グランドスラムな魚たち
グランドスラム・・主要なものを全て制覇すること・・
私がはじめてグランドスラムという語句を目にしたのは、少女漫画の「エースを狙え」でした。全豪、全仏、全米そしてウィンブルドンを一年で全て制覇することをグランドスラム達成というのだと・・・。
テニス以外でもグランドスラムと呼ばれる偉業があることを知ったのはそれからしばらく後でした。まあとにかく世界的に有名な各大会で全て優勝するというのは完全制覇とまでは言えないにしても、かなりの偉業なのでしょう。
釣りの世界にもグランドスラムがあります。
ボーンフィッシュ、ターポン、パーミットの3種を一日の間に全て釣ることをソルトウォーターフライフィッシングのグランドスラムと呼びます。
まず、グランドスラムを達成したければこの3種が全部揃ってるところで釣りをしなければ話になりません。そしてこの3種が揃って釣れるところと言うとフロリダ〜中米しかありません。
まあ、私のように仕事と家族サービスに忙殺されている貧乏人にはなかなか縁のない遠〜い海の向こうの国へ行かなければ達成できない偉業なわけです。
しかし、グランドスラムはとにかく主要なものを制覇し偉業と認めてもらえればいいわけですから日本でもグランドスラムに匹敵する釣りができるはずです。
そう、日本にもこの3種に近い魚達がいます。イセゴイはターポン、ソトイワシはボーンフィッシュ、そしてマルコバンはパーミットにそっくりなのです。
今回はこれらの魚種について、ちょっと分類の勉強をしてみましょう。
まずは分類の簡単な方から・・・ってことでイセゴイからはじめましょう。
イセゴイはイセゴイ属に属しています。
イセゴイ属の魚はカライワシ上目カライワシ目イセゴイ科イセゴイ属に属し,2種に分類されています。
日本でイセゴイと呼ばれているのは、メガロプス・シプリノイデス(Megalops cyprinoides)でオーストラリアを含む西太平洋の各諸島〜インド洋〜アフリカ東沿岸の温暖な海域に分布しており、もう一種はM.アトランティクス(M. atlanticus)で大西洋の温暖域に分布します。
正味のターポンはアトランティクスの方なのですが,シプリノイデスもインド・パシフィックターポンと呼ばれ,ターポンの英名が付けられています。
最大成長サイズに大きな差があるものの,両者共にターポンの英名が付けられていることから,この両者を属単位で通称「ターポン」とすることに異論を唱える者はいないでしょう。
ちなみに、シプリノイデスは「コイに似た・・」の意らしいです。たしかに絵だけ見るとオイカワやハスといったコイ科の魚に似てないことはないですね。・・・漢字で書くと伊勢鯉はたまた偽鯉?。
ついでにイセゴイとよく似たカライワシについても書いておきましょう。
カライワシはカライワシ上目カライワシ目カライワシ科カライワシ属に属しています(目までイセゴイと一緒ですね。似ているわけだ。)。
カライワシ属の魚は6種に分類されています。
ウェストアフリカレディフィッシュと呼ばれセネガル〜アンゴラに分布するイロプス・ラセルタ(Elops lacerta)とセネガルレディフィッシュと呼ばれモータリア〜コンゴに分布するセネガレンシス(E. senegalensis)は外観からの見分けは困難なようです。
正味のレディフォッシュはバミューダからブラジルにかけて分布するザウルス(E. saurus)でタイセイヨウカライワシの和名があります。日本でカライワシと呼び太平洋〜インド洋に分布するハワイエンシス(E. hawaiensis)は英語圏ではハワイアンレディフィシュと呼ばれ,カリフォルニア〜ペルーに分布するアフィニス(E. affinis)もパシフィックレディフィッシュといづれもレディーフッシュの英名が付けられています。インド洋に分布するマクナタ(E. machnata)についてはテンパウンダーの英名が付けられ,レディフィッシュの名は付いてませんが,カライワシ属に含まれる魚は全て形状が酷似しており,カライワシ属の魚は属単位で通称「レディーフッシュ」としても問題ないでしょう。
先にも書いたようにレディフィッシュのことを日本ではタイセイヨウカライワシと呼び、カライワシのことを英語圏の人はハワイアンレディフィッシュと呼んでいます。それぞれ名付け主のお国を基準に命名されているころが面白いですね。テンパウンダーに和名を付けるとしたら差詰めイッカンカライワシでしょうか?
本題に戻り、続いてソトイワシです。
ソトイワシはカライワシ上目ソトイワシ目ソトイワシ亜目ソトイワシ属に属しています。ソトイワシ属の魚は現在5種に分類されています。
正味のボーンフィッシュは アルブラ・ブルペス(Albula vulpes)で世界中の温暖域に生息していることになっていますが,今後調査が進めばさらに細分される可能性もあるそうです。インド洋から太平洋にかけて生息するアルゲンテア(A. argentea)には英名が付けられていないませんが,グロッソドンタ(A. glossodonta)にはラウンドジョーボーンフィッシュ,日本でソトイワシと呼ばれているネオグイナイカ(A. neoguinaica)にはシャープジョーボーンフィッシュ,大西洋のネモプテラ(A. nemoptera)にはスレッドフィンボーンフィッシュ又はシャフテッドボーンフィッシュという英名が付けられています。
こうしてみると、ソトイワシ属に含まれる魚も全て通称「ボーンフィッシュ」としても問題なさそうですね。
ところで、ネモプテラにはヒレナガソトイワシという和名が付けられてます。
タイセイヨウカライワシもそうなのですが,大西洋の魚に和名があるのは不思議ですね。輸入水産物と混獲水揚げされたものに分類学者が和名を付けたのでしょうか?
ここまでイセゴイ=ターポン,カライワシ=レディフィッシュ,ソトイワシ=ボーンフィッシュっと独断的に英名の整理をしましたが,最も悩ましいのがマルコバン=トランキノタス・ブロッキー(Trachinotus blochii)を含むコバンアジ属の魚です。
コバンアジ属の魚はスズキ目スズキ亜目アジ科コバンアジ亜科コバンアジ属に属し,なんと20種に分類されています。
英名で見ると大まかに3種のダートと14種のポンパーノに分けられ,これにデルビオと呼ばれるオバータス(T. ovatus),パロメッタと呼ばれるグーディー(T. goodei),そしてパーミットと呼ばれ世界中のアングラーあこがれの対象魚であるファルカタス(T. falcatus)が加わります。
ダートは頭の付け根から吻端まで直線的なラインを持っており,尖った吻部の先端にやや上向きに口が付いています。下顎吻端は上顎吻端と同じかわずかに前へ出ており、体側には斑があります。
これに対しポンパーノは眼上〜鼻孔〜吻端にかけて丸く落ち込んでおり,丸まった吻部の下側に口が付いています。下顎吻端は上顎吻端より前に出ることはなく、ダートに比べ体高がやや高く,体側には斑がないものが多いようです。
デルビオは頭型はポンパーノ系なのですが体側に斑があります。
パロメッタはダートとポンパーノの中間型で,鼻孔〜吻端にかけて丸く落ち込んでおり,丸まった吻部の下側に口が付いています。体側には斑はなく、代わりに横縞があります。
パーミットは明らかにポンパーノ系の形態を有しており,口も丸まった吻部の下側に付いています。またポンパーノと同様に体側には斑はありません。
南米〜メキシコ界隈の釣りで紹介されているパーミットは6ポンド以下の魚では正味のパーミットであるファルカタスの若魚とフロリダポンパーノと呼ばれるカロリヌス(T. carolinus)が混同されているケースが観られます。またダイバーが撮った写真でオバータスと思われる魚がパーミットとして紹介されているケースもあります。釣り人の中に「パーミットがパーミットたる所以は30ポンド以上にも巨大化することである。」と曰く方もいますが,サイズで評価するとなるとサウザンポンパーノと呼ばれるアフリカヌス(T. africanus)やコガネマルコバンを含むモーカリー(T. mookalee)もファルカータスに負けないだけ巨大化するようです。これらの実態を鑑みると,ポンパーノもデルビオも通称「パーミット」と称して問題ない,っというよりもパーミットをナントカポンパーノと称し通称「ポンパーノ」とするのが正解のような気がします。
ダートは頭部形態がパーミットやポンパーノと異なり,一見して違いが判別できるため同一通称は用いない方が良いででしょう。パロメッタは・・悩ましいな〜。
ちなみにダートは「ダーツ」の意であり体側の斑をダーツの的に見立てたものでしょうね。日本のマトウダイのような名の付け方をされたと思えば納得できます。
デルビオは「ダービー」で,この魚を捕ることを競っていたのかもしれませんね。
面白いのはポンパーノでこれを翻訳サイトで訳すと間違いなく「コバンアジ」と訳されます。日本におけるコバンアジは「スモールスポッテッドダート=小斑ダート」なのに何故でしょう?。ダートとポンパーノの区分けがまた曖昧になってしまいました。
パロメッタは発音の雰囲気からご察しと思いますが,パーミットが語源となっており,「コバンアジの類」を表した物とされています。実を言うとパーミットという語自体も「コバンアジの類」を表す地方言語のようです。オイカワ,カワムツ等を総称してハヤと呼ぶようなものでしょう。
っということで,コバンアジ属の魚で,ポンパーノ体型で滅多に遭遇する機会が無く,釣ると幸せな気分に浸れる魚は大小係わらずみなパーミットでよいのではないでしょうか。。。っとこう書くと「私が釣った
マルコバンを無理矢理パーミットにしたくてこう言っている」っと思われるかもしれませんね。恥ずかしながらそのとおりです。。。爆!!
ちなみに、コガネマルコバンとは平成12年11月に岩槻幸雄・本村浩之・戸田実・吉野哲夫・木村清志によって『日本初記録のコガネマルコバン(新称)Trachinotus mookalee 』として魚類学雑誌, 47(2):135-138 に発表されたコバンアジ属の魚で,インド洋から西太平洋に分布し,インディアンポンパーノと呼ばれている魚です。日本でも生息が確認されたことから新しい和名が付けられたという訳です。
コガネマルコバンは日本では宮崎県で採捕された1個体が標本として保存されているのみで、宮崎県以外の他の地域でも写真や目撃証言によってコガネマルコバンの生息が確認されているようなのですが,標本による確定がされていないため未だ日本における生息域は「宮崎県のみ」とされています。いかにも学者的ですね〜。
通常のマルコバンが最大70cm(3kg内外)程度にしか成長しないのに比べコガネマルコバンは1mを超えて成長すると言われています。沖縄沿海では5kgを超えるマルコバンが恒常的に捕らえられており,写真で見る限りこれらの個体の体色は一様に黄色みを帯びて見えます。最近では平成15年4月に77cm/6kgの個体が,平成17年2月にはさらに大きな89.5cm/9.75kgの個体が釣られています。おそらくこれらは全てコガネマルコバンなのでしょう。パーミットと称するに十分な大きさに成長しているようです。
できればコガネマルコバンについてはインディアンポンパーノではなくゴールデンパーミットとかの英名を付けていただきたいものですね。
余談ですが、アメリカのフロリダ州にはポンパノ海岸という海岸があります。
ポンパノが沢山獲れるからポンパノビーチなのか、はたまたポンパノビーチで採捕した物を同定したからポンパノになったのか?
とにかくこれでソルトフライ日本版グランドスラムの対象魚は決まりました。
対象魚はイセゴイ、ソトイワシ、マルコバンの3種です。これにカライワシを加えたものをスーパーグランドスラムとしましょう。
いろいろとネットサーフィンをしていると、イセゴイやマルコバンは既に複数の人によりフライフィッシングで釣られているようです。しかし、遭遇しさえすれば容易に釣れるはずのソトイワシがまだ釣られていません。
ソルトフライ日本版グランドスラム達成の鍵はソトイワシの攻略にありそうですね。
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