Pie Jesu |
ピエ・イエス |
Pie Jesu, Domine, dona eis requiem, sempiternam requiem. |
いつくしみ深き主、イエスよ かれらに安息を与え給え 永遠の安息を与え給え |
リリー・ブーランジェといえば、24歳の若さで亡くなったフランスの女性作曲家です。ですから作品の数も決して多いとは言えないのですが、声楽に関しては非常に重要な作品をいくつも書いています。
代表作は歌曲集「空のひろがり」で、フランス歌曲特有のたゆたうような揺れるような雰囲気が、実らなかった恋の甘酸っぱい記憶を大変魅力的に表現していてお勧めなのですが、ここでは彼女の遺作、もう筆を取る力もなくなって姉のナディア・ブーランジェ(音楽教育者として著名)に口述筆記をさせて作り上げたというこの曲を取り上げてみます。
ピエ・イエスといえば、フォーレのレクイエムの中の天国的に美しい、やすらぎに満ちた音楽や、ミュージカルCatsでおなじみのロイド-ウエッバーのレクイエムで、アメリカのヒットチャートまで賑わした耳にやさしい癒し系のピエ・イエスが思い出されるところですが、それに比べてこのブーランジェの、不安に満ちた、今にも壊れそうな表情はどうでしょう。そこかしこに聞こえる不協和音、おずおずとためらいがちに歌われる祈りの声、死の床にあった作曲者の心象風景なのか、しかしながら真剣に耳を傾けると背筋が凍りつくほど美しい音楽がきこえてきます。
原曲はメゾソプラノに弦楽4重奏、オルガン、ハープという編成ですが、管弦楽伴奏含めいろいろな形態で演奏されるようです。
原曲の編成で聴けるのはKarin Ott(Sop)のSignum盤やIsabelle Sabrie (Sop) のMarco Polo盤、弦楽4重奏と敬謙に響くオルガンのハーモニー、そこに絡んでくる清楚な歌声がとても美しいです。
管弦楽伴奏では、最近の売れっ子Roberto Alagna (Ten)がMichel Plassonの指揮で入れたEMI盤がありますが、この曲をイタリアオペラを歌うようなテノールが歌うと生々し過ぎてちょっと違和感があります。むしろボーイソプラノのAlain FauqueurがIgor Markevitchの伴奏で入れたEverest盤の教会で聴くような厳粛な、それでいて透明感に溢れる録音の方が曲の途方もない深さがよく分かります。
このスタイルでフォーレのものとぜひ聞き比べてみて下さい。
( 2003.10.28 藤井宏行 )