久しぶりの北海道旅行
この四年間いろいろな事があった。
まず新型コロナの影響で大会中止。
次に都ホテルおばちゃんが亡くなられ、そして夏にかみさんが倒れて救急搬送。でかい脳腫瘍がみつかり緊急の摘出手術を受けることになった。
その後も新型コロナにより大会中止が続いてようやく4年ぶりの開催となった。
四年前に買ったフイッシャーのカーボンライトがようやく雪を踏めそう。
この四年間、毎年ワキシングしては使わずクリーニングして片付けてを繰り返してきたので、ベースはもう良いだろうと今年は手抜きチューン。
フッ素系ワックスは今年限りにしようと、在庫のフッ素ワックスを贅沢に使って板を仕上げた。
さらに年明けにヤフオクでトップモデルのスピードマックス3Dプラスをポチって落札。四年間に買ったカーボンライトよりも新しくて安い(笑)。フェーン現象で気温が上がった時用にこれも準備しておくことにした。
そんなこんなで、実力も無いのにRCSコールド、カーボンライトコールド、そしてスピードマックス3Dプラスの3台体制で挑むこととなった。
スキー便って二台までってされてるけど、アルペン用の二台よりもクロカン板三台の方が圧倒的に軽いのじゃが、どうしたものか?と悩んだが、そのまま営業所に持って行ったら、中身の台数をチェックされる事なく無事通過。
2月23日
出発の朝、えんがる号のダイヤを確認しておこうと何気にインターネットで検索すると、、う、う、運休?。。。幸先の悪いスタートじゃ。
しかもJALから、新千歳空港行きの飛行機が羽田またはとかち帯広へ降りる可能性があるとの連絡。先が思いやられる
少し早めにバスセンターへ待合室から建築中のスタジアムの一部が見えた。
広島空港に着いて、北海道の方々へのお土産用のもみまん買ってラウンジで一休み。
福美人の試飲があったので少し戴いた。
いい気分で飛び立てるぞ〜♪
しかし、搭乗用に二次元バーコードを表示させようとしたらパスワードが違いますって。思い当たるパスワードを幾つか試したけど全部違ったあげくアカウントがロックされてしまった。
うーん、何かに取り憑かれてる?
おまけに保安検査が大渋滞。
出発20分前のゲート通過に間に合わずタイムアウト。
カウンターで手続きしろと振り出しに戻された。ひょっとしてヤバイこととか迫ってる?
そんな心配をよそに飛行機は無事に千歳空港到着、、までは良かったが、なんとレラ行きシャトルバスがコロナ以来運休中。
神様はわしの足止めをしたいのか?
とりあえずレラまで歩いてみた。
以前南千歳駅から新千歳空港まで歩いた事もあり、今年は雪も少ないので苦にならなかった。
レラに着いたら雪に埋もれたシャトルバス発見。
レラは店舗が減ってゴーストタウン化しつつあった。
とりあえずInEZOで旨辛味噌ラーメンコーントッピング。
その後JRで札幌駅へ移動。
札幌に着いてまずバスターミナルに行きえんがる号について聞いてみたところ、午前の便が運休で夕方の便は動いているらしい。しかし遠軽着が20時53分とか。そこからさらに中湧別に行くことを考えるとこれはナイな。
やはり、旭川乗継でバスかな?
とりあえずテムズに行き、何も買わず油を売った。(笑)。
その後ホテルへ向かったが、ホテルの場所が良くわからずウロウロして結局見つからない。泊まっちゃダメなのか?
近くのスーパーの店員さんに教えてもらってようやくチェックイン。
一息ついて先ほどのスーパーを訪れて晩御飯と翌朝の朝御飯用のサラダやおにぎりを買った。
ホテルに戻り、風呂に入ってサラダとおにぎり食べて安い発泡酒飲みながらトコちゃん(3年前に亡くなられた都ホテルのおばちゃんの娘さん)に北海道に来たことを連絡したところ、なんと新千歳空港で働いてるとか。なんという、ニアミス。
なるほど、神様がわしを足止めしようとしたのはこれだったんだね?
しばらくトコちゃんとメル友して火曜日に空港でお会いする約束をして就寝。
2月24日
朝飯を食べようと冷蔵庫からサラダとおにぎりを出すと、、シャリっと凍ってました。おにぎりカチカチ。
おにぎりは携行食にしてサラダだけ食べてホテルの無料朝食パンとコーヒーを戴いてチェックアウト。
札幌市内はカラスが多い。ハシボソとハシブトが両方いる。人慣れしているようで近づいても逃げないし話しかけると首をかしげて聞いてくれる。
あるハシブトガラスに軽くアイコンタクトだけして通り過ぎようとしたところ、そのハシブトガラスが急に私の方へ飛んできて足で私の頭を軽く掻いて行った。攻撃してくる感じではなかったので、たぶん自分だけ声を掛けられなかったのが気に入らなかったんだろうね。
悪い憑き物を取っ払ってくれたのだと思っておこう。
札幌駅前バスターミナルへ行き、バスの切符を手配してしばしぶらぶら。
バスに乗ってからは、ひたすら寝た。
久しぶりの旭川駅は見違えるほど今時の綺麗な駅になっていた。
おまけに旭川駅の裏って川沿いにいいクロスカントリースキーコースが整備されていて、用具レンタルもある。さすがバーサーの町。
町中をぶらぶらして梅光軒で味噌ラーメン食べて遠軽往復のチケットを買いバスに乗車。
遠軽に着くと千葉のIさんが既に迎えにきてくれていた。
2月25日
翌日に備えて3時半に起きる練習をしようとしたが無理だった(笑)。
5時半に起きて7時に朝食。
Iさんとしばし歓談して9時半からゴール地点で少し練習。
気温は低いが雪温は0℃と意外なコンディション。
板を変えたりビンディング位置を変えたりしながら30分ほどデータ取りして宿へ戻りデータ解析。
スピードマックス3DからRCSコールド、カーボンライトコールドと乗り換えた感じではカーボンライトコールドが体感的に速い感じだったのに、ログを見るとスピードマックス3Dの方が速度が速くて安定していた。また、カーボンライトコールドとスピードマックス3Dプラスのビンディング位置を変えてみたデータでは、スピードマックス3Dプラスのビンディング位置を目一杯下げたセッティングが一番速かった。
これがグライディングサイドウォールの威力なのか、単にカーボンライトコールドの滑走面が仕上がっていないせいなのかはよくわからない。
翌日は気温が下がる。特にスタート時刻は-10℃を下回る予報。昼の気温も翌日の方が低いだろう。そもそもここで安易にスピードマックス3Dプラスを選んでしまうといつまでもカーボンライトコールドの滑走面が仕上がらないことになる。結局カーボンライトコールドの滑走面に軽くリラーを入れて少し高温よりにチューニングして使うことにした。これが後の悲劇を呼ぶことになろうとはこの時は思いもしなかった。
昼食を兼ねてチューリップの湯へ行くと、Uさんに再開。
Uさんは私が初めて湧別原野大会に参加した時にレセプションでお会いして知り合った方で、フィンランディアヒーヒトへの参加経験もある大ベテラン。昔話に花が咲く。
風呂から上がって昼飯にジンギスカン定食を食べて宿に帰って寛いでいると留萌のWさんと苫前のTさん到着。
4年ぶりの再開で話がはずむ。
私が今年還暦を迎えたことを話すと、すかさずTさんが
「それで赤い服着てんだ〜(笑)」
そう、その時は確かに赤いプーマのスポーツウェアを着ていたのだが、別に還暦を意識していたわけではない。
でも、ナイスTさん(笑)
翌朝が3時起きなので21時にいったん就寝、っと思ったが、帽子が見当たらない。
チューリップの湯に忘れてきたのか?確認してみようと施設へ電話を掛けたが時既に遅し。終業時刻の21時を過ぎており、誰も電話に出ない。しょうがないので、大会はバラクラバをかぶって走って、ゴール後に忘れ物で届いていないか聞きに行こう。
2月26日
2時に目が覚めた。寝れたような寝れなかたような。
でもチューリップの湯に忘れてきたと思ってた帽子が布団の下から出てきて一安心。
朝食を摂ってスタート地点に向かう4時50分のバスに乗ろうとした際にWさんとIさんが、
「受付票持ってきた?」
忘れた。。。。もっと早く言ってくれれば。苫前のTさんも忘れた(というかいらないと思って捨てた)らしい(笑)。
宿に取りに帰っても良かったが、あわてて途中で転んで怪我してもいけないし、送迎バスにタイムアウトなんてシャレにならないので諦めてスタート地点で説明してなんとか勘弁して貰おう。
スタート地点に着くと既に受付の建物に入る選手が渋滞。体温計が壊れていたらしく、わしも体温チェックで40℃とか表示された(笑)。
受付は受付票なしでゼッケンでOKだった。
北大雪の夜明けの景色は美しい。
スタート地点に板を置きに行き、前から7列目くらいに板を置いた。
休憩所で寛いでいるとチーム民宿ふじ乃ご一行様もやって来て一気に賑かになった。岡山のNさんも奴きた。
スタート15分前にスタート地点へ移動してGPSロガーを起動。
7時半に号砲とともに一斉スタート 。GPS ウォッチで測位を開始して走り始めた。
板はそこそこ滑っており快調に最初の登りをクリアしたが、下りはじめて標高が下がるにつれて体制が前がかりなった時に少し板の走りが詰まるようになり、降りて行くにつれてさらに酷くなってきた。NさんやTさんWさん、千葉のIさんにあっという間に抜かれてぜんぜん付いて行けない。Nさんはガリウムのブルー、Iさんはスウィックスのピンクを塗っているはずなので、高温よりのワックスがあっているということ。つまり気温が激低下しない限りわしの板で今より状況が良くなることは期待できない。
やはり前日の練習で滑りの良かったスピードマックス3Dプラスを選択すべきだったか。
とりあえず後傾で乗れば少しは板が走るので体を起こしてかかとでキックしながら上白滝給食所に到着。
いつもならストックを使わずにキックだけで走れるのに、この日はそうはいかなかった。
上白滝でオーバーウェアを脱いでビンディングを-3まで下げてコースに戻った。
ビンディングを下げたことでかなり楽に走れるようになってきたが、それでもたまに板が詰まる。原因が思いつかない。
とりあえず丸瀬布に着いて直ぐにワックスサービスを受ける。
その間ゆっくりとあれこれ飲み食いし、椅子に座ってんで元気回復を図る。その時Wさんがやってきてスキーを外さないまま椅子に座ろうとして大転倒。
板くらい外せばいいのに
「ブーツのつま先に雪が詰まるから板外すの嫌なのよ〜」
それって、すっごくよくわかります。でもやっぱり脱いだ方が良いです。
Nさんが
「ワックス終わってたよ」
っと教えてくれたので板を取りに行き、先にある嫌な登り坂でトップが引っ掛からないようにビンディングを0の位置に戻して出発した。
そしてついに来たこの大会最大の急登坂。
長い登り坂を登りきった所で板を外してビンディングを-3の位置に戻して再出発。
傍目にみたら板を外して歩いて登ったおっさんが板を履こうとしているように見えただろう。
この先には私がこの大会コース上で最も好きな下り坂がある。
下り坂の手前でコース警備係の人が
「気をつけてゆっくり行ってくださ〜い。」
その先にはコースの真ん中でスコップ持ってコース整備してるおじさんが、
「気をつけてゆっくり行ってくださ〜い。」
いやいや、下り坂よりあんたがそこにいる方が危ないよ。わし、この下り坂はいつも直滑降だから。
その坂を気持ちよく滑った先には長いだらだらと続く上り坂がある。
その登り坂の途中で牛に遭遇。少し薄汚れてはいたが白黒の見事なホルスタインだ。
登りで追い付き追い越し下りで抜き返され離されを繰り返して、瀬戸瀬に到着したのはいつもなら遠軽で寛いでいる時間帯だった。
牛さんはいつも牛の着ぐるみで走っているらしい。牛さんとNさんの出発を見送ってイスに座ってゆっくりと体を休めていざ出発しようてした時、急に気温が下がるのを感じた。慌ててウエストポーチからオーバーパンツとウィンドブレーカーを出して着込んで再出発。
瀬戸瀬から先はもうキツい登りはないので、気温低下でそこそこのスピードで走れると期待していたが、気温が下がっても雪温は直ぐには下がらない。しかも強い向かい風が進行を阻む。
遠軽関門に到着し一目散にワックスサービスへ行って板を預けて給食所でスープやらおにぎりやらもらって休憩。14時半に遠軽を出発した。調子の良い年と比べて2時間近く遅いペースだ。でもゴール制限時刻まで5時間あるので余裕でゴールできるだろう。篝火ゴールも体験したいし。。。
この甘い考えが大失態につながるとはこの時は思いもよらなかった。
板の滑りは悪くないのに強い向かい風でなかなかスピードが出ない。しかも軽い雪盲になってしまったようで雪面の凹凸やコース際を示すリボンがよく見えず、何度もコースから外れてしまい、開盛橋まで一時間を要してしまった。ここで前方にNさんが風避けになって走る一団が見えた。どうやら私の板は気温低下のおかげで他の選手の板より滑っているようだ。ペース的には上湧別関門の先で追い付き追い越せそうな予感。
っでここで事件。
上湧別関門の5キロ手前の給食所で一息入れながら板の滑走面をブラッシングしていると、スタッフが何やら無線で、次の選手は上湧別関門通過は無理だからリタイヤするようにここで説得するだなんだと。
えっ?と思いそのスタッフに上湧別関門の閉鎖時刻を聞いてみると16時半とのこと。
実はゴール制限時刻は昔と比べて1時間早まっており、遠軽を出た時点で残り4時間しかなかったのだが、この時までそれを知らなかった。そもそもこれまで関門時刻を意識して走ったことがなかったのだ。
5キロ先なので元気な時なら間に合う。しかし向かい風でキロ7分くらいでしか走れそうにない状況。とりあえず5キロ頑張ってみようと再出発。
一緒に給食所にいた選手も着いてきた。
しかし無情にも強い向かい風と次々とコース上に飛んできて降り積もる雪のせいでペースはキロ7分以上に上がらない。上湧別関門通過は無理と悟り、給食所に引き返そうかと考え、後ろから着いてくる選手にどうするか訪ねてみると、せっかくなので行けるところまで行きたいとの勇気ある発言。私も勇気をもらい上湧別までラッセル役を務めることにした。
ペースとしてはキロ7分台を維持できていたので、上湧別の関門時刻さえなければ残り10kmでラストスパートをかけて18時頃にはゴールできるペースだっただけに残念なリタイアとなった。
第4回大会以来続いていた連続完走記録がついに途絶えた。しかし自分でも不思議なくらいに全く悔しさがなかった。
救護ハウスに待機して、既にゴールしてるであろうIさんにタイムアウトになったことを連絡。
失格者用送迎車でゴール地点まで送ってもらい荷物を受け取ってソバとお汁粉を食べて宿に帰ると直ぐにWさんTさんが部屋にきて
「残念だったね」
と声をかけてくれた。
夕食は大反省会の小宴会。
Wさんの丸瀬布での板履いたまま椅子に座ろうとして大転倒ネタで盛り上がる。
夕食後に部屋に戻り、スキーを送り返すにあたって、大会で使って滑走面が傷だらけになった板をニッセンスポーツに持って行こうかどうか迷ったが、札幌への到着時刻から察するに19時の終業に間に合わない可能性が高いので、今回は諦めて家へ送り返すことにして梱包。
2月27日
例年なら大会翌日は早く目が覚めるのだか、普通に目が覚めた。
肘と肩の関節と腰が痛かったが意外にも筋肉痛はなかった。69kmしか走ってないしね。
広島へ送り返す荷物をまとめて朝食を摂り車で帰るWT留萌組を見送り、Iさんに遠軽まで送ってもらった。ついでにロックバレースキー場に新しく併設された道の駅に連れて行ってくれた。
その後梅田スポーツでIさんの車を降り、遠軽協会や遠軽神社を廻ってミートパビリオンで昼食を摂ってしばらくバスターミナルで過ごしてバスに乗車。
旭川までの道中ひたすら寝て過ごす。
旭川では乗り継ぎの時間がシビアだったので用足しだけしてすぐに札幌行きのバスに乗った。
っで、菊水元町7条で下車すればニッセンスポーツの営業時間に間に合ってたことが判明。既に手遅れ。
2月28日
社会復帰に備えて6時に起床。
のんびりと身仕度してホテルをチェックアウトして札幌駅まで徒歩移動。
札幌駅で新千歳空港までのJR 切符を買って、どさん子プラザで土産物購入。
新千歳空港行きの快速エアポートで新千歳空港へ着くとトコちゃんが改札で待ってくれていた。
広島から持ってきた紅葉饅頭を渡してコーヒー飲みながら四方山話。
短い時間だったけど、都ホテルのおばちゃんの面影を楽しみながらいい時間が過ごせた。
仕事に戻るトコちゃんとエスカレーターの所で別れ、教えてもらった温泉施設へ行きゆっくりと入浴。
弱アルカリ性のナトリウム塩化物泉って書いてあったけど感染症予防のためなのかヨード剤が入ったような湯の色と臭いで酸性の肌反応。このお湯に皮をむいたジャガイモを浸してみたい(笑)。
風呂から出てトコちゃんオススメの餡掛け五目焼きそば食べてスーパーラウンジで携帯バッテリーを充電しながら時間をつぶした。
っでのんびりし過ぎた。ふと気づいたら既に出発25分前。
急いで保安検査場に行き無事時間内に通過。
二度あることは三度あるって言うけど一回の旅行で三度もタイムアウトってシャレにならないから。新千歳空港はゲートが沢山あって混まないから助かったよ。
こうして私の令和最初の湧別原野大会は幕を閉じたのであった。
エピローグ
今回の遠征はいろいろとケチが(ネタが?)付きまとったが、この大会に来た時にしかお会いできない方々と再会したことはもちろんのこと、短い時間ではあったけどトコちゃんにも久しぶりに会えたことで十分価値のある遠征でした。
大会でタイムアウトになった事が悔しくないのか?と言われても不思議なことに全く悔しくない。
おそらく私にとってこの大会は、レースを走ること以上にこの大会で知り合って仲良くなった方々との再開の場として重要になっていたということなのだろう。
何が起ころうとも体が動く限りこの大会には参加しますよ〜。