第7回 鏡のなかの左右は反対?

えーっと、今回のテーマはMacintoshともプログラミングともあまり関係ありません。あしからずご了承下さい。でもちょっと面白いから、ぜひ読んでみて。
先日全国の小中学生を対象に文部省が実施した「新学力テスト」の結果が新聞に報道されていました。
いわく、考える力が不足している。いつも聞かされるセリフでなんだか興ざめですね。報道のあった数日後(1997年10月12日)の日本経済新聞(以下、日経と略)に引用された理科の問題とその解説をみて、おもわずのけぞりました。
考える力が不足しているのは問題作成者と文部省の方じゃないの!


問題の箇所をそのまま引用したのが下の図1です。

日経の記事によれば(1)の正解は4番とのことですが、とんでもない!。
正解は2番または4番、あるいは該当項目はなく、『上下左右は同じだが前後が逆の虚像』が正解です。

鏡の前に立って、右手を上げて動かして見てください。手を上に動かせば、鏡の中の手も上に動きます。下に動かせば、鏡の手も下に動きます。あたりまえだなんて言わないでください。これからが大事なところです。手を右に動かすと、鏡の手も右に動きます。手を左に動かすと、鏡の手も左に動きます。だから2番が正解です。
図2をみれば、前後が逆の像であることが容易に納得できると思います。


これに対し4番を正解とする問題作成者のほうは、図3のように実物と像とで異なった座標系を(勝手に)想定しています。もちろん世間一般で「鏡に写った像は左右が反対」といいならわしているので、あえてこれにあわせればこういう座標系を採用せざるを得ないのはたしかですが。


でも、どうして鏡に写った像は上下が反対にならず、左右だけ反対になるのでしょう。不公平だと思いませんか。考えて見てください、意思を持たない鏡がどうやって上下と左右の区別をつけているのでしょう。(ヒントは人間の体の対称性、答えはあとで紹介する本の中にあります。)


日経の記事によれば、これは「中学1年の理科(正解は(1)、(2)とも4)。正答率は両問題とも20%たらずだった。特に(1)は普段から鏡を見ていれば難なく解けそうな問題だが、半数以上の生徒が『左右は同じ』とする1、2を選択した。」とあります。

この問題は「普段から鏡を見ていれば難なく解け」るのではなく、あらかじめ「左右が逆の虚像」というキーワードだけを暗記していれば解ける問題なのです。
テストで問題を提示されてから、左右の方向をどう解釈するのだろう(座標系の選択)などを「考え」はじめたら、たちまち時間不足でアウトです。

鏡の長さABを決める問題も同じです。これが、考える力をはかる問題だなんて、とんでもない。単に「全身を写すためには、その1/2の大きさの鏡が必要」ということを暗記していれば解ける問題です。問題提示後に作図をして答えを求めていたら、たちまち時間切れ。


教えられたことをそのまま暗記するのではなく、創造性や考える力を養うというのなら、「上下左右が同じ」という答えも当然許されるべきはずです。しかし問題をみると「1から4までの中から1つ選び」となっており、初めから回答者に考えるという行為をさせないように限定してしまっています。
ほんとうに考える力を養いたいのであれば、自由に記述させる回答形態をとるべきだと思います。

このように暗記していないと解けない問題を作っておきながら、被験者の中学生に考える力が不足していると断じるなどはまったくおかしな話です。文部省の尻馬に乗って、なにも考えずにそのまま報道している新聞記者も同罪ですが。

ノーベル賞受賞者の江崎玲於奈さんが、「日本人は本当に創造性のある人間を必要としているのか、どうもそうではないように思う」という趣旨の発言をされたことがあります。このテストの問題をみて、同じことを今文部省にいいたい気分です。まあはじめから「創造性・考える力・表現力の育成」なんかはお題目とわかっていて、いってるんでしょうけどね。


偉そうなことを書いてきましたが、「左右の問題」については、むかし私が読んだ本の受け売りです。詳しくは、

マーチン・ガードナー著/坪井 忠二 /藤井 昭彦 他訳 「 新版 自然界における左と右」 紀伊國屋書店(1992年)ISBN 4-314-00576-9

をご覧下さい。


おまけ:
(1)マーチン・ガードナーさんというのはScientific American誌(日経サイエンス提携)のリクリエーション・コラムを長らく担当していた方です。科学や数学の啓蒙書を書かせたら天下一品で、なかでもこの本は名著だと思います。ライフゲームもこの人がScientific Americanに紹介してから、爆発的に広まったといわれています。・・・これでやっと、ホームページのテーマであるプログラミングとの関連づけができた(^_^)

(2)この本は図書館で借りてよんだので、現物は手元にありません。どうやって調べたかというと、そこはインターネットの威力であります。ずばり、『本をさがす』を使いました。これは日本の書店で購入できる50万冊あまりのデータベースを備えた検索エンジンのサイトです。本好きの人にはとっても便利。

記1997年10月14日


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