第11回 球面半導体!

今回のテーマはMacintoshともプログラミングとも直接関係のない話題です。でもたいへん夢のあるお話しなので、読んでみて下さい。
皆さんご存じのように、Macintoshに限らずパソコンの主要部品であるCPUやメモリはシリコンチップといわれる半導体でできています。CPUなどになると数ミリ角ぐらいの、長方形のシリコンの薄い板がセラミックパッケージの中に納められています。

インテルのペンティアムプロセッサのテレビコマーシャルでもおなじみのように、宇宙服のような白い防塵服に身をつつんだ人間が、その製造にたずさわっています。これは0.1マイクロメートル単位の小さな回路を作り込むためには、ホコリを限りなくゼロにする必要があり、そのためにクリーンルームとよばれる特別な部屋を作って、その中で作業を行うことになるためです。ホコリの一番の発生源が人間ですので、あのような白い服で封じて、できるだけホコリを出さないように努めているわけです。

CPUの進化、メモリの大容量化にともない回路規模はどんどん大きくなり、逆にシリコンチップに作り込まれる回路はどんどん小さくなっていきます。そうするとホコリの問題は相対的にどんどん大きくなっていくわけです。今まで空気1立方メートルあたりに数個といわれていたホコリの数もさらに減らす必要がでてきました。クリーンルームは部屋全体のホコリの数を減らさなければなりませんので、その技術や装置にしてもたいへん大がかりなものになってしまいます。このため新しく半導体の工場をたちあげようとすると、その投資金額たるや、数千億円が必要になってきます。半導体を作れば必ずもうかるという時代ではありませんので、新規投資はだんだんできにくくなってきました。これで三菱電機の社長さんの首が飛んだぐらいですから、企業としてはたいへんな問題です。

この問題を解決する意外なアイデアがあります。これが球面半導体によるアプローチです。


球面半導体というぐらいですから、外形はもちろん球の形をしています。直径は約1ミリメートル。この表面に回路が作り込まれています。

これは夢物語でもなんでもありません。おおまじめに研究し、さらに数十億円の投資をして実証プラントを作りあげようと動き出しているベンチャー企業があるのです。

会社の名前はBall Semiconductor Inc. テキサスはダラスにあります。社長の名前はAkira Ishikawaといいますので、日本人です。さらにこの人の前歴がテキサス・インスツルメンツの副社長というのですから、ただものではありません。

すでに日本やアジア系企業から数十億円の投資を引き出して、1年以上前からすでに走りはじめています。私がこのニュースを初めて知ったのも、日本経済新聞の海外欄のコラムの一節としてでした。いわく投資と人材を求めている、優秀な人材を集めるためストック・オプションを与える用意がある。Webページの広告を見て、この会社に応募してロシアから移住してきた技術者がいる、うんぬんという記事だったと思います。

球面半導体の形状よりも、さらにユニークなのがその製造方法です。クリーンルームは一切使いません。どうするかというと、かわりにクリーンパイプと呼ばれるガラス(?)の管を、工場の中にはりめぐらします。そのパイプの中を無数のシリコンボールが流れて行き、半導体を宙に浮かせたままで全てのプロセスを行います。一度も人間の手を触れることなく最終製品になるという構想です。クリーンルームの投資に比べて、クリーンパイププロセスの金額は10分の1程度ですむというアイデアです。またチップ単価は10円程度が目標になっているようです。


現在つかわれているシリコンチップの原料は薄い板状をしていますので、どこにも球状のシリコン単結晶を作っているところなどありません。まずシリコンボールを作るところから始めなければなりません。これを実現するのが、なんと無重力環境です。スペースシャトルの中で水のかたまりが球状になって浮遊することを思い出してください。地上でこれを実現するのが、自由落下(free fall)です。シリコンの球面を少し溶かして、パイプの中を自由落下させながら再結晶させるわけです。

さらにおもしろいのがリソグラフィーです。ふつう半導体に回路を焼き付けるには、カラー印刷と同じように何枚もマスクを用意して、何工程にもわけて処理します。このプロセスがリソグラフィーとよばれます。平面半導体には平面マスクを用意すればいいのですが、球面半導体には球面マスク(?)と特殊な露光装置(焼き付け用の光学系)が必要となります。これを実現するのが、3Dコンピュータグラフィックスでも使われるレイ・トレーシングの技術です。球面マスクを平面マスクに変換し、さらにこのマスクを使った一回の露光で球面全体をカバーする特殊な光学装置をつかうようです。

それからボールがパイプの側面や他のボールに接触しないようにパイプの中を動かすことが必要になります。これには流体力学の原理がつかわれるようです。ボールを非接触で動かしながら、しかも前述の露光を行うというのですから、本当に実現できれば革命的技術といっていいでしょう。

直径1ミリメートルの球の表面積は、約3.14平方ミリメートルになります。これ1個ではCPUなどのVLSIを作ることはできませんので、機能で分割した複数個のボールを連結して立体的な回路を構成することが考えられています。


この他にも、いろいろとチャレンジングな技術テーマがいっぱいです。
興味のある方は直接、Ball Semiconductor Inc.のサイトに行って見て下さい。

日本の経済は現在あまりいい状況ではありませんが、このように明るい未来に賭けてアメリカで奮闘している日本人もいるということを聞いただけでも、勇気と希望がわいてくるではありませんか。

記1998年4月5日


目次に戻る