昨年(2020年)山本卓氏の編により『忠臣蔵初期実録集』が刊行された。『介石記』『新撰大石記』『通俗演義赤城盟伝』の三書を翻刻したものである。
『介石記』は赤穂事件関連の成書としては最も早いものと考えられる。翻刻としては『赤穂義人纂書』所収のものだけだが、写本は多く、それだけに異同も多く、成立事情を明らかにするためにも、諸本を比較する作業は重要である。その点で、本書刊行の意義はきわめて大きいと思われる。
他の二書ははじめての翻刻である。特に『通俗演義赤城盟伝』は片島深淵『赤城義臣伝』が種本としたこと、そしてそのなかに『義士文通』(『堀部武庸筆記』との関係で注目される)が引かれていることから、重要な存在と考えられる。これが広く見られるようになったことは大変喜ばしい。
きわめて価値の高い出版であるが、あえて不満を述べるならば、この標題である。第一に「忠臣蔵」を冠するのは如何なものか。「忠臣蔵」の世界はあくまでも演劇のもので、文芸としては「義士伝」あるいは「赤穂義士」の名で呼ぶべきではないかと思う。第二に「実録」という呼称が適当かどうかである。「実録」の語は多義的で、「事実の記録」の意味で使っているのであれば、異論はない。ただ山本氏の専門からいうと、「実録体小説」を指すであろう。「内侍所」系の著作はたしかに「小説」といってよかろうが、ここに収められた著作は諸情報を比較して事実を明らかにしようとする姿勢で、ことさらに虚構を加えようとはしていない。実録体小説の種本になってはいるけれども、それとは区別される史料的な価値を認めるべきものだと思うのである。