初めて喪服を着た日の事は、今でも鮮明に思い出せる。
夏休みだった。
ある日遊びから帰って来ると、家には誰もおらず、隣家の住人に、すぐに病院に行けと言われた。

父親が事故にあった、と。

病院に着いた時には、もうすべてが終わっていた。
泣き崩れる母親。幼い兄弟たち。

それを視界に収めながら、どこか現実感の希薄さを感じていた。
あまりにもあっけない別れ。
朝には元気に挨拶をして、父は仕事に出かけた。

こんなことが本当にあるのだろうか。
現実に。

夏の熱い盛りの中、黒い服を着た集団。どこからか聞こえる啜り泣きの声。
それにかぶさるように鳴く蝉。
出棺を迎えて初めて、大好きな父ともう2度と会えないのだと悟った。
こんなことが本当にあるなんて、まだ信じられなかった。

しかし父とはもう会えない。
それだけは、まぎれもない現実―――。





「日向、日向?」
呼びかけられて、ようやくはっと目が覚めた。
一瞬自分がどこにいるのか理解するまで、わずかに時間がかかった。
あの夏の日から、突然連れてこられて。

「大丈夫?うなされてたぞ。」
暗闇に若島津の白いシャツだけが浮かび上がっている。
「悪い夢見た?」
心配そうに顔を覗き込んでくる若島津の手を取って、無意識に自分に引き寄せた。まるで、こうしていれば失うことはないと信じているかのように。
引かれるままに彼の躯は、逆らうそぶりも見せず日向の腕に従った。
「日向?」
「…なんでもない。」
短くそう返して、若島津の躯をベットに倒す。
倒されて乱れた前髪を掻きあげて、多少の乱暴さをもって、押しつけるように唇を重ねた。
若島津は一瞬驚いたように目を見開いたが、しかしすぐにキスに答えてきた。

触れては離し、角度を変えてまた合わせる。
舌を差し入れ、そこに待っていた温かく柔らかいものに絡ませる。彼のすべてを、自分に取り込むかのように吸い上げる。
若島津が喉の奥で、小さく吐息をついたのを直に感じた。



――誰かを大事に思っていても、いつかは父親のように突然、自分を置いていなくなってしまうかもしれない。突然この世からいなくなって、もう2度と会えないかもしれない。

あんな思いをするくらいなら、大切な人などいない方がいい。

そう思っていたはずだった。




「若島津」
長く激しいキスの合間に名前を呼ぶと、閉じていた睫がゆっくりと上がり、自分を映している瞳が開く。
水を張ったように潤んだその色。
「……ん」
それを覗き込みながら、ゆっくりとまた唇を重ねた。
掴んでいた腕を放し、空いた手でゆっくりと彼の躯に触れていく。
シャツのボタンを外し、合わせ目から手を差し入れて、その肌を感じる。
滑らかな感触。俺だけに許される行為。
胸の突起に触れたとき、彼の躯がビクッと揺れた。その僅かな動きさえも封じ込めるかのように、彼の躯に体重をかけて押さえ込む。

こうしていれば、自分の腕の中にあれば、永遠に彼を失わずに済むのではないか。
絶対に、離したくない。彼が何かに奪われることなど許し難い。
例え神や、運命と言ったものでさえ。
「ん…、日向…」
少し掠れた、自分を呼ぶ声。上がる甘い吐息。
彼がもしこの世からいなくなってしまったら、どうすればいいのだろうか。
絡めたままの柔らかい舌に歯を立て、きつく吸い上げた。
呼吸が乱れる。お互いまだ触れていないのに、下肢は熱く熱を持っている。
「若島津、縛って、いいか?」
唇をほんの少し離し、瞳を覗き込んで低い声でそう呟いた。
「…ひゅう、が…?」
少し戸惑ったような若島津の表情。
日向はわずかに、辛そうに顔を歪めた。
「片方だけでいいから…」
「…いいよ。」
一瞬躊躇して、それでも若島津はそう返した。

自分は一体どうしたというんだろう。彼の自由を奪うようなやり方で、彼を抱きたいわけじゃない。

でも、この不安をどうにかしてくれ。
少しでも離すと、彼がどこかに連れ去られてしまいそうだ。
若島津の右手と右足をタオルで縛り、ベットの支柱に括りつけた。
手をゆっくりと下肢に降ろし、下着の中に手を差し入れ、形を現しているものに直に触れる。
「ん、んん…っ」
くぐもった悲鳴のような声が上がった。継がれる甘い吐息。
自分が抑えられない。暴走しているのを日向は自覚した。
一瞬垣間見せた、若島津の怯えたような瞳の色が、彼を更に煽る。
引き裂くかのような勢いで、彼の躯を覆っている布を取り去り、彼のモノを口に含んだ。
「やっ…ひゅ、うが…っ」
若島津は、顎を仰け反らせて首を振る。
左の耳の後ろに、先ほど日向が付けた跡が目に入った。
自分が所有しているという、跡。
後ろに指を差し入れ、吸い上げるタイミングを合わせて一緒に動かしてみる。
途端に若島津が、また小さく悲鳴を上げた。
やがて限界を迎えた若島津は、日向の口にすべてを放った。
痙攣する余韻まで、そのまま味わう。

この声も、瞳も、すべて。

日向は、若島津の右足の戒めを解き、わずかに赤く擦れたように跡の付いた足首に唇を落とした。そんな刺激にさえ、若島津の潤んだ瞳が眇められる。
それを見ながらゆっくりと両膝に手を入れ、抱え上げた。
濡れた下肢。待ちうけるその場所。
硬い先端を押し当て、ゆっくりと腰を進める。
「あっ……んんっ!ぅん……っ!」
日向の額から、汗がすうっと流れ、若島津の下腹部に落ちた。
すべてを若島津の中に収めてしまうと、日向は額に落ちてきた前髪を掻きあげ、一つ息をついた。そのまま躯を倒し、若島津の頭を抱む。
忙しなく息を継ぐ唇を奪い、悲鳴を直に飲み込んだ。

この心も、躯も、すべて。

この腕の中に、永遠に閉じ込めて、離したくない。
片時も、自分から離れていくのが許せない。
唇を味わいながら、腰を動かす。ぐっと際奥まで付きつけ、激しく掻き回す。
「んんっ、んっ、ん…っ!」
日向の動きに合わせて、塞ぎ切れない吐息が、深いキスの合間から零れる。
こんな思いをするから、大事な人間など欲しくはなかったのに。
失った時、俺は一体どうなってしまうのだ。もし、あんな別れがやってきたら。

もう自分ではどうにもならない。

どうか―――。


俺から奪わないでくれ。

――神様。






end / 2001.4.09






やおい話は読み返すのがほんっと苦痛ですね!! 悶絶死するかと思った。
つか私、昔からこういう日向…

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