悲歌 |
|
この柔らかいわたしの肉体に触れてはいけない 空をわたるかすかな風 この漸く頭上に支へる水盤の水をこぼしてはいけない 今にも青銅の重みに力つきそうなわたし 今にも瞼に涙あふれさうなわたし 風よ 静かにわたしを遠ざかれ これ以上の重みも 苦しみもはいらない 風のない広庭のまん中に立って 私は私の悲しみだけを力いっぱい支へて生きる あなたをも見ない あなたをも聞かない ただ私孤りの悲しみの淵へと限りなく沈む 身をつたふいく筋の水に縛られて... |
|
猪本隆は同時代の詩人につけた曲が多いので、傑作歌曲の多くがまだ詞の著作権が生きておりここではご紹介できないのですが、この歌だけは詩人が夭折したこともあり取り上げられそうです。この作品も重たくのしかかってくる猪本ワールドの傑作のひとつ。なかなか気軽に聴けないのが難点ですが僅かずつでも歌い継がれていけばと切に願います。
( 2016.06.19 藤井宏行 )