注ぎ、一口飲む。
喉の渇きを潤す水の美味しさに、まだ生きているという魂の喜びを感じる。
ふと、窓ガラスに映る自分の顔に目がいく。
フライアの左頬についたかすり傷は、変身を解いた段階で消え、由梨亜自身の顔に傷跡は何も残っていない。しかし、フライアとして戦ったのは、これが二度目で、しかも初めて傷を負ったことが、不安を大きくしていた。
寄生体と一体となったこの身体の再生能力は、不死身に近い。
しかし、絶対ではない。
フライアの戦闘力、その持てる超兵器の力は絶対で、自分は傷つくことなどないと信じていたのだ。
それが今夜、いとも簡単に破られてしまった。
しかも、次元超越獣よりもはるかに、か弱いはずの人間からの攻撃で。
さらに、味方だと思っていた国防軍の中から攻撃を受けたことも、信じられないことだった。
それは単に驚きというのを通り越して、裏切られたという印象が強く残り、失意となって由梨亜の心を苦しめた。
身体が傷つくと同時に寄生体の意識が目覚め、自然に防御機能が高まり、同時に抑えられない怒りの感情が頭をもたげてきたのも驚きだった。
一つの身体を共有していればこその出来事かもしれないが、それは妖兵というモザイクのような身体に宿る心というものの複雑さを痛感させるものだった。
あの時、哀しみと怒りが混ぜこぜになった、やるせない感覚に支配されかけたが、その場から立ち去ることで、理性が保たれたように思う。
あのまま、その場に留まれば、怒りのまま暴走して、何をしたかわからない。
特に発砲してきた黒いロボットは得体が知れず、油断できない相手であることは十分理解できたから、反撃した可能性は高い。
それは自分の身を守るためとはいえ、フライアの使命に反する行為だ。許されることではない。
それでは、フライアも由梨亜自身も身を守ることさえ許されないというのか? そう思ったとたん、由梨亜の心に怒りの感情が再び頭をもたげてきた。
いけない。冷静になれという叫びが、どこか遠くから聞こえる。
気をつけろ。
敵はすぐそばに来ている。
意外な警告が身体の神経を震わす。
敵……? 誰……?
ナルホド。妖精ノ御使いガ、コノヨウナ姿デ居タトワ、誰モワカルマイ。
由梨亜が声なき声のした方向を見ると、そこに白い体に密着した衣服を着た頭でっかちの男が、いつの間にか、立っていた。
「誰? 」
オヤ? 言葉ヲ喋ルノカ?
白い男は、2メートル近い巨体だが、敵意はあまり感じられない。
窓から差し込む月明かりが作り出す明暗のコントラストが、不思議なほどひょうきんな印象を作り出す。それでも、心の中では警報が鳴り続けている。
 由梨亜のままでは、とても太刀打ちできる相手ではない。
 心配スルナ。危害ワ加エンヨ。
 白い男は、ベッドの側のサイドテーブル附属の小さなスツールにちょこんと腰掛ける。とても自然な振る舞いで、ある意味、隙だらけだ。
「私ワ、なーひん・とぅりー・むるとぅるわ。妖精タチノ命名デワ、次元超越獣「きぷろ」ト呼バレテイル者ダ。君ワ、『魂を失くした人』。妖精ノ御使い、妖精兵士ダネ? 」
 「キプロ」という名前に、由梨亜は激しく動揺する。
国防軍がマークし、堂島の事件に関わっている次元超越獣が、「キプロ」なのだから……。
由梨亜の警戒心を、その表情から懸念を汲み取ったのだろう。
「キプロ」は、左手の人差し指を立てて左右にふる。
「オット。私ワ、君ト戦ウツモリワナイ。ソレニ、モウ少シシタラ、コノ世界カラ去ルツモリダ。」
 その穏やかな態度と丁寧な言葉遣いに、由梨亜も少し緊張を解く。
「私は、御倉崎由梨亜。あなたが言うように、妖精がこの世界に派遣した妖兵フライアでもある。私に……何の用? 」
「単刀直入ニ訊ネル。コノ世界ワ、救ワレルベキ存在カ? 」
「? 」
 由梨亜は、「キプロ」の質問の意図がよく飲み込めず、黙ってしまう。
「キプロ」は、由梨亜の答え次第で、戦闘を開始し、この世界を破滅させようとしているのだろうか。そうだとすれば、安易に答えられない。
 由梨亜が回答に躊躇しているのを察し、キプロは続ける。
「未ダ、答ワ、見ツカラヌ……カ? 」
 ぐふっ。
 「キプロ」が咳き込み、大きなヘルメットの首の下あたりから血がポタポタと垂れる。突然のことに由梨亜は驚き、つい手元にあったタオルを持って駆け寄ってしまう。そして、二人の距離が極端に接近して初めて、この異常な状況に思い至る。
 「キプロ」の白い巨大なヘルメットが、由梨亜の目と鼻の先にある。
「キプロ」が攻撃する気なら、もはや避けることは不可能だ。
信用しているわけではない。
しかし、ここまで来て、途中で止めるのも癪な気がして、由梨亜は意を決して、心の隅で鳴り響く警報を無視する。
「キプロ」のヘルメットを軽く手で支え、タオルで首の下から流れ落ちる血をふき取る。
「スマナイ。次元同位ノ……障害ダ。ダカラ、余リ長クワ、居ラレナイ。」
「次元同化……する気はないの? 」
 キプロは首をふる。
「君ト……戦ウ気ワ、無イト言ッタ。うそワ……ツカナイ。」
 「キプロ」は、血をぬぐう由梨亜の手を、もういいと言うようにふりほどく。
「アリガトウ。コンナ心配ヲシテモラッタノワ、遥カ昔……母ノ手以来ダ。ダガ、私ワ、人間ト言ウ存在ソノモノガ憎イ。自分モ含メテ……。」
「どうするつもり? 」
「君ワ、妖精カラノ使命ヲ帯ビテ、コノ世界ニ派遣サレタハズダ。ソノ崇高ナ使命ニワ敬意ヲ払オウ。ダガ、私ワ、素直ニソレヲ信ジルコトワデキナイ。」
「キプロ」は、ゆっくり立ち上がる。
「妖精ワ……神デワナイ。神ノしもべ、御使いデモナイ。ダカラ、ソノ崇高ナ使命ノ裏ニ、君達ニモ伝エテイナイ目的ガ在ルト……思ッテイル。ソレワ、私ガヤルコトト変ワラナイト……思ッテイル。」
「キプロ」はそう言うと、静かに、寝室のドアに向かって歩きはじめる。
どうやら、用は済んだらしい。
「……マタ、イツノ日カ、訪レル。ソノ時、君ノ答ヲ聞キタイモノダ。私ノ対応ワ、ソノ時、決メヨウ……ト思ウ。」
「なら、答えは決まってる。今も……未来も変わらない。」
由梨亜も答える。
「キプロ」の思慮深さには感心するものの、妖精が指定している次元超越獣であることに変わりはない。
その戦闘力は、超能力という推し量り難いものであるが故に、未知数だ。無理して戦うことがなければ、それに越したことはない。
戦うことなく、去ってくれれば……。
由梨亜の返事を聞いて、「キプロ」が振り返る。
「ホウ、……答エワ? 」
「イエスよ。」
二人の間にしばらく静寂が流れる。
やがて、キプロが腰に手を当て、由梨亜に向き直る。
「ナルホド。ソレワ、妖精ノ御使いトシテノ、答えダ。私ワ、君ノ答えガ知リタイ。」
「同じ。変わらないわ。」
「キプロ」は、首をふる。
「由梨亜。人ワ……変ワルモノダ。私ニワ、封印サレタ、ソノ向こうニ……私ト同ジ、暗黒ニ染マッタ心ガ……見エル。君ノ心ニ仕掛ケラレタ爆弾ガ……見エル。」
「爆弾? 」
「モノノ例えダ。今ニ……ワカル時ガ来ル。」
「キプロ」は、そう言い残すと寝室のドアを開ける。
「まって! まだ、聞きたいことがあるの。」
由梨亜は、「キプロ」を引き止めようとした。
堂島との関係は、ぜひ聞いておく必要がある。
その時、ログ・コテージの外に人の気配が近づいてきた。由梨亜の鋭い聴覚は、撃鉄が起こされる音を捉える。このタイプの銃を所持しているのは、金剛だけだ。
まずい。由梨亜がそう思ったのも一瞬だった。
「キプロ」は、ドアを抜けてそのまま消えてしまう。
由梨亜の心の隅で鳴り響いていた警報がピタリと止む。
どうやら「キプロ」はテレポートして、ここから出て行ったようだ。次元空間を空けた感覚が感じられなかったことから、それだけはわかる。
しかし、その行き先はわからないし、追いかけようもない。
本当にそのまま、この世界から去っていくという確証はないが、由梨亜は「キプロ」が、約束を守ることを確信していた。

「由梨亜様。今、他に誰かいませんでしたか? 」
外の様子を確認するためログ・コテージの入り口に立つ由梨亜に、庭の暗がりの中から現れた金剛が話しかけてきた。
「ええ。『キプロ』が……来ていました。」
「は? まさか……ご冗談を……。」
由梨亜の答えに、金剛が呆気にとられる。
しかし、由梨亜が黙ったままなのを見て、それが本当なのだと思い知る。
「お怪我はありませんか? 次元超越獣が一体なぜ……? 襲ってきたということであれば、すぐに我々を呼んでいただければ……」
「だいじょうぶです。ほんの少し、お話をしただけです。でも、このことは、しばらく内密にお願いします。特に、国防軍には……。」
金剛は、手にしていた銃を上着の下、肩から下げたホルスターに収めながら、あえて確認の言葉を口にする。
「日高一尉にも……ですか? 危険はないのですか?」
「ええ、だいじょうぶです。日高さんには、私から直接お話しします。」
由梨亜は、そう答えながらも、突然生まれた、次元を放浪する者との出会いに不思議な仲間意識を感じていた。
「キプロ」……不思議な次元超越獣の名前は、ナーヒン。
覚えておこう。

 

12-(5)キプロの正体

「『キプロ』は、この街のどこかに潜んでいる。由梨亜も気をつけてほしい。そして、何か、奴の行方を知る手がかりを見つけたらすぐに連絡してくれ。絶対に自分たちで何とかしようとしないでくれよ。」
 日高からの電話は、いつも以上に一方的だ。
「待って。その……『キプロ』って、前にも聞いたけど……本当に危険な次元超越獣なの? 」
 由梨亜は、素朴な質問をしてみる。
つい数日前に直接話をしたため、危険性については、少し疑問がある。
事実、国防軍との交戦でも、ついに一人の死者も出していないと聞いているのだから……。
「ああ、少なくとも2人の人間を殺している。最初の一人は、ちょっと問題があって教えられないけど、もう一人は、由梨亜もよく知っている奴だ。」
「……? 」
「暴力団・北斗死地星会の構成員、大西竜司だ。由梨亜のクラスメートの堂島さんのお母さんを殺した奴だ。」
 それを聞いて、由梨亜は、つい怒りが込み上げてきて、過激なことを言ってしまう。
「あんな奴、殺されて当然じゃない! 他の非行少年たちもやっつけちゃえば良かったのよ。」
「落ち着いて。気持ちはわかるけど……ね。ただ、非行少年三人も無事じゃないよ。三人とも首から下は動かない寝たきり状態にされちまってる。」
「え? 」
「偶然かもしれないが、最初は、誘拐された堂島を助けたみたいなんだが、その後で、警察に拘束されている四人を襲ったんだ。それと、これはあまり他には言わないで欲しいんだけど……、『キプロ』が怖いのは、知性を持っていて、人の認識力や意識をコントロールすることができることなんだ。」
 日高の説明は、冷静だ。
「大西たちがやられた時も、国防軍兵士は、奴の姿をフライアと思い込まされて素直に拘置施設内に通してしまった。事件・事故調査班リーダーの須藤でさえも、簡単に騙されてる。カメラの映像では、『キプロ』そのまんまの姿なんだけど、目の前で見ている本人たちは、フライアだと思い込んでいるんだ。まるで、催眠術だよ。誰か第三者に指摘されるまで、まったく気付かない。まあ、俺だったら、そう簡単に騙されなかったと思うけどね。」
 後半は、須藤への反発もあり、少し言葉にトゲが出る。
「へー。ずいぶんと自信があるんだ? 」
 由梨亜は、少しいじわるしてみる。
「おう。俺はフライアとは戦友みたいなもんだからな。おまけに……。」
 日高の口調が、急に尻すぼみになる。
「おまけに……何? 」
「いや……・あの……なんだ……。」
 あまりにも単純にひっかかったので、由梨亜は、少し可笑しくなる。
今度フライアになって、日高と一緒になる機会ができたら、少し迫ってみるのもおもしろいかも……とか思ってしまう。
「あ、ごめん。他にも連絡するとこがあるから、これで。」
 ピッ!!
 あ~っ。逃げられた。
 プリペイド携帯なので、こちらからあまりかけられないのをいいことに、日高はさっさと電話を切って、フライアとの関係をはぐらかしてしまった。
 フライアが、私の変身した姿だと知ったら、日高はどう思うだろう。
前は、とても不安だったが、今では少し期待しているところもある。
 次元超越獣「キプロ」の件は、堂島にも教えた方がいいだろうか。
 なぜかわからないが、「キプロ」が意図的に、堂島の母親の仇討ちをしてくれたことは、ほぼまちがいない。
しかも、そのおかげで、由梨亜がフライアとなって事件に関与した事実がわからなくなっているので、好都合この上ない。
 「キプロ」に直接聞くことができれば、そのへんの理由は確実にわかるはずなのだが、由梨亜自身、「キプロ」の居場所も、連絡方法もわからないため、どうしようもない。
 「キプロ」と会ったこと、日高さんが知ったら驚くだろうな。だけど、話の内容が、フライアに関することだけに、簡単に話すわけにはいかない。
 学校に向かう車の中で、由梨亜は考えを切り替え、堂島に「キプロ」のことをどう伝えたらいいか思案する。
 話すということは、母親を失った堂島の心の傷に触れてしまうことになる。
堂島の心の傷の深さを考えれば、まだ、それは避けたいところだ。
しかし、そうはいっても、「キプロ」がすでに堂島に接触した可能性がある以上、また接触してくる可能性は高い。
そうなってしまったら、元も子もない。
 やはり、日高さんに相談してから……。結論はそれからにしよう。
 ベンツの後部座席から窓の外に目を向ける。
 深まりつつある秋の気配の中、涼月市の街中の街路樹も紅葉が進んでいる。
学校に向かう生徒たちの姿も衣替えが終わって、冬服に変わっている。学校に近づくにつれ、北斗青雲高校の詰襟服の男生徒とセーラー服の女生徒の姿が増えてくる。
私立とはいえ、帝都の先進都市の高等学校の制服としては、古めかしすぎるという批判の声も一部にはあるものの、由梨亜にとっては感覚的に受け入れやすく思っている。
スカートの丈が短すぎる気がするものの、流行のブレザーとミニスカートの組み合わせよりも、まだこちらの方が親しみやすい。
そんな感想を言うと、福山には「遅れている」と笑い飛ばされてしまうのだけど。
「着きました。今日は少し早いので、駐車場へ入れましょう。」
 運転席の霧島からの声が、由梨亜の思考を中断させる。
 やがて、由梨亜の乗ったベンツは、北斗青雲高校の正門前を通りすぎて、公用車駐車場へと静かに入っていった。

「ガーディアンは、本当にいるのよ。信じてくれないかもしれないけど。」
 堂島は、少し暗い影をその横顔ににじませながらポツリとつぶやいた。
 由梨亜と福山、椎名の三人は、顔を見合す。
「ガーディアンって……何? 」
 椎名が、素直な質問を口にする。
 由梨亜と福山は、思わずしまったという思いで、椎名の手をひっぱるが、椎名はまったく気付かない。
「神様みたいなもの? 」
 椎名には何ら悪意はないのだが、堂島も特に意識していないのか、少しさびしそうに微笑むだけで、静かに答える。
「……かもしれない。あたしね。死んでお母さんに謝りたかったんだ……。」
 堂島は、左手のオレンジ色のリストバンドをめくって見せる。手首に走る痛々しい傷跡、その周囲に小さな切り傷がいくつか並行に走り、一番深い傷跡には、抜糸のあとがうっすらと赤く残っている。
 由梨亜と福山は、思わず息を飲む。椎名は、その傷跡と堂島の言ったこととの繋がりがどうもピンとこない様子だ。
「手首を切って、洋介に……お父さんに病院に連れて行かれて、泣かれたけど、それでも気持ちは変わらなかった。どうしてほっといてくれないんだろうって……、とてもイライラするだけだった。でも……病院で寝ている時、お母さんが来てくれたの。そして、私を抱きしめてくれて……。夢じゃないんだよ。お母さんがあたしに生きていて欲しいって、そして、そのために、ガーディアンを連れて来てくれたの。」
 由梨亜と福山、椎名の三人は、堂島の夢の話を黙って聞くしかない。
「ガーディアンって、すごくたくましいインディアンの男性の姿をしているの。大西や小沢たちを簡単にやっつけちゃった……。だから……もう大丈夫だって。あなたは、私の分もしっかりと生きて欲しいって……。」
 白いカーテン越しに、柔らかな西日が入る部屋の中を静かに風が吹きぬける。
 堂島の声は、後半に行くに従って、少し掠れてくる。
自らの免罪を告げる言葉を紡ぐことは、やはりまだ心のどこかでわだかまりがあるのだろう。
 少し震えている堂島の手に、由梨亜は思わずそっと自らの手を重ねる。
「…………。」
 堂島が黙って目を上げ、由梨亜を見つめる。
二人の視線が絡まり、由梨亜は黙って微笑んで、うなずく。それを見て、福山も二人の手の上に自分の手を重ねる。
三人が互いに視線を交わしあい、静かに微笑む。言葉はない。
「へーっ。インディアンねぇ……? 遥のガーディアンって、お母さんがきっと、強い人をってことで、外国から連れてきたんだね。」
 椎名は、首をひねりながら一人頷いている。
「あ、ウソじゃないのよ。本当なの。お母さんはあたしをいつも見守ってくれるって……何かあったら、必ず助けに来てくれるって約束までしてくれたし……、名前だって知ってるんだから……。夢じゃないから、名前まで覚えているのよ。」
 堂島は、ガーディアンの正体にこだわる椎名に、説明を続ける。
「ナーヒンよ。ナーヒン・トゥリー・ムルトゥルワ。アメリカのネイティブインディアンで、ヤヒ族の偉大な戦士の末裔で、『裁きのイカヅチを手に彷徨う子』という意味なの。」

 

12-(6)旅立ちと交戦

 朝日がさす深い霧に包まれたカルデラ湖の湖畔で、キプロは腰をあげた。
帰る時が近づいていた。
 霧の湖と呼ばれるだけあって、たちこめる霧のなか、周囲を囲む外輪山の黒い尾根の線が周囲の朝焼けの空とのコントラストを際立たせて、極めて幻想的な景観を作り出している。
静かに湖面を吹く風が、立ちこめる深い霧のベールを払い、冷たく澄んだ水面を時折のぞかせる。
朝露に濡れた岸辺の草が、差し込む日差しにキラキラと輝く。
湖畔の砂利を踏みしめ、キプロは、湖面の上の次元空間に干渉するため、力を加える。やがて霧の中にぽっかりと黒い穴が開き、しだいにその大きさを広げていく。
「ン? 」
キプロは、次元空間へ干渉する手ごたえに意外な脆さを感じる。
今までに感じたことがないほど、やすやすと次元ポケットが開いてしまったのだ。それは、まるで誰かが手助けしているか、破れかけていたカーテンを裂くような、そんな感覚なのである。
力を入れすぎると、次元空間への入り口が無制限に広がりそうな気配まで漂い、キプロは慌ててポケットに飛び込むと、入り口を閉めようと逆に力を加えた。
キプロは、直接、アインたちの出撃拠点となっている次元世界へ跳ぶつもりだったのだが、次元世界同志が接触する前に、大きな次元ポケットが開いてしまったため、とりあえず次元ポケットへ移動することにしただけだった。
しかし、入ってみると、そこがさらに封鎖された空間であることに気付く。
ナ……何ダ?
次元ポケットでこんな現象に遭遇するのは、初めてだ。
光のない暗黒の世界に超能力の視力を働かせたキプロは、あちこちに黒い穴のあいた丸い頭の怪物がじっとしている姿を確認した。その全身を覆う薄黄色のぬめった皮膚は、かなりの厚みを持っていそうだ。やがて、キプロの動きを察したのか、その5メートル近い巨大な身体がピクリと震え、頭部のたくさんの穴から、赤いミミズのようなものが伸びてきた。
コイツ……マサカ……次元超越獣……カ?
次元ポケットの中では、距離はあって無きに等しい。遠くに感じても、それはキプロ自身の感覚にすぎず、油断はできない。次元ポケットは、空間ではないのだ。キプロはとっさに自らの身体の周囲にバリアを張り、空間侵食を防ぐ。
ボワーッ!!
突然、キプロの周囲が赤いミミズのようなものの大群で埋め尽くされる。
正体不明の次元超越獣は、その赤いミミズのような触手でキプロを絡めとり、飲み込もうとしているらしい。
キプロは、PKで怪物の本体へ何かを叩き付けようとしたが、PKの手に触れる物質の感触は周囲にまるで感じられない。
クッ。
キプロは、その手にアポーツで、拳銃を引き寄せる。
つい先日、国防軍の兵士から借りて、天罰を下すのに使用した銃だ。手に微かに残る感触を頼りに、元いた次元世界から、その銃を引き寄せる。
銃の持ち主の男は、一瞬の出来事に驚いていることだろうが、今はそんなことに構っている余裕はない。
右手の中に現れた銃のずっしりとした感触を確かめ、グリップを改めて握り直し、バリア越しに銃弾を怪物めがけて撃ち込む。相手の位置も、次元ポケット内では意味を成さない。自己との相対的な感覚でしか存在しないため、狙いを定める必要はまったくない。
 タン、タン、タン、タン。
リズミカルな乾いた反動とショックが右手に響き、キプロの周囲を覆っていたミミズの群れがパーッと消える。
発射した弾丸は、すべて怪物の体内に叩き込んでいる。弾道はない。銃口からはじき出された時の運動エネルギーを抱えたまま、怪物の体内に転送したのだ。銃弾は怪物の体内を高初速でえぐり、その肉体組織を引きちぎって怪物に相当の激痛を感じさせたはずだ。
「……」
キプロは、周囲の次元ポケットの様子を探る。
怪物の気配は消えたものの、目に見える周囲の様子に変化はない。しかし、キプロは、それがいつもの次元ポケットの姿に戻っていることを感じ取り、ため息をついた。次元ポケットで次元超越獣と鉢合わせするなど、数億分の一の稀有な出来事である。
それが起こったということは、あの次元超越獣自体が、キプロが先ほどまでいた次元世界へ侵攻した経験を持ち、再び侵攻する機会をうかがっていたことになる。
 手の中にある銃を見つめ、キプロは、その銃を次元ポケット内へ放置することにした。今撃ち込んだ弾丸との関連で、あの次元超越獣が再び追跡して襲ってくる可能性がある。戦って倒す自信はあるが、不必要な戦闘は避けるに越したことはない。
追跡のための痕跡となる銃は、ここで放棄するのが適切だ。
 キプロは、銃を捨て、目指す次元世界を目指して、ポケットの中のアインの破損パーツを握り締め、念を集中し、跳んだ。
 次元超越獣「アイン」の世界に作られた、バリアで囲われた特別の部屋が、「キプロ」の目指す場所だ。
次元同位による他次元世界のサンプルの損傷を防ぎ、研究分析のため保管するために設けられたとされるその部屋は、「アイン」たちが収集してくる様々な情報に接することができる場所であり、「キプロ」にとってはこれほど都合のいい場所はなかったのである。 
 

 

12-(7)喧嘩別れ

「先ごろ急逝したアメリカ合衆国大統領の死亡原因について、ホワイトハウスは、29日、未知の怪物の襲撃によるとの一部報道について、正式に認めるとの副大統領コメントを発表しました。詳細について、副大統領の……・」
アメリカWNNのトップニュースが、フードコート内の大型モニター画面に映し出される。
日高は極秘情報としてすでに知らされていただけに、特段驚くことはないが、意図的にリークしながら、国民の反応を探るアメリカ政府の対応に感心してしまう。
「……未知の怪物って……次元超越獣のこと? 」
 由梨亜がニュース画面を見ながら、質問する。
「ああ……。『キプロ』だよ。」
 土曜日の午後。
多くの人で賑わう「オーロラ・シティー」5階のフードコート内で、日高は由梨亜から誘われて、デート中だ。
メールで「話したいことがある」と呼び出されたためで、私服姿とはいえ、由梨亜からの情報提供への対応は公務扱いとなる。
「やっぱり……そうなんだ。」
 ホットココアを飲みながら、由梨亜が小さくつぶやく。
 今日の由梨亜の装いは、薄いピンクのTシャツにジーンズ、白のカーディガンで、いつものセーラー服姿と違い、とても活発な大人の女性の雰囲気を漂わせている。
「ん? なに? 」
 由梨亜の探るような視線に、日高は少しうろたえながら、手にしたコーヒーカップを下ろす。
「いや、別に……」
「『キプロ』は、もう……この世界に居ません。」
「え? 」
 カチンと日高のコーヒーカップとソーサーが軽くぶつかる。
「元居た世界に帰ったの。」
「? 」
「『キプロ』が来たの。私のところと遥のところに。」
「なんだってぇ?! 」
 日高の背筋を冷たいものが走りぬけ、思わず驚きの声が出る。
「……夢かと思ったけど、同じ夢を見るはずもないし、私のところに来た時、金剛も不審な人影を見ているから、間違いない。それに、遥が聞いた『キプロ』の本当の名前が、私が聞いた名前と一致しているの。」
 日高は、あまりのことに声も出ない。
「『キプロ』の本当の名前は、ナーヒン・トゥリー・ムルトゥルワ。その名前は、彼らの言葉で、『裁きのカミナリを手に彷徨う子』という意味があるみたい。アメリカのネイティブインディアン、ヤヒ族と言うのかな。その戦士なんだって……言ってたみたい。私には、もうこの世界から去るようなことを言っていたから……。今朝、遠くで微かに何かが去る気配を感じたし……、もう今頃は……。」
 由梨亜の説明は、かなり要約されているのだが、それが日高をますます混乱させる。
「まっ、まって。少しずつ確認しながら聞かせてくれないかな。まず、由梨亜が会ったのはいつ? 」
「一昨日の晩。遥は、もっと前。たぶん病院に入院した頃。でも遥にはあまり事情聴取とかしないで。まだ彼女、精神的に不安定だから。」
「ああ……。それはわかるよ。でも、どうして堂島さんに……『キプロ』が会ったことがわかったの? 」
「昨日、ケイコとメグミと一緒に、遥のお見舞いに行ったの。そしたら、遥の夢の話の中に、『キプロ』の名前が出てきて……それで今日、日高さんに教えようと思って……。」
「夢……? 二人そろって同じ夢を見たってこと? 」
「ちがいます。ちがう夢だけど、同じ名前が出てきたってこと。夢かもしれないけど。『キプロ』は、私の夢の中では、とても紳士的で、穏やかに話をしてくれた。自分は……この世界の行く末を見届けるために、また訪れるようなことを言って、去っていったの。」
 日高はまだ少し混乱しながらも、「キプロ」が超能力を持っていて、人の意識や感情を操作できることを思い出す。
「それは……信用できないんじゃないかな。」
 その言葉に、今度は由梨亜の方が驚いた。まさか、自分の言うことに、日高が疑いをかけるようなことはないと信じきっていたのだ。
「――前にも言ったように、『キプロ』は、人の心を操ることができる。もし、仮に本当に会ったとしたら、何か意識操作された可能性が高い。由梨亜が感じた印象なんか、簡単にコントロールして作り出したんじゃないかと思うよ。」
「い……意識操作? 」
「紳士的だったとか、穏やかに話したとか……いかにも自分は無害な存在で、本当は正義の味方ですってイメージを持たされたってことさ。第一、一体、何語で話したんだよ? 日本語を話したのか? 『キプロ』が? 」
 日高は、「キプロ」が由梨亜にかけたであろう意識操作を、論理的な説明をすることで、否定し、解除しようと試みる。
「そ、それは……日本語だったみたいな……気がするけど……。」
 由梨亜もそう言われると、自信がなくなってくる。たどたどしい日本語だったような……?
「そうか……でも『キプロ』と会った人は、みんな話をしたと証言しているけど、録音機器には一切、音声データは残っていないんだ。話した人たちの会話も一方的にしか残っていない。それに……ニュースでも流れているけど、『キプロ』がアメリカ合衆国大統領の命を奪ったことは間違いない事実だ。それでも、『キプロ』の言うことを素直に信じられるのかい? 」
「……そ、それは……。」
由梨亜もそこまで言われると、返す言葉がなくなってしまう。
「殺された大西だって、暴力団員だけど……あそこまで残忍な殺し方をするのは……、生きたまま、プレハブ倉庫ごと押しつぶされて……。あれは虐殺だよ。普通の神経じゃできないと思う。」
日高の口から大西のことが出たとたん、由梨亜の頭にかっと血がのぼる。それは、自分が中途半端に関わってしまったが故に招いた悲劇……。
「そんな、まるで大西を殺したのが一方的に悪いような言い方……。大西がどれほど悪い事をしたか……。」
テーブルに置いた由梨亜の手が微かに震えるが、その微かな変化に、日高は気付かない。
「それはわかる。けど、犯罪は法で裁かれるべきだ。そうじゃなきゃ……この社会は……。」
「『キプロ』は……悪くない。」
「だから、それは、君たちが騙されているんだ。『キプロ』の超能力は、目に見えるものを見えなくしたり、いないものを見えるようにしたりすることもできるんだ。一人だけじゃない。その場にいる全員に、そう思わせることだってできるほどだ。よく思い出してみたらいい。『キプロ』と本当に会ったのだとしたら……冷静になって考えなきゃ。どんな悪人でも、罪を償う機会を与えずに殺してしまうなんて……」
「私は、騙されてなんか……いない。『キプロ』は約束を守るし、……信頼できる人……よ。」
由梨亜の搾り出すような声に、日高は、はっとする。
よく見ると由梨亜の瞳が涙でにじんで、日高を睨んでいるのだ。日高は、初めて見る由梨亜の恐い顔に、思わずたじろいでしまう。
「ど……どうしたんだ? なんでそんなに、『キプロ』のかたを持つんだよ? あいつは、人間じゃない。どんなに頭が良くても、怪物だ。ODMなんだぞ。」
日高は、うろたえながらもつい強い口調になってしまう。
「日高さんは……何もわかってない! 」
由梨亜は、そう言って席を立つ。そのままさっさとフードコートから出て行ってしまう。
「ま……。」
日高は、言いかけて手を引っ込める。周囲のお客が何事かと興味津々の目で見ているのだ。恋人同士の口ゲンカ程度に思われているのだろう。
冗談じゃない。こっちは、世界の危機に立ち向かうための話をしているんだ。痴話ゲンカのような低レベルの話と一緒にされては、たまったものではない。
 日高は、これからどうしたらいいのか、追いかけるべきか判断がつかず、ただテーブルに腰掛けたまま、由梨亜の後姿を見送るしかなかった。

 

12-(8)後悔

「お前は、バカか? 」
 その日の夜、涼月市の職員をしている兄の一輝と夕食をともにした日高は、たちまち罵倒される結果となった。
「いいか、なんでアメリカ合衆国大統領のことで、彼女と喧嘩するんだよ? お前は確かに、国家公務員かもしれんが、国家の存亡を背負って立つほど出世しているとは、とても思えないが? 」
 四歳上ということで、小さい頃はあまり一緒に遊んだ経験は少ないものの、家を出て独立してからは、いろんな意味で助け合ってきた。久しぶりに飯でも一緒に食おうという誘いを受けて、会食したのだが、食事のあとでビールを飲みだしたのがまずかった。
「お前から、彼女の話を聞いたのは初めてだ。やっぱり、その彼女も基地の女性隊員なんだろう。そういうことじゃ、ホント、話の中身もお堅いことばかり話してるんだな。それがいけないんだ。もっと色気のある話をだな……。」
「いや、由梨亜は……そんなんじゃないよ。」
「おおっ。その彼女は、『ゆりあ』ちゃんって言うのか? なんか、名前からすると、とてもしとやかそ~ぉな感じだけど、国防軍に入ってるわけだから、逆に強くて逞しいというギャップがあるとかかなぁ? 」
 日高の兄の一輝は、無類の酒好きだ。
特にビールには目がないから、飲み出したらきりがない。少し酔いも手伝って、追及も鋭く絡んでくる。
「いや、実は由梨亜は……、まだ高校生……なんだ……。」
「はぁ? こ、高校生って……お前いつから……そんな趣味になったんだ? それ、犯罪じゃねぇか? 」
 一輝の態度が、豹変する。
「いや、まだ付き合っているだけで……特に何も……。」
「何言ってやがる。何かやってたら、本当に犯罪になっちまうじゃねぇか。いいか、たしか涼月市には、青少年健全育成なんとかって条例があるんだ。捕まるぞ! お前。その『ゆりあ』って娘の親御さんは、お前と付き合っているってこと、知らないんだろ? 」
 さすがに、地元地方自治体の職員であるだけに、弟があぶない橋を渡ろうとしているのに気付いたのだろう。目が醒めたように、問題点を明らかにしようと矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「あ、いや、ご両親は近くに住んでいなくて……後見人と一緒に住んでいるみたいなんだ。そっちの方は、了解してくれているんだけど……。」
「後見人? なんか胡散臭いな。本当に大丈夫なんだろうな? 下手すっとお前、これが明るみに出ただけで、信用失墜行為で懲戒免職になっちまうぞ。」
 一輝は、何杯目かのビールを大ジョッキでぐいっと一気に飲み干してしまう。
「国防軍になったとはいえ、自衛隊時代からこの国の反戦思想は、マスコミに扇動されて狂気と紙一重だ。帝都が核汚染されたのも、マスコミが招きよせた結果だってことは、国民の誰もが知っている。公平な報道もできない大手新聞社が全てつぶれたとは言っても、まだ、狂ったように国防軍のアラさがしをして、個人を陥れようとする奴らは、ごまんといるんだ。お前も気をつけないと……。」
「ああ……わかってるよ。」
 一輝は、日高のそんな答えに不安を感じる。もともと、小さい頃から、脳天気で小さいことを気にせず、自由に思ったとおり、一直線に走り抜けてくる奴だった。リスクを避け、常に確実で安全な道を選択して歩んできた自分と違う弟の生き方は、ある意味、うらやましいところもあった。
しかし、やっている仕事の内容は、かなり危険なもので、その点では、ご苦労様という思いを持っていた。
 まあ、国防軍という多忙な仕事で、浮いた話も聞けなかった中で、降って沸いた彼女の話には、兄として応援してやりたい気持ちもあったのだが……。
 女子高校生の彼女ねぇ……。
 弟のハートを射止めた未来の花嫁候補は、どんな娘なんだろう?
わりと面くいな弟のことだ。美人かな?
一輝は、まだ会ったことのない「ゆりあ」という女子高校生の姿を想像しながら、同時に沸き起こってきた、こりゃ弟に先を越されるかなという残念な気持ちを、ビールで一気に飲んで振り払った。

 

(第12話完)