Ne veter veja s vysoty Op.43-2 Vesnoj |
高みから吹く風が 春に |
Ne veter,veja s vysoty, Listov kosnulsja noch'ju lunnoj. Mojej dushi kosnulas' ty. Ona trevozhna,kak listy, Ona,kak gusli,mnogostrunna. Zhitejskij vikhr' jejo terzal I sokrushitel'nym nabegom, Svistja i voja,struny rval I zanosil kholodnym snegom. Tvoja zhe rech' laskajet slukh, Tvojo legko prikosnoven'je, Kak ot cvetov letjashchij pukh, Kak majskoj nochi dunoven'je. |
それは風じゃない、高いところから吹いてきて 月夜に木の葉を揺らしたのは それはあなただ、僕の心に触れたのは 心は木の葉が揺れるようにときめき グーズリの弦が鳴るようにかき鳴らされた 突風にばらばらに引き裂かれるように 僕の心は痛めつけられて 唸り、叫び、引き裂かれ 冷たい雪の下に埋もれてしまっていた だがあなたの声は優しく耳に響き そっと僕の心に触れてくれた まるで舞い散る花びらが触れたかのように まるで五月の宵の吐息のように |
溜息が出んばかりに美しいメロディの歌曲をたくさん書いたリムスキー・コルサコフですが、この曲はその中でも1、2を争う美しさのように私は思います。それはひとつにはこの耽美的とも感傷的とも言える恋愛詩のおかげでしょうか。詩人のA.トルストイは「アンナ・カレニーナ」などを書いた文豪のL.トルストイとよく間違えられますが(白状しますが私もつい最近までそうでした)、ちょっと年長者の別人です。もっともどちらもロシアの貴族で、従兄弟同士の関係になるのだそうですけれど。彼の詩は多くのロシアの作曲家に人気があり、チャイコフスキーはじめいろいろな人が曲を付けています。このサイトでもラフマニノフの「悲しみの収穫」やチャイコフスキーの 「ドンファンのセレナーデ」「 森よ、私は祝福する(巡礼の歌) 」などが彼の詩に付けたものですけれども、確かに歌にしたくなるような抒情的で流麗な詩は見事ですね。今回はロシア語もよく分からないなりにじっくりと読み込んでみましたので、少しはこの詩の雰囲気が表せていたらいいのですが。
曲の方は最初の節の夢見るようなメロディが、次の節ではお決まりのように暗転し、そしてまた最後の節で最初の美しいメロディが戻ってきます。木の葉がざわめくような伴奏はまた主人公の心の震えを歌っているのでしょうか。グーズリというのはロシアの民俗楽器です。
このひそやかな恋の歌を最も味わい深く歌っているのはスラヴァとベレゾフスキーのコンビ(Victor)でしょうか。ロシア歌曲でも静けさに浸りこむような抒情的なものばかり集めたアルバム「ナイチンゲール&ローズ」でとても美しく歌っています。中間部の暗転する部分もそれほど激しくなく、本当に「秘めた恋」という感じが素敵でした。あといいなと思ったのは、メゾソプラノのオリガ・ボロディナがロシア5人組の歌曲を集めたアルバム「ロシアン・ロマンスの調べ」(Philips)。このCDでは乾いたユーモアが持ち味のムソルグスキーやボロディンの歌曲の中でさえもあまり彼ららしくない抒情味が勝るものを取り上げてアルバムとしての統一感を取っています。この中でもリムスキー・コルサコフの歌曲は浸りこむようなメロディの美しさは、とりわけ彼女の資質に合っているでしょうか。この曲に関してはちょっと雄弁すぎるかも知れませんが、これだけ美しく聴かせてくれればないものねだりをするのも贅沢というもの。あまり聴ける機会の多くないバラキレフやキュイの歌曲もたくさん収録してくれているので、ロシア歌曲を深く知ろうという人にとっては必携のアルバムかも知れません。
タイトルは詩の冒頭の一節を切り出していますので、正確には「それは風ではない、高みから吹くのは」とするのが適切のような気もしますが、ちょっと長いのと、既存のタイトルでもそんなに悪くないと思いましたのでそのままにしています。
( 2006.01.07 藤井宏行 )