ふとカレンダーを見て、なにかを思い出すかのように、首をひねってうーんと唸ること約一分。
いきなり、パッと振り返って、にーっこりと笑って、若島津は俺に言った。
 
「日向さん、お誕生日おめでとー」
 
……なるほど、今日が俺の誕生日だって、たった今、気が付いたんだな。
 
「だけど俺にはお金がありません。従って、残念ながらなにも買ってあげられません」
よく言うぜ。仮に金があったとしても、何も買うつもりはなかったくせに。
「でね、考えました」
またもやニッコリと。しかも小首まで傾げやがって。
裏がある、絶対にこのあからさまな笑顔には裏があるに決まっている。
「不吉なことじゃねえだろうな?」
「まさか、とーっても良いこと」
……不吉なこと、100%ケッテイ。
「俺達ね、ふたりっきりの時は名前で呼び合うことにしましょう」
「あ゛!?」
「つまり、日向さんはコジロウ、で、俺は、ケン。これが俺からのプレゼント。いいでしょ?」
…………は?
「ちょっと待て。良い悪い以前に、それの何がプレゼントなんだ!?」
「燃えない?」
「はあ!?」
「他のヤツの前では日向さん。だけど、ふたりっきりの時には、俺のこの声が、あんたを小次郎って呼ぶんだよ?燃えない?」
「……」
「その上、この俺のことを、家族以外じゃあんただけが健って呼んでもいいんだよ?燃えない?」
「……」
「つまり、この夢のような特権が、俺からのプレゼントです」
……あのな。おまえの思考回路ってヤツは、どこまで、お、ま、え、だ、け、に都合良く出来上がっているんだ、いったい!?
 
 
だがしかし、そうは思うものの、俺ってヤツは、どこまでもコイツには逆らえない境遇にあるらしく、笑顔の若島津がにじり寄ってきて、
「受け取ってくれるでしょう?」
って、俺の首に腕を回して、今にも唇が重なりそうな距離で、
「ねえ、小次郎?」
なんて呼ばれたらさ。
理性とかプライドとか、俺にブレーキをかけようとするもの、一切合切放り出して、こいつを抱きしめちまおうかなって思わないでもないわけで。
 
「ねえ…」
だから、今は理性やプライドと格闘中なんだから、耳元で囁くな。そのまま耳朶を噛むな。俺の意識を乗っ取るな!
「小次郎も健って呼んで?」
「け、けん?」
「そう。ね、もっとやさしく」
そして、先を急ぐ若島津の唇が、俺の首筋に降りてきて、
指が俺のシャツのボタンを、一個一個器用にはずしていって、
 
胸元から色気のある眼差しで見上げられて、
 
そして、
 
そして、
 
 
…………………………俺は、はげしく燃えてしまいました。
 
 
 
        *****

 
 
 
「ねえ、たまにはこういうのも新鮮だよね?」
俺の肩にしなだれかかりながら、けだるげな声で若島津が訊く。
 
ああ、確かに良かったけどな。めちゃくちゃ燃えたけどな。
同時に、なんでこう抑えが効かないのかって、自己嫌悪で激しく落ち込むんだよ、俺は!!!
 
「おまえさ、よくもまあこう毎度毎度、俺を地獄に突き落とすようなことばっか考えつくよな」
頭をガシガシと掻きむしりながら、八つ当たり気味な文句を言うと、若島津は大仰に驚いて、
「何とぼけたこと言ってんの!?毎度毎度、俺のおかげで天国を味わっているくせに」
 
――噛み合わない。全然会話が噛み合ってない!
俺が言いたかったのは、精神的な地獄であって、身体の天国とは、全く別の次元の話なんだ!
 
「ねー、また名前で呼び合うエッチで燃えようね、日向さん」
俺の苦悶になど、これっぽっちも興味のない若島津は、またもやニッコリと満面の笑顔で、俺を天国と地獄、表裏一体の世界へといざなう。
そして俺はといえば、コイツの誘惑に嫌とは言えない。
 
「だけど次は来年ね」
若島津の口をついて出た予想外の言葉に、俺は首を傾げた。
「来年?」
「だって日向さんの誕生日は、8月17日だけだもん。誕生日でもないのに、小次郎と健なんてさあ、恥ずかしくて呼び合えるわけないよ」
…………………。
「ねー?」
同意を求める若島津の、黒くて艶のある髪の毛が、何も身につけていない滑らかな肩にサラリとかかる。
なまめかしい仕草と、出来すぎた見てくれに、俺は脱力して、その恥ずかしいことを最初に言い出したのは誰なんだ!?と、反論する気すら起こらなくなる。
 
……誕生日なのにな。年に一回の、俺の、誕生日なのにな。俺の誕生日なんだから、俺が無条件にもてはやされても良い筈なんだけどな。
 
たとえ言っていることが、どんなに理不尽な内容であってもさ、
なんかもう、若島津の機嫌がいいなら、あとはどうでもいいやって気分になっちまうんだよな。
俺の誕生日を、コイツが自力で思い出したってだけでも、もう既に十分満足しているし。
 
すげえな、若島津。
いや、すげえのは、むしろ俺か。
 
 
――――もう、なんとでも言ってくれ。
 
 
 

――おしまいなんです―― 
    2002.8.22





ともこさまのサイト『Halftime』へ






ともこさんのサイトで、日向くんの誕生日に合わせてアップされた小説でした。
ご覧になられた方も多いでしょうが、ともこさんったらコレ、
10日間で削除しますなんて極悪非道なことをおっしゃるので、
うちに下さいと泣きついて、ムリヤリ奪い取ったのでした。
2002年夏…そんな昔からわたし、ともこさんにご迷惑を…(以下略)
いや〜こういう若島津、ほんっと大好物(笑)
ともこさん、ありがとうございました。






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