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ヤマトタケルノミコトは、まるでヤマトの王のように、大和川に凱旋した。すでに大和や河内(カワチ)には、ミコトが熊襲を討ったことが知れ渡っており、大和川の河口には大勢の豪族が歓迎に集まっていた。
大和川の河口は瀬戸内海航路の最大の拠点として、歴代のヤマト王が開いたもので、百済や中国の使者は必ずこの大和川をさかのぼって奈良盆地に達する。ただ、百済系の豪族は、もう一つ北の淀川に入って京都盆地に移住した者も多かった。
瀬戸内海航路の九州側拠点は、今回のヤマトタケルノミコトが入った中津川や駅館(やっかん)川河口である。そのため中津や宇佐は神代の昔から栄えたところで有名である。
・・・三輪の宮殿に英雄として大歓迎で迎えられたミコトは、さっそく戦利品の数々を興大王に献上した。
三種の神器のうちの二つ、ヤタノ鏡とアマノムラクモノ剣も差し出した。ヤサカニノまが玉はすでに宮殿に祭られているので、これで大王の象徴がすべて揃った。その他ヤマトでは作れない鉄剣の数々、宝玉などの祭器も奉納した。
その夜は盛大な祝宴が開かれ、もちろんコビも招かれた。祝宴といっても、現代の、あの飲めや歌えの乱稚気騒ぎではなく、酒は出るが、熊襲のような飲みっぷりではない。主に手柄の発表会なのである。こういう事があった、ああいう事があったと、その先々での戦闘や危険に逢った事を尾ひれを付けて大げさに自慢する。
たとえば、出雲で退治したヤマタノオロチは、実際には大蛇ではなく、鉄鉱炉だったのに、ミコトは頭が八つもある大蛇だと言ったし、吉備制圧の話では、その首長カヤノナムチの名はひとことも出ない。すべて「鬼」である。鬼退治したと話す。しかも、調子ついたミコトは、
「鬼は雉(きじ)になって逃れようとしたので、わたしは鷹になって追い掛け、首を掴んで投げ飛ばした。そして首をはねると、血が川となって流れた!」
などと、身振りよろしく豪語する。熊襲征伐ではコビの踊りは天女の舞いである。
「コビどのは天女になって舞いを舞った。それをうっとりと見とれている熊襲の首を掻ききった」
となる。
あるヲワケの臣の家来の一人は、コビとスガルノオミが葦原の中津国の斐川宮殿に忍び込み、ヲワケの臣と自分達を助け出した時のことを、二人で敵を全員やっつけたと説明する。とくにコビの呪術は、この世のものではなく、一瞬にして二千の軍勢を石にしてしまったと目を輝かせて報告した。
コビは聞いていて少々滑稽にも感じたが、これが、この時代の現実であることを悟り、自分も祝宴に乗じるのだった。
ふと見ると、ヲワケの臣が心なしか肩を落とし、元気がないのに気が付いた。時々、うつろな目で、コビの方を見る。
「ヲワケさま、どうかなさったのですか?」
コビはそばに行って、声をかけた。
「ああ、コビどの・・・」
「飲み過ぎかしら?」
「そういう事ならいいのだけれど。・・・コビどのとお別れしなければならないかも知れません・・・」
「え?」
コビはとっさの事で言っている意味がさっぱり分からず、どぎまぎした。
「そんな・・・わたし、ヲワケさまとお別れするなんていやです・・・」
気が付くと、コビはヲワケの臣の手をしっかり握っていた。
「長い遠征から帰ったばかりだというのに、すぐあさってには、今度は東の国、蝦夷征伐に行けとの命令が、興大王から出るとのことです」
蝦夷(えぞ)というのは北海道のことである。コビは驚いた。<九州から戻ったばかりなのに、すぐ北海道とは!>
「もう決まっているのですか?」
「いえ、正式に命令を受けたわけではありませんが、側近の侍従から、興大王は、そのお積もりだとのことなのです。そして、スガルノオミどのが菊池に残ったように、今度はわたしが多分、蝦夷に残ることになるでしょう・・・そうするとコビどのとはもう・・・」
「蝦夷って北海道よ!、どこにあるのか知ってるの?」
「ホッカイドー?、いえ、知りません。倭の国の果てだとのことです。冬は穴に寝て、夏は枯草の巣に住み、毛むくじゃらの獣のような野蛮人だと教えられています」
<ああ、なんて事なの!アイヌの人たちをこのように教えられているんだわ!>
コビは少々怒りにも似た気持ちになったが、ぐっと抑えた。
「・・・漢語の勉強をする暇がないじゃないのよ!せっかく宮廷に戻れたというのに。それに皆んな、もう身体はくたくたよ・・・」
「コビどのは、ここに残って立派な巫女になってください。わたしは大王にお仕えする身です。どこへでも行く決心はついています」
「わたしも行くわ!ヲワケさま!・・・あなたは北海道には行かないんです。関東地方までです!」
「え?ホッカイドー?、カントーチホウ?」
「ええそうよ、わたし知っているの!ヲワケさまは蝦夷の方まで行きません。武蔵の国までです。わたしも一緒に行きます!」
「コビどのの言っている意味がよく分かりませんが、大王はコビどのが遠征にご一緒することを望むでしょうか」
「大王が何と言おうが、わたし行く!」
コビは少し強い調子で言いながら、ヲワケの臣の胸に抱きついた。
・・・祝宴は延々と夜半まで続いた。
翌日、午後になってようやく予想していた通りになった。ヤマトタケルノミコトとヲワケの臣が大王に呼ばれ、
「そなた達によって倭が国の西方半分がヤマトの支配下になった。あとは東方の荒人を征伐し、ヤマトに反抗している豪族に和平を申し出させることが残っている。すぐ、明日から出発いたせ。ヤマト軍は新たに組織した一千の兵を調達する。蝦夷を征伐するのじゃ」
コビはヤマトに残るよう命令された。しかし、もとよりコビがそれを承知するはずはなかった。ヲワケの臣のそばにいたいという願いだけでなく、遠征では、できるだけ戦闘をしないで、殺し合いもなく、和平を勧めたいという巫女としての強い信念があったからである。
「わたしはヲワケの臣にお逢いするために、はるばる遠い国からやって来た者。一緒に遠征に加わることが出来なければ、すぐ故郷に帰ります」
と、きつく嘆願し、ようやく一緒に行く事になった。
かくして、休む暇もなく、ヤマトタケルノミコト一行は一千の兵を引き連れて、またも遠征の旅に出ることになったのである。
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