1229 / ともこさま



バタンと、ノックも無しにドアが開いて、
俺のルームメイトで、部活仲間で、ついでに、なんというか、まあ、その、なんだ、一応コイビト、だったりする若島津が、血相を変えて飛び込んできた。
「日向さん、日向さん!」
顔は文句なしの美形なんだ。
「ねえ、大変!」
声だって好きだ。
「あのね、あのね」
仕草なんて、おまえ狙ってんだろ?って言いたくなるほど、魅力的でたまんねえ。
「ねー、日向さん!俺、誕生日なんだよ!」
……だがな。またこれだ。こいつのおかげで、否応なく忍耐ってモンを覚え込まされた俺だって、さすがにこれはいただけない。
「ねーねー、聞いてる?」
だから、小首を傾げる仕草が可愛いってことは、よーく知ってる。だがな、だがな!
「若島津」
俺が呼びかけると、若島津は、ニッコリ笑って「ハイ」と答える。
「おまえの誕生日は何月何日だ?」
「12月29日です」
即答する若島津。そりゃそうだ。自分の誕生日なんだから。
だがな。
「今日は何月、何日だ?」
重ねて問いかけた俺に、若島津は少しだけ考えて、
「11月……えーと、20日です」
と、正しい日付を口にした。
そうなんだよ、今日はまだ11月20日なんだよ。
「12月29日まで、確実にまだ一ヶ月以上あるよな?」
念のために確認すると、若島津は即座に「違うよ!」と反論してきやがった。
「違わねえだろ!?」
「違うってば!もう一ヶ月とちょっとしかないんだよ!そろそろ言っておかないと、日向さん忘れちゃうかもしれないでしょー!?」
真顔で返されて、俺はガックリと項垂れた。
「あのな。忘れようにも忘れられるわけがないだろ?これでもう何回目だよ、おまえの誕生日が12月29日だって念を押されるの!」
「だってさー、日向さんが試合や練習でヘディングする度に、あ、今ので絶対に忘れちゃったって、俺、心配になるんだよ。今だってトイレ入ってたら、突然ものすごく不安になって、急いで走って来たんだよ。日向さん、ただでさえ記憶力悪いしさー、俺、落ち着く間もないよ、カンベンしてくれって感じー」
……この場合、勘弁して欲しいのは俺だろう?ヘディングする度に、何かを忘れていくのなら、俺の頭の中は、今現在、からっぽのすっからかんじゃねえかよ。
だが、若島津にげんなりとさせられることは日常茶飯事だけど、考えてみれば、コイツが、こんなにも自分の誕生日に執着するなんて初めてだ。
ってことは、やっぱり、一応(←それなりにやることをやらせて頂いているものの、あまりにも邪険に扱われるから、「一応」を付けずにはいられない日向なのだ)コイビトである俺に、プレゼントを期待しているってことなんだろうか?
「なあ、そんなに主張するってことは、何か欲しいものがあんのか?」
期待されていて、期待に応えなかったらオソロシイことになるから、俺はもう率直に訊いた。若島津の欲しいものなんて、俺にはさっぱり想像もつかないからだ。ついでに、欲しくないものをあげて、「ありがとう。でも全然嬉しくない」とニッコリ笑われるのも嫌だったりするからだ。
が、若島津は、全く予想外のことを訊かれましたとでも言うように、きょとんとして、
「欲しいもの?」
と、逆に訊き返してきた。
「だから、誕生日プレゼントだよ」
「欲しいもの…欲しいモノ…、うーん…ウーン…ううーん」
ひとしきり首をひねったあと、若島津は、パッと顔を上げ、またもやニッコリと笑って言った。
「思いつかないから、これからじっくり考えるね」
「いや、じっくりなんて考えるな。おまえがじっくりものを考えると、俺がろくなことにならない」
「なにそれ、ひどーい!俺がいつ日向さんを困らせるようなマネをした?」
……は?開いた口がふさがらないとは、正にこのこと!おまえが俺を困らせるなんて、常にだろう、常に!毎日、毎時間、毎分、ええい、いっそ毎秒だ!


 ☆☆☆☆☆


そうこうして、12月も中旬に差し掛かった頃。
サッカー部の部室のホワイトボードには、なぜだかいきなり、わけのわからない商品名を羅列してある紙切れが張り出されていた。
「○○○の特製チーズケーキ、△△△の天然酵母パン、□□□の生チョコレート、×××の高級寿司折……なんだこれ?」
上から4番目までを読み上げて、いったい何の意味があるんだと反町に問いただす。
「ああ、それね、若島津の誕生日プレゼントのリスト」
「あ゛?」
「あいつ、テレビで美味しそうなモンが紹介される度に、『これ食べたーい、ねーねー、俺ね、29日おたんじょーび』ってさあ、たまたま隣に居合わせたヤツに、なんの躊躇もなくおねだりしてくんの。ちなみにどれも行列に並ぶのは必至、それどころか予約してないと手に入らないものもアリ」
「……あいつ、かぐや姫ゴッコでもしてるつもりなのかよ?」
「うーん、でもまあ、ツチノコとか言われなかっただけマシってとこ?」
だいたいあの笑顔でちょーだい?って言われちゃったらさあ、俺ら一般庶民は頷くしかありませんワ、と続けて反町がうつろに笑う。
ここで、俺にまで、ごく自然にそりゃまあそうだよなと思わせてしまう若島津って、いったいぜんたいナニモノなんだ?
それにだぞ。本気でヤバイんじゃねえか?こいつらでこのレベルってことは、俺はいったい何を要求されるんだ!?マジでツチノコか?不老不死の薬か?


 ☆☆☆☆☆


バタンと、ノックも無しにドアが開いて、
俺のルームメイトで、部活仲間で……説明はもういいか。とにかく、常に騒動の発端で、震源地で、爆心地で、だが自分は決してかすり傷一つ負わない若島津が、血相を変えて飛び込んできた。
つまり、おそらく、ここのところ戦々恐々と日々を過ごしていた俺のもとに、運命の日が訪れたってことだ。ちなみに若島津の誕生日ではない。誕生日プレゼントを宣告される日だ。
「日向さん、日向さん!」
今日も、顔は、すこぶる美形なのにな。
「俺ね、考えたよ、誕生日プレゼント!」
うぎゃー、もうおしまいだ!この楽しそうな、いかにも何か企んでいそうな表情は、絶対にツチノコだ!「ツチノコを見つけてきて?」って言うんだ。しかも、ニッコリと笑って、「生け捕りだよ?脱皮した皮なんかじゃダメだからね」って付け加えるんだ。
だが、ジタバタしても若島津がもたらす災厄からは逃れられないし、もはやまな板の上の鯉の心境で、どうにでもしてくれと覚悟を決めた俺の耳に聞こえてきたのは、予想だにしなかった言葉だった。
「29日はね、俺にい〜っぱい『好きだ』って言って?」
…………は?今、なんと言いました?
自分の耳を疑って、しばし呆然としてしまった俺に、若島津はあっけらかんと続ける。
「そうだな、一分間に一回でいいや。朝起きてから夜寝るまで、ずーっとね」
……アホか、こいつは?いや、頭の出来が俺より遙かに良いってことはわかってる。
だがな、誕生日プレゼントだぞ。その意味がわかってんのか、こいつは!?
「若島津」
努めて冷静な声で俺が呼びかけると、若島津は、今日も「ハイ」と返事だけはとても良い。
ああ、やっぱり文句なしの美形だ、なんて見惚れている場合じゃない。ここはガツンと言ってやらにゃー。
ガツンと…ガツンと……ガツンと、なんて言えるわけもなく、俺は若島津を拝むようにして、
「頼む。お願いです。お願いしますから、プレゼントは物にしてください」
「なんでー?」
「なんでじゃねえよ、そんな、言えるわけねえだろ!?一分間に一回も好きだなんて!!!」
「どーして?一分間にたったの一回だよ?一秒に一回じゃないんだよ?」
「当たり前だ!!!」
しかしながら、俺がいくら声を張り上げたところで、コイツが俺に怯むなんてことはあり得ない。それどころか、
「あのさ!」
と、ズズズーンという効果音が聞こえてきそうな迫力で、逆に若島津がこちらに詰め寄ってくる。その勢いに、当然ながら俺は及び腰になって、
「はい?どうなさいました?」
なんて、条件反射で若島津のゴキゲンをうかがってしまうわけですよ。
「なんで嫌だなんて言うのかな?この口はなんのためについてると思っているわけ!?」
ものすごい勢いでそう怒鳴ったかと思うと、若島津は俺の両頬掴み、まったく手加減することなく、左右に容赦ない力で引っ張った。
「いででででで」
「俺が言って欲しいことを言う、俺がして欲しいことをする、時々物を食べる、ねえ、それ以外、この口になんの役目があると思ってんの!?」
愕然、呆然、そして、悄然。俺の口って、そんなことのため「だけ」に存在するのですか?……俺は、もちっと色々な人の役に立つ人間になりたいと思っていたのですが、ここまでビシッと断言されてしまうと、反論する気力さえ根こそぎ奪われるような気がするから不思議だ。
おまえの理屈で言うと、俺はまさに、おまえのため「だけ」に存在するんだな。全面的に否定は出来ないけどさ。
だが、はぁ、と声にならない溜息を吐き、肩を落とす俺の悲哀が、僅かながらでも伝わったのかもしれない。最大限の譲歩だとでもいうように、若島津が恩着せがましく声を掛けてきた。
「しょうがないなー。日向さん照れ屋だから一時間に一回にしてあげてもいいよ」
「え?」
「その代わり、絶対に忘れないでね?」
「絶対にってな」
「だって、日向さんは俺が好きで好きでたまらないでしょう?」
いつもながら、若島津の自信は全く揺らぐ気配さえ見せない。
「だから、このくらい簡単だよね?」
ニッコリと、しかし、有無を言わせない大迫力で続けられたこの一言に、俺は、来るべき12月29日の、これ以上は逃れられそうもない自分の運命(と書いて「さだめ」と読む)を知るのだった。
 ☆☆☆☆☆
そんなこんなで、今はなんと12月29日の午前0時10分前だったりする。
「明日の朝、若島津が目を覚ますのが7時だとして、7時台、8時台……」
左手で指折り数えながらもマジックを動かす右手は休めない。にしても、既に若島津はくーくー眠っているっていうのに、俺は、このクソ寒い中、身体を震わせながら、なんでこんなもん作ってんだろう?
自分でもアホらしいと思いつつ、若島津本人の手でこれにチェックをさせないと、絶対に、言った、言わないの話しになるから、作らないわけにはいかない。
やたら前置きが長くなってしまったが、何を作っているのかというと、つまり、なんだ。若島津への誕生日プレゼントだ。俺が一時間毎に「好きだ」と言うたび、ヤツにこのチェック表に「済み」とチェックをさせるんだ。
なんてまあ情緒のカケラも無いって自分でも思うけどな、そもそも『一時間に一回好きだと言え』なんて強制されたこと自体、情緒のカケラも無いんだから、体裁に拘っちゃいられない。とにもかくにも、義務を果たすことが一番重要なんだ。
なんて、ブツブツ言いながらチェック表なるものを作っていたら、唐突に背後から声を掛けられた。
「日向さん、なにやってんの?」
「うわああああああ、おまえ、眠ってたんじゃねえのかよ!?」
「ゴゾゴソ音がするから、うるさくて目が覚めちゃったんだよ」
欠伸をしながら俺に文句をつけた若島津は、目ざとく机の上の紙を見つけて、
「なにこれ?誕生日プレゼントのチェック表?なんでこんなもの作ってるの?」
その、いかにも何をくだらないことをやっているんだと言いたげな口調に、さすがの俺のムカついて、夜中だということも忘れつい声を荒らげてしまう。
「あのな!おまえが、一時間に一回好きだって言えって言ったんだろ!?しかもおまえのことだから、ちゃんとチェックさせないと絶対に後から、午前9時から10時の間には言ってもらえなかったとか言い出すだろ!?いったい誰のためにこんなことやってると思ってんだ!?」
いつになくものすごい勢いで捲し立ててやったら、「へ?」としばらく目を丸くしていた若島津が、やがて楽しそうにコロコロと笑い出した。
「やだなー。本気にしてたの?冗談に決まってんのに、あんなの」
今度は俺がぽかんとする番だった。
は……?じょうだん……?って、冗談?冗談だったのか、あれ……。
あんなに真剣な顔で、俺の口には若島津を喜ばせる以外の役目は無いとまで言い切ってくれちゃったくせに。
もう……、頼むから、お願いだから、冗談は冗談とわかるように言ってくれってんだ、まったく。
「好きだなんて言葉はね、いっぱい言えばいいってもんじゃないの。有り難みがなくなるでしょ?」
…………あのね。おまえがそれを言いますか?
もともとは、一分間に一度、好きだって言えって言っていたんだぞ、おまえは。
だが、吐き出す場所を与えられずため込みまくっている俺の鬱憤になど、これっぽっちも興味のない若島津は、机の上の置き時計に目をやって、その長針と短針が12の上で重なっているのを指さして、
「ねー、29日になったよ。日向さん、俺に言うことは?」
29日……。今回の騒動の原因、29日になったって?そんでもって言うことはって?
そりゃ、色々言いたいことは山ほどあるけどさ、まずはこれしかないだろう。
「た……誕生日おめでとう」
小ッ恥ずかしくてそっぽを向きながらも、祝福の言葉を口にしたら、
若島津は、俺の首に腕を絡めて、嬉しそうな、本当に見たもの全てを虜にしてしまいそうなほど、艶やかな笑みを見せた。
「ありがとー。これだから日向さん、大スキ。また来年もよろしくね?」
こんなに綺麗な笑顔で、しかも、大好きなんて言われて、嬉しくないと言ったら嘘になる。それどころか、正直、さっきまで抱えていた鬱々たる思いでさえ、あっさりとどこかに吹き飛びかけてるし。
でも、また来年もって……、また来年も、俺はこんなふうにおまえに振り回され続けるのか。そう考えると、やっぱり少しばかり疲弊しないでもないが、若島津に顔を覗き込まれて、今にも唇が触れそうな距離で、「ね?」なんて小首を傾げられちゃったらさ。
俺にはもう、「ああ」と頷く選択肢しか残されてねえじゃねーか。
骨抜きとでもなんとでも言ってくれ。
一度コイツに填ったら、この顔に、この身体に、そんでもって、このメチャクチャな性格に、惑わされて、酔わされて、メロメロになっちまうんだ。
だぶん、きっと、誰だって――。
もっともこんなオイシイ権利、俺は、絶対に他の誰にも譲らないけどな。






end / 2003.1.10





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小悪魔で激烈可愛くて魅力的な若島津くんお誕生日話。
ともこさん、こういう若島津書かせたら天下一品ですよね。
こうして日向さんは一生振り回されるのでしょう。
いやぁ、幸せだなぁ(笑)
ともこさん、ほんとにありがとうございました!!



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