40才の少年
 
 周りには人っ子一人いない。
 白い上り坂が右に左にと緩やかに蛇行して続いている。
 
 この林道へ来るのは初めてだった。いつもなら「もみの木森林公園」のグランドで平地滑走の練習と,グランドに続くゲレンデで急斜面の登坂,直滑降の練習をするのだが,今日は先日降った大雪のおかげで,もみの木までいかなくても何処にでも滑走できる雪がある。
 ふと途中にみえた林道が気になり,車を止め,そのままそそくさと準備をし,早速雪の上へ立った。
 しかし,圧雪されていない雪面をレース用の板で登るのはいささか無謀であった。足首まで雪に埋まり,板が思うように滑ってくれない。
 かつて県北で暮らしていた頃,雪が積もると県民の森へ行き,展望台までの未圧雪路を登ったものだが,あの頃もレース用の板で登っていた。
 あの頃と違うのは自身の年齢と体力。年齢はなにもしなくても増えてくれるのだが,体力は自分の怠慢がそのまま体力低下となって現れる。
 
 しばらく登ったところで1本のイタチの足跡を見つけた。
 イタチの足跡を追うように林道を登る。左にウサギの足跡が現れた。
 板が滑らないので完全にツーリングモードだ。
 イタチの足跡は確かに1本だったのだが,数匹が通った後だったようで,足跡は途中で3本に分かれた。
「動物も,走りやすい所を選んで他人が押さえた後をついて通るんだなぁ」
っと感心する。
 立ち止まって休んでいるとカケスが飛んできた。
 私に興味を示したのか,かなり近くまで寄ってきた。
 そして山鳥まで現れた。
 
 周りには何の音もない。
 時たま木の枝から雪が落ちる音だけが静かに私を包み込む。
 雪の音・・・・
 再び歩き始めると,スキーとストックが雪を捕らえる音と上り坂に喘ぐ自分の息が白い静寂をかき消した。
 
 クロスカントリースキーに興味を持ったのは,小学生の頃テレビで観た札幌オリンピックだった。この時は銃を背負って林間を走り抜けるバイアスロン競技に興味を惹かれた。
 しかし,雪の殆ど積もらない地域に暮らし,家族にスキーを嗜む者がいなかった私には手の届かないスポーツであり,しばらくはこの興味は頭の奥底に埋没させられてしまっていた。
 何年か経って,某カップラーメンのCMで海外のロングロペットのスタートシーンが使われ,再びクロスカントリースキーへの興味が再燃した。
 大学へ進んだ時にスキー部へ入ろうかとも思ったが,何故か自動車部へ入部し,しばらくはオイルと泥にまみれた生活となって2年ほど頭の中からスキーは消えていた。
 だが,有る年の3月1日,渓流釣りの解禁を迎えた隣県の山間部へ行った折り,1m近く積もった新雪の中をラッセルしながら川縁へ向かう途中,ふとクロスカントリースキーを思い出した。
「あれなら簡単に川までたどり着けるはず・・・」
 しかし,周囲にクロスカントリースキーを嗜んでいる者は居らず,最寄りのショップでも大した情報が集められなかった。
 結局,そのような大雪の中の釣りはそれ以来無く,クロスカントリースキーは再び頭の中に埋没した。
 
 決定的な起点,それは,NHKの夜ニュースで観た札幌国際スキーマラソンであった。
 かつてテレビCMで観たあの光景が国内にもあった。
 さらに,たまたま本屋で立ち読みしたスキー雑誌にオホーツク100Kmクロスカントリースキー大会の記事が掲載されていた。
 一人で走る競技としては国内最長(85Km),世界で2番目に長い距離を走るロングロペットが日本に誕生したのだ。(大会名に使われている『100Km』は,5名で100Km走る駅伝競技からきているもので,これは世界最長のスキー駅伝競技である。)
 
 そしてその翌冬,クロスカントリースキー用具を纏った私の姿が県民の森にあった。
 板やブーツは取り寄せで何とかなったのだが,ワックスだけは箱単位での取引でないと取り寄せてもらえなかったため,東京の某ショップから,一通りの色を1つずつ送ってもらった。この時に送ってもらったワックスの中には全く使わず未だに開封していないものも幾つかある。
 この年はとりあえず練習兼ツーリングに明け暮れ,なんとなくスケーティングができるようになった。
 翌年,隣県で開催された草レースに出場した。クラシカル走法で望んだのだが,コースに溝切がされてなく,キックワックスも失敗してさんざんであったが,なんとか完走だけはできた。
 
 そしてその翌年,ついにオホーツク100Kmクロスカントリースキー大会へエントリーした。
 雪のことを何も知らない暖地のスキーヤーを北の大地は暖かく受け入れてくれ,7時間47分43秒で完走!
 あれから15年,この間に隣県の大会や,札幌国際スキーマラソンにも出場したが,この大会だけは毎年欠かさず出場し,世代を超えた多くの友人を得ることができた。
 今年もまたこのうちの何人かと再会することができるだろう。
 当面の目標,それは常宿のおばちゃんが元気な間は毎年出場すること。そして,75才まで続け,50年連続出場を果たすこと。
 その後でも途中でも良いからワールドロペット全戦参加・完走を果たしたい。
 
 こんな事を思い出し考えながら3番目のカーブミラーまでの間を4回ほど往復し,この日の練習を切り上げた。
 
 冬は厳寒の地で氷点下の向風にさらされ,夏はフライフィッシングという釣れない釣りに夢中になり,家庭では蘭というなかなか咲かない植物を栽培する。
「面白そうですね?」
と聞かれると
「面白いですよ,あなたもやってみますか?」
と答えるが,
「そんなことしてどこが面白いの?」
と聞かれると
「あなたには解らないよ。だから説明しない」
と答える。
 面白くて楽しいから続く。面白くない遊びに夢中になるバカはいない。
 40才になった万年少年は今日もどこかで「・・・・ない」を楽しんでいる。
 
20030209:up
 
 
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