短編小説 暁を求めて
窪田登司
「もしもし、間宮君、内田だよ、しばらく」
「あ、誰かと思ったら内田君か、しばらくだったなァ、えーと、でも5月に会ったかな、みんなで飲みに行こうって5,6人で青山に行ったじゃん」
「そうだったね、3ヶ月前か・・・」
梅雨明け直後の暑い日だ。部屋の中ではない。外の雑音が聞こえる。木陰か。間宮克彦は父親の事務所にいるので快適な空調環境だった。
二人は高校、大学とずっと親友の仲で、1年に何度かは会って近況報告や楽しい事、問題を抱えていることなどざっくばらんに話し合い、理解し合い助言し会う友人だった。学校の成績は<トップは俺だ>と謂わんばかりに競争していたが、内田伸夫の方は親の影響で長距離クルーズ船の船長になるんだと日夜修業している28歳の青年。船長になるには非常に難しい国家試験がある。一方、間宮克彦の方も親の仕事を継ぐのだと弁護士の司法試験、国家試験を見事最短距離で突破して、渋谷の貸しビルの一室『間宮弁護士事務所』で父と一緒に働いている同年輩の青年だ。
二人とも、女性なら老若を問わず誰でも一目惚れしてしまう風格と理知的な目と優しい眼差しを兼ね備えた、いま風で謂うイケメンである。それでいて女友達は一人もいないというのは二人共通で、内田の方は年頃の美しい妹がいるからか、一方の間宮は女性には関心が無く、昼夜を問わない猛勉強ばかりやってきたせいか。
「突然の電話何?」
間宮が切り出した。
「あ、ごめんごめん。あのさァ、今度の土日、どっちか空いてない?」
「いま、やっている仕事、つまんないんだけど、明日か、あさってにはケリが付くから土曜日でも日曜日でもいいよ。なーに?」
「弁護士の仕事で詰まらないものなんてないよ。ま、その話はあとにして、じつは妹が勤めている商社の同僚というか、同期の子で、すっごく可愛い子がいるから克彦さんに紹介したいって言うんだよ」
「えーーーッ?俺に?それって神様のお告げ?」
「そう、そのようですよ」
内田は笑いながら答えた。
「会った途端、互いにプイッだったらどうする?」
「ゼッタイそういう事はないってば。逆に言うよ、君がめまいを起こして卒倒したって知らんよ。救急車呼ばないよ」
「それは大げさだな。ボクはね、顔よりも性格のいい子の方が好きなんだ」
「それ、それ。ホント性格がいい。一度ウチに遊びに来た事があるが、まあ、可愛いのなんのって凄いし、プラス美人、癒し系、何一つ非がないって大げさでも何でもない。大人しくて性格がいいし」
「歳いくつ?」
「妹と同じだから23だよ。だけどまあ十九、ハタチだね、どう見ても。名前は武田美枝子」
「わかった、わかった。話を戻そう。土曜日にしようか。梅雨明け直後の一週間は天候が安定していて、予報では今週の8月3日は晴れってなってたよ」
「ああ電話してよかった。じゃあ3日土曜日」
「で、どこに行くの?お見合いじゃあるまいし、どこかで食事でも?」
「あのね、妹が海へ行こうって言うんだ。海水浴。で、用意のいいこと、先日、美枝子ちゃん、いや武田さんと水着を買ってきたんだよ。それもまあ二人お揃いでビキニ。<何じゃ、そりゃ>って言ったら、<いいじゃん、悪い?>とさ。まいったよ」
「正解!女性のスタイル、プロポーションを拝むには絶好!」
間宮は嬉しそうに笑いながら言った。その後、どこに行くか、車か電車か、どこで落ち合うかなどは後日決めようと一旦電話は切ることになった。
事務室で仕事をしていた長谷恵子が、間宮の電話を聞くともなく耳に入っていたが、
「お坊ちゃま、何だか女性のプロポーションを拝むとか、おだやかではないわね。何の話?」
と、笑いながら間宮にコーヒーを入れて持ってきた。事務職員の長谷恵子は克彦がまだ小学生の頃からずっと、間宮弁護士事務所で働いている。昔の口癖で、現在でも、たまに克彦のことを<おぼっちゃま>と言うことがある。
「あ、今度の土曜日、友達と遊びに行くからね。それまでには今の仕事終わらせておく」
間宮もくすくす笑いながら一応の返事のつもりで言った。克彦自身も子供の頃よくこの弁護士事務所に遊びに来ていたが、長谷のことを<おばちゃん>と言っていた。そのたびに<お姉ちゃんと呼んでネ>と、アタマをポンと叩かれたものだ。二人はそういう仲である。何歳なのかは父にも聞いたことはないので知らない。しかし、間宮弁護士事務所にとっては貴重な存在で何年も勤めているだけあって、父の、そして克彦のマネージャーみたいなもので仕事の割り振りをてきぱきとやってのける。うっかりしていると、<今日はどこそこの調査に行く日よ>と本気で怒られることもある。
そういうこともたびたびあって、最近は人手不足で、3人で間宮弁護士事務所を経営というか錐揉みするのが難しくなってきた。仕事の内容によっては<他の事務所に依頼してくれ、紹介するから>と断ればよいが、そうもいかないのが3人の性分である。とにかく忙しい毎日である。そんな中の内田からの誘いだ。克彦が喜ぶのも無理はない。
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