子どもたちを責めないで
一目惚れなんて有り得ない。
科学的根拠の裏打ちの元に16年間かけて培った信念は絶対で、エドワードにとってそれは揺るぎないものだった。
しかも、そんじょそこらの普通のお子さまの16年ではない。
幼少のみぎりからエルリック家の天才兄弟の兄として一部世界で名を馳せ、プライマリなど初等教育はそもそもが免除されたし、セカンダリに続く中等教育は軽々とスキップして最年少でのアカデミー入学。この夏には、博士号を楽々取得した。
その類い希なる優秀な脳が弾き出した結論として、それはもはやこの世の真理と言えた。
そもそも、恋愛なんて人の脳が勝手に作り出した脳内麻薬の作用によるものだ。ほんのちょっとしたきっかけで、大脳が分泌するその麻薬に自分自身が騙される。すべてが思い込みと勘違いの産物だ。それを、さも大切そうに扱う人間の心理が理解できない。
恋愛感情など神という存在の次に信用がおけないというのに、まして一目惚れなどと根拠のない最たるものを誰が信じられるというのだ。
その理論が否定されるとは、エドワードは夢にも思っていなかった。
たった一人の人間によって、根底から覆される日が来ようとは。
―――A:それで?
ロイさんとは、次にいつ会うの?
見つめるパソコン画面の先、流れるようなスピードで文字が綴り出される。傍らに置いたコーヒーカップを右手で取りながら、エドワードは器用に左手だけでキーボードを操作し、問われた答えを打ち込んだ。
―――E:来週の水曜日。
―――A:ふーん、順調にいってるんだ?
良かったね、兄さん。
画面上の文字を追いながら、この部屋に自分以外の人間がいない気安さからか、エドワードは素直に少し照れくさそうな顔をした。
インターネットというデバイスを介して会話する相手は実の弟。彼は今、ここセントラルシティから車で2時間ほど離れた隣の市に住んでいる。
かの名高いホーエンハイム博士。家庭のちょっとした事情で姓は違うが、その博士には息子が二人いた。それだけである界隈から過剰な期待が寄せられるというものだが、その息子たちは世間一般の例に沿わず、幼少期から父と並ぶ天才と名を轟かせた。
エルリックの天才兄弟。その弟の方は今、父親と暮らしながらそこで一番大きな医学アカデミーに在籍していた。兄と同じ金髪と金目の、しかし格段に温和そうなその容貌からはちょっと想像できないほどの知能を有し、その優秀な頭脳を目下、人工皮膚と神経を作り出すという研究に注いでいる。直接に人の役に立つという観点では、むしろその弟の方が優秀かもしれない。
頻繁には会えない物理的障害は、しかし彼らの幼い頃から良好な兄弟仲を損ねたりはしなかった。母を幼い頃に亡くし、研究三昧の父とは滅多に会った覚えもないことを思えば、兄弟で仲良く生きていくほか彼らの取る道は少なかった。
今は簡単に会えない分、日々こうしてコミュニケーションを密に取りあう。実際顔を会わせない分気楽なのか、エドワードは以前よりもアルフォンスに何でも話をしている気がする。
言うつもりもなかった、想い人のことも。
―――A:で、どこ行くの?
―――E:決めてない。何か買い物したいもんがあるとか言ってたから、それに付き合うことになるんじゃねぇか
。
―――A:もうすぐクリスマスだもんね。その買い物かな。
―――E:さぁな。
灯りを落とした室内では、パソコン画面は唯一大きな光源だ。液晶画面が放つ光がエドワードの金色の髪に反射して、その横顔を照らし出す。カタカタと軽いタッチでキーボードを鳴らしながら、エドワードは先日、その想い人と会ったときのことを思い出した。
冬の訪れの早いセントラルでは夜はもう随分と寒くなって、半年間クロゼットで出番を待っていたコートやマフラーを急いで取り出さなければならないほどだったのに、その日エドワードは薄手のコートを一枚羽織っただけだった。
それを見た彼――そう、相手は男性、しかもかなり年上――は、ちょっと呆れた顔をしながらコートのポケットから手袋を取り出して、エドワードに渡してくれた。本当はそんなに寒くはなかったのだが、彼にそんなふうに心配してもらえたのが心地良くて、わりと素直に受け取った。
どうせなら、手を繋げばもっと暖かいのに。
一瞬だけそう思ったが、恥ずかしくてとてもじゃないが言えなかった。きっと盛大に笑われるだろうし、そもそも大勢の人間が行き交うこのセントラルの街中で実際それをするには、エドワードにとってもいろんな意味でちょっと勇気が必要だった。
笑われるならまだしも、彼がもし迷惑そうな顔をしたら―――。
彼が自分に付き合ってくれる理由も手探りな現状で、そんな表情を見ることになるなんて想像するだけでヘコむ。
その時の心情まで思い出してうっかりネガティブな方向へ持って行かれそうになった思考は、画面に綴られる文字に勢い良く引き戻された。
―――A:クリスマスは別に無理して帰ってこなくてもいいからね、兄さん。
目にした文章の意味が分からず、エドワードはマグカップに伸ばした手を止めて考え込んだ。しばらく実際に会っていない弊害か、どうも最近弟との意思の疎通が図れていないのかもしれない。
―――E:なんだよ、それ。
―――A:だから、ロイさんと一緒にいられるチャンスがあるんだったら、こっちに戻ってこなくてもいいって言ってんの。
―――E:は?んなわけあるかよ!
勢い込んで綴った言葉のすぐ後に、不意に現れた文字。
――Wさんが入室されました――
それを目にして、エドワードはギクリと身を揺らした。
―――W:馬鹿ねーエド。チャンスは待つんじゃなくて自分で作るもんなのよ!
開口一番の叱責と共に突然現れたのは、故郷リゼンブールの幼馴染みだった。
―――A:ウィンリィの言うとおりだよ、兄さん。なんなら、これから約束を取り付ければいいじゃない。
―――E:お前らそう簡単に言うな!
大した時間もかからずに、弟に次いで、ほぼ兄弟同然のようにして育った幼馴染みにまで知れ渡ってしまったエドワードの恋愛事情。以来その進行状況を逐一報告させられる中で、しかし二人にはまだ話していないことがあった。
先日ロイと出かけた際、街中で出会った一人の女性のことだ。
長い綺麗な金髪と澄んだヘイゼルの瞳をしてすらりと立つその女性を見かけて、彼は随分親しげな表情を見せて声をかけた。『リザ』とファーストネームを呼ぶその声は、表情以上に彼らに親密な何かを思わせるには充分だった。
『誰?』
挨拶程度の会話を交わした彼女の姿が遠くなってから、エドワードは探るような口調にならないよう精一杯努力して隣に立つ彼にそう問いかけた。
『昔の恩師の娘さんだよ』
その努力が功を奏したのかは分からなかったが、いつもは勘の良い彼がその時は何も気付かなかった顔をして簡潔にそう答えた。
その後、どうしたんだっけ。ふーん、と他意を含んで聞こえないよう更なる努力を続けて返した相槌を流して、彼はさりげなく話を他へ逸らしたような気がする。
以来、微妙に引っかかる、その場面。
―――W:何がマズイのよ?その頃にはアカデミーだって冬休みなんでしょ?
―――A:そうだよ、研究室閉まっちゃうし。ロイさんだってお休みなんじゃないの?
―――E:そういう問題じゃねぇだろ!
―――W:どういう問題よ?
―――A:二人ともお休みなんだったら、デートに誘えばいいじゃない。
間髪入れず二人に畳み掛けられるようにして入力された文面を見て、エドワードは小さく呻いた。
いや、そう簡単に誘えばいいとか言われてもだな、とか、休みかもしんねぇけど、クリスマスに一緒に出かけようなんて、そんなの恥ずかしくて言えるか、とか、いや実はこの前、何かロイと仲良さそうな女の人に街で会ったんだよ、とか、どこから取っかかればいいのかエドワードが逡巡している間にも画面はどんどん流れる。
―――A:どうせ兄さんのことだから、ろくに遊ばないで研究ばっかりなんでしょ?
若干話の方向性が変わったことほっとして、しかしその内容にエドワードはうぐっと詰まった。
確かにセントラルに来て3年が経つが、どこかへ遊びに行った記憶はあまりなかった。気の利いた遊び場を知っているわけでもなく、洒落たレストランに出入りできるほど周りは自分を大人扱いしてくれない。
―――W:あー、いかにもアンタらしいわね。デートコースのストック全然なさそう…。
―――A:兄さんそういう方面、ダメそうだもんね。
―――W:優秀な頭脳を、ちょっとはそういう方面にも使いなさいよ。
―――A:そうだねぇ兄さん。ちょっとは考え改めた方がいいよ。
反論を打ち込む間も与えられず、そもそもそれ以前に効果的な反論など思いつかずどんどん責められる立場に追い込まれる状況に、エドワードは長い金髪を掻き毟った。
―――E:お前らだって、そんなに遊んでねぇだろ!
それを言うならアルフォンスやウィンリィだって、そうそう遊び歩いてばかりいられるような生活を送っているわけでもないはずだ。確信のもと、苦し紛れに打ち込んだ言葉はしかしあっけなく翻された。
―――W:あたしはそんなことないわよ。いくら修行中だって、師匠はちゃんとお休みくれるし、若いうちに遊ばないでどうすんのよ。
―――A:僕だって気晴らしくらいしてるよ。片付けとかそういうの、研究室の人たちが代わってやってくれてるから案外時間取れるもん。
いや、お前の場合、やってくれるってんじゃなくてやらせてんだろ。
そう入力しようとして、キーボードに指をかけたままエドワードは結局止めた。
こういう方向に展開してきた以上、大人しく二人から叱責を受けた方がことは早く終わる。それはもうこれまでの経験から充分に理解していた。
けど、納得いかねぇ。
昔から『天使のようだ』と大人たちに評されたその笑顔と要領の良さ、人当たりの良い会話術を持って生まれたアルフォンスの生活は、まぁ想像が付く。適当に上手くやって、割と自由に遊んだりしているのだろう。
―――A:この前も、ウィンリィと一緒に二泊三日でサウスシティのテーマパークに行ったんだよ。
―――W:あ、あれ楽しかったよねー。ホテルも綺麗だったし。
―――A:またどこか行こうよ。年が明けたくらいなら、僕もまとまったお休み取れそうだし。
―――W:うん、じゃあ、またいいとこ探しとくわ。
エドワードを置いて、勝手に流れる会話に呆然とする。
は?何?おまえら、二人で旅行?いつの間にそんな?つかアル、兄さんを差し置いてそんなことに?
―――A:あ、兄さん、今度会ったときお土産渡すね。
いやアル、そうじゃなくて。いや、おまえが昔からウィンリィ好きだったのは知ってたけど。……ってーか、……あ、っそー…、なん…ですか。
ウィンリィは今、故郷の隣町に住んでいる。昔から細かい機械に携わるのが得意だった彼女は、義手や装具を作る神懸かり的な権威と謳われた師匠に弟子入りを頼み込んで、しかもなんの冗談か百年に一度の逸材と見込まれて、青春を投げ打って修行中の身だった。
青春を投げ打っているはず、だと思っていた。
つうか親父、何してんだよ!いくらそうだとしても、二人で旅行なんてまだ早くねぇか!
行き場のない動揺の矛先を弟と一緒に暮らす父に向けるが、睨みつける先のブラウザには当然のことながら受け止める相手はいない。
しかしエドワードの感心は、次に映し出された一文に釘付けにされた。
―――W:まー仕方ないわね。このウィンリィさまが一肌脱いで、エドにデートコース考えてあげてもいいわよ。
―――A:わぁ、良かったね。兄さん。
いや、いいから!と、一度は反射的に打ち込んで。
結局、エドワードは入力ではなく、削除のキーを押した。
―――E:ホントか?
カタカタとなるキーボードの音が、妙に情けなさを煽る。
―――W:任せなさい。大人の男も落とせる完璧なのを考えてあげるわよ。
―――E:でもおまえだって、そんなにこっち来てるわけじゃねぇだろ?
―――W:エド、女の子の情報網を甘く見るんじゃないわよ。
―――A:兄さんよりはまだウィンリィのほうがお店とか知ってると思うよ。
―――W:ただし。
と、一拍の間を置いて、書き込まれる文字が何か。
大方の予想は付いたが。
―――W:高いわよ。
―――A:だと思ったー。何が欲しいの、ウィンリィ?
―――W:リスト送るわ。
―――A:だって。兄さん。
お前らなぁ、と書きかけて、またもやエドワードは脱力のままその発言を消去した。
―――W:そうと決まったら、とりあえずセントラルのお店チェックとか情報収集しとくわ。
―――A:兄さん?落ちてるの?
―――E:いや、いる……。
いる、けどな。お前ら、別に俺がいなくても全然話勝手に進めてくんじゃねぇか。
そう書き込みたいが、エドワードには今更それに関してそんな長文を打ち込んで抗議する気力はなかった。
そして、それ以上に思考を占めていたのは。
完璧なデートコース。
確かに、自分には考えも付かないと認めざるを得ない。
相手は大人。アカデミーの講師の中では格段に若いのにすでに助教授の地位にいて、接待なども頻繁にありセントラルに名を馳せる高級レストランなど顔見知りも同然。しかもエドワードにとって面白くないことに結構、いや、かなりモテる。
そんな場数を踏んでる相手を満足させるデートコースなど、エドワードにとって専門外も外。同じ専門外でも、例えば絶滅危惧種の生態系についての論文を書いて博士号を取るより困難なのは多分、間違いない。
―――W:こういうとき、美味しいお店いろいろ知ってるリンが役に立つのにな。今日来ないのかな?
―――A:来ないね、何してんだろ?レポート?
このチャットメンバー、本日の欠席者、隣国シンからの留学生リン・ヤオ。
エドワードがアカデミーに入った半年後にやってきた彼は、専門がまるで違うというのに同い年という事もあってか、上から面倒を見るようと押し付けられた。留学ということを差し引いてもこの年でアカデミーにやってくるのは特筆すべき能力だとは思うが、何より彼の境遇は特異さでそれを上回る。
―――E:シンから何か連絡があったとか言って、夕方護衛に引っ張っていかれてた。
―――A:皇子さまは大変だね。留学中なのに。
そう、笑っちゃうことに、彼は隣国の王位継承権を持つ留学生だった。
初対面のとき、学長に呼び出され先に話を聞いて、柄にもなく少し緊張していた自分が今思えば馬鹿みたいだ。
その時、学長室に入ってきたのは、ごく普通の自分と同じ年代の少年だった。
『やぁ、キミがエドワードくん?よろしく頼むヨ』
民族衣装を身に着けた彼は若干落ち着いた雰囲気はあるものの、世間一般的な王族のイメージからはほど遠く、気楽な口調で握手のための手を出した。
以来、上に押し付けられるまま何かと世話を焼く羽目になったが、ここ最近は彼もこの国に慣れたのか、好き勝手に――勉強しているんだか遊んでいるんだかよく分からないが――過ごしているらしい。
お役御免とばかりにほぼ放置していたその彼に、あの日、弟との電話での会話を聞かれてしまったのは一生の不覚ともいえる事項だった。
『ロイって、もしかしてマスタング助教授かイ?』
突然後ろから聞こえた声に、エドワードは文字通り飛び上がった。やんごとなき家柄の子息のくせに、彼は時々こうして気配を殺して人々の中に紛れ込むのを得意としているのが常々エドワードは不思議だった。
『て、てめぇ!ノックくらいしろよ!』
『したヨ。エドワードが気付かなかっただけじゃないカ』
『どうしたの?兄さん?』
驚いた声のアルフォンスに返答する前に携帯電話をリンに奪われ、エドワードはその一瞬の早業について行きそびれた。
『初めまして、エドワードの弟くんかイ?ボクはリン・ヤオといいまス。エドワードの親友デス』
誰が親友だ!そう勢い込むエドワードを片手で押しのけて、彼はそのままアルフォンスと会話を続けた。受話器の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえる。弟の社交性の高さをこの時ばかりはエドワードは恨めしく思った。
まぁアカデミーには俺しか同じ年頃のやつはいないし、シンじゃ友達も作れない環境だっていうからいろんなやつとも話をしてみたいんだろうな。
前に彼の護衛の少女がぽつりと零した言葉を思い返してそんな甘いことを思ったのが、そもそもの最大の間違いだった。
『それデ、エドワードとマスタング先生はどういう関係なのかナ?』
は?!いきなりなにぬかす、この野郎!
唖然としている一瞬の隙に、電話の向こうでアルフォンスが何事か言う。するとリンは面白そうにこちらに視線を遣して、思わせぶりにこう言った。
『へー、そうなのカ?』
待てアル!何をバラした?!
慌ててリンの手から携帯をひったくって、またかけ直す!と電話の向こうに言い捨てる。兄さん?と、訝しげな聞こえた気がしたが、この際無視して通話終了ボタンを押し、肩で一つ大きく息を付いた。
そして。
『エドワードは、ああいうタイプが好きなのカ?』
すべてが終わったことを知った。
『んなっ、何言ってんだよ!別に違…ッ』
明らかに動揺してますと言わんばかりの姿は肯定以外の何物でもないと分かってはいたが、その時のエドワードは自分を取り繕う余裕などなかった。それを知った上で面白そうに笑ったリンの顔は、後々思い返してもぶっ飛ばしてやりたい衝動に駆られる。
『あ、そウ?
じゃあいいカナ?
実は、狙ってたんだよネ』
『ああッ?!』
『彼は逸材ダ。シンに連れて帰りたいと思ってサ』
『だめだ!絶っ対に駄目!誰がやるかよッ!』
掴みかからんばかりに勢い込んで一瞬のち、はたと我に返る。そこには細い眼を更に細くして、にやつくリンの顔があった。
『まァ、日ごろ世話になってる他ならぬエドワードの頼みだから、聞いてやらないこともないけどネ』
そう始まった彼の要求に結局押し切られて、その日のレポートの代筆と寮へ出す外泊届けの代行、一週間のランチ代、そして最大のネックは、自分とアルフォンスとウィンリィしか知らないこのチャットへの参加権利だった。
彼らは、あっという間に仲良くなった。
本当に、人当たりの良い弟をこのときほど恨んだことはない。ウィンリィとも何故か波長があったらしく、今では自分抜きで三人で遊びに繰り出すこともあるらしい。
当然エドワードの恋愛事情もすべて筒抜けだったが、もうそれは諦めた。そこそこ協力してもらっている自覚がある以上、もう何も言えまい。
そうして、現在に至る。
―――W:まぁしょうがないか。リンには後で電話してみるわ。
―――A:じゃあクリスマスディナー、兄さんの分用意しないから。父さんにも、そう言っとくよ。
ええぇ、マジですか?なら俺、もしその日にロイに振られたら、もしかして一人ぼっちのクリスマスですか?!
パソコン前で呻くようにして両手に顔を埋めると目の奥がチカチカしたが、長い時間液晶画面と向き合っていたせいだけではあるまい。
―――A:だから兄さん、頑張ってね。
―――W:そうよ、エド。アンタ変なところで押しが弱いんだから!
口ではきつい言葉を突きつけるけれど、何があってもこの弟と幼馴染みは最終的には自分の味方をしてくれる。
そう信じられることは、エドワードにとっていつでも強い支えであることに変わりはないけれど。
―――W:勢いで攻めるのよ。相手は経験豊富な大人と言っても、アンタには若さという武器があるわ!
―――A:そうだよ兄さん、既成事実さえ作ってしまえば、ロイさんだってそうそう兄さんを無下にはしないと思うよ。
―――W:クリスマスは絶好のチャンスよ!
いや、ちょっと…待て……。
と、打ち込みかけて、エドワードにはやはりその後の言葉が選び出せなかった。
―――E:もう、寝る、俺…。
選ぶべき道はこの場の離脱のみというのが、キーボードの鳴る音と相まって、非常に情けない気分を煽られる。
―――W:あらそう?おやすみ、エド。
―――A:おやすみ、兄さん。
その言葉を目にして、どっと疲れた気力を振り絞って接続を落とした。
よろよろとした足取りでベッドに向かったエドワードは、もちろんその後で残った二人の会話など知る由もなかった。
―――W:でもほんと、エドも変わったわね。昔は恋愛なんて馬鹿にしてたくせに。
―――A:そうだね。ロイさんは偉大だなぁ。
―――W:アル、会ったことある?
―――A:あるよ。会ったって言うか、兄さんと一緒のときにちょっと話した程度だけど。
―――W:へー、どんな人だった?
―――A:うーん……大人の人。
―――W:当たり前でしょ。14くらい年上なんだっけ?
―――A:兄さんって昔から年上好きだからね。まぁほんとに落ち着いた大人の人って感じだったよ。
―――W:うーん、それはなかなか手強いわね。
―――A:兄さん一人の力じゃ太刀打ちできないって感じ。
むむむ、と双方考え込むような間を置いて、再び画面に文字が流れる。
―――W:でも、アルとリンとあたしという希代の天才がついてるんだもん、エドがやれないことはないわ!絶対ロイさんを落とすまで頑張るわよ!
―――A:そうだね。僕、ウィンリィのそういう前向きなところ好きだよ。
―――W:ありがと。あたしもよ。
画面を介して微笑みあう二人とは対照的に。
エドワードが、一人あれこれ想像を働かせて、その晩なかなか寝付けなかったのは、あくまでも余談だ。
end
TVで電車男をぼんやり眺めていて思いついた馬鹿話。
全然まるで天才っぽくないエドワードくんに苦笑を禁じえません。
でもいろんなツールを自由自在に駆使して逞しい現代っ子。
三十路近くからしてみれば、ある意味恐ろしい子どもたち。