First Written:05.5.9
Last Updated:06.7.12
上 信 電 鉄
上信電鉄は、高崎と下仁田の間33.7km(運賃は1080円と、かなりお高い)を結ぶ鉄道です。名前の由来は「上野(こうずけ)」と「信濃」からきていますが、信濃(佐久市)までの開業は夢に終わったようです(碓氷峠あったしね)。
上信電鉄は見た目も中身も車歴も変り種の車両ばかりで、エキセントリックなニオイを関東の隅っこから発しています。
200形 1次車
(1964〜)
回送 2006.7
高崎駅構内
(※公道より撮影)
上信電鉄初のカルダン駆動車・20m車で、滅多に見ない1段上昇窓です。貫通のデハ200と非貫通のクハ300で2両編成を組みます。写真は、貫通のデハ。
200形 2次車
(1969〜)
回送 2006.7 下仁田駅
200形の増備車で、ウィンクしている右側に運転台があります。先頭はデハ・クハとも貫通に、側窓は2段式になり、ノーマルな仕様になりました。が、1990年にデハの妻面に東武3000系の運転台を取り付け、単行で運転できるようにしています。
200形 2次車
(1965〜)
回送 2006.7 高崎駅
こちらが、デハに増設された東武3000系の先頭側です。車体は西武所沢工場製なので、側面は西武線そのものです。東武顔の西武車両。
1000形
(1976〜/2連:2002.1〜)
高崎⇒下仁田 2006.7 南蛇井駅
1976年に登場した車両で、傾斜した前面と大型1枚ガラス、斜めの側帯、電気式ブレーキ・空気ばね台車・ワンハンドルマスコンなど、当時の地方私鉄では抜きん出た新鋭でした。
登場時は3両編成でしたが、乗客の減少により3両非冷房では使い道が限られてきたため、2連化・ワンマン化、および冷房化されました。S.5
1
登場なので
1
000形です。 1977年ローレル賞。
1000形 (クハ1301)
(1987〜)
高崎⇒下仁田 2005.5 高崎駅
2連化で余ったクハ1301は、運転台をクモハ1201に提供したため、250形を非貫通にしたようなのっぺりした運転台が新たに取り付けられました。単行の200形と併結するため、電気式ブレーキを自動空気ブレーキに格下げ改造
(造語です)
した他、規格を無理矢理200形に合わせた改造をあちこちしています。
せっかくの新鋭車両をもったいない・・・
改造時はコーラルレッド(珊瑚色)の塗装でした。
250形
(1981〜)
高崎⇒下仁田 2005.5 高崎駅
200形の増結もでき、単行での運転も可能な車両として製作されました。規格は200形に合わせてあります。
写真の252は、後方の1301と塗装を合わせてあるので、当分は1301と固定編成を組むのでしょうか。
6000形
(1981〜)
高崎⇒下仁田 2005.5 高崎駅
1000系を基にした車両で、外観も1000系とよく似ています。クロスシートとロングシートを千鳥配置し、シートによって窓の形も違うという凝った造りです。上信電鉄初の冷房車。日野自動車の広告塗装となっています。「HINO」や「H」の金属製のロゴも正面に付けており、初め見たときは日野製の気動車なのかと思いました。w
S.5
6
登場なので
6
000形です。
150形
(1992〜)
高崎⇒下仁田 2006.7 高崎駅
150形の第1編成は、もと西武401系です。登場時はコーラルレッドでしたが、第3編成と共に「蒟蒻畑」塗装にされています。上信電鉄の広告はラッピングではなく、しっかりと塗装してあるようです。それだけ地元の産業に密着・・・ということなんでしょうか?
150形
(1994〜)
高崎⇒下仁田 2005.5 高崎駅
150形の第2編成は、もと西武801系です。中間電動車に先頭車の運転台を切り継いでいます。群馬サファリパークの広告塗装です。
150形
回送 2005.5 高崎駅
150形の第3編成は、もと西武701系です。
こちらも入線時はコーラルレッドでしたが、1999年より「蒟蒻畑」の塗装になり、2002年から現在の2代目蒟蒻畑塗装になりました。ごちゃごちゃしてわかりにくいですが、広告のモチーフは沿線の風景なんだそうです。
500形
(1991.3〜)
高崎⇒下仁田 2005.5 高崎駅
西武新101系を購入した車両です。緑帯の第1編成と、赤帯の第2編成があります。
100形
(1960〜)
回送 2006.7
高崎駅構内
(※公道より撮影)
西武のクモハ451形を購入して改造した車両です。高崎駅構内の外れにずっと放置されたままのようで、もう走る可能性はなさそうです。