うたの日で薔薇をいただいた歌

袴田朱夏言の葉の床

二〇一八年

題「水色」

水色のカッターシャツをぱんと干す妻と我とに春は来にけり

自由詠

どちらかというと嫌われてたらしいそんな送別会でした 塩

題「名」

役割が街の名となり役割を終えてもどこか譲らぬ京都

題「代」

児が「バス」の一語得るのと引き換えに失うものを考えている

自由詠

あの雲の高さから落ちたにしてはやさしい雨だ さよなら、ディラン

題「泥」

雲泥の泥のほうですふわふわといなくなったりしません 好きです

題「多」

シナモンを気持ち多めに入れる朝むしろ気持ちを多めに入れる

題「空」

空はあるいちばん大きなものとしていちばん何もないこととして

題「戦争」

自惚れず年に一度は戦争を省みる国でありますように

題「おじいちゃん/おばあちゃん」

じいちゃんになれずに戦死した人の孫であること 夏はまだ夏

題「喉」

宵の口飛行機雲が死に際にオリオンの喉かっ切っていく

題「東京タワー」

二番目と言われることに慣れてきた東京タワーと寝たふりをする

題「ノルマ」

夕焼けで葉を染めあげるお仕事です小人の秋はノルマがきつい

二〇一九年

題「ありがとう」

ありがとうありがとうって何回も声張り上げるだけのお別れ

題「ピー」

点Pが用紙の外の春風にさらわれるよう補助線を引け

題「着」

着床に至れば月とお別れし母とはじめるいのちの息吹き

題「マックス」

いいよんけいまっくすときE4系Maxとき」と二歳児の小さき寝言は海を目指した

題「内」

子の目にはたからものらし境内の砂利石ひとつひとつにわらう

題「トビウオ」

フライにし食べる死生のトビウオは空と海とを知ったばかりに

題「回文」

是か否かわからないなら若い恋変わらないなら乾かない風ぜかいなかわからないならわかいこいかわらないならかわかないかぜ

題「民」

本当の君を知らない証明の住民票はいつでも写し

題「知」

れたての自重じじゅうを知らぬ足に書く「ユリコベビー」の筆圧確か

題「夢」

五歳児がかかとで夢を発ったあと毛布に夢のかたちを見やる

題「半」

どこまでがわたしのせいだったのだろう半身浴がまだ終わらない

自由詠

えいえん、でしりとり終える 退院の母の腫瘍の取り切れぬこと

題「21世紀」

だからこそ愛するんだろひたすらにのび太がだめなほうの世紀を

二〇二〇年

題「折」

飛行機に折られる前の色紙よ戦のために飛ぶのではない

題「川」

川の字に一画足して寝るときの山を支える横棒が俺

自由詠

祈るとき目をつぶらせる神様はひかりが毒になることも知る

題「疲」

先生でいるのに疲れた顔面が濁音だけでラーメンすする

題「卵」

デモのとき投げつけられる卵ってきちんと無精卵なんですか

題「シーツ」

あなたとの海がシーツに戻りゆく春はいつまで眠るのだろう

題「ゲロ」

胃袋を裏返しては吐くときのさよならわたしになれないものたち

題「費」

自粛では消費しきれぬ春があり川辺に子らがたんぽぽを吹く

題「強」

悔しさをバネにせよって言う人のバネは強くてわたしをはじく

題「てんとう虫」

雨の日のてんとう虫が赤すぎて赤すぎてもう吹っ切れました

題「所」

晴れた日を選んでからり逝く祖父のそれも別れの所作、六月の

題「箸」

この人に教わった箸の持ち方でこの人の骨を拾うのだろう

題「丼」

かつ丼のほうがおいしいうどん屋のうどんのような日々に七味を

題「条」

ゆるやかな条件反射 真夜中の私にさわるあなたにさわる

題「銀杏」

先生のこひびとはだれ乙女らはいちやう並木にこゑひからせて

題「整」

あおぞらにあなたが風をととのえて好きと言うときひらくコスモス

題「惨」

みじめさを売るなと言ふが火をつけて買つてゐるのはおまへらだらう

題「欺」

セビリアの詐欺師の今日は理髪師でまことの愛のためだけに切る

題「欄」

空欄をそららんと呼びこの空をどう収めるか考えている

題「対」

ズル休みの対価としての夕焼けがいよいよ俺を小さくさせる

題「追」

どこまでも追いかけてくる月だって逃げたいときもあるのだろうに

二〇二一年

題「から」

友だちからはじめましょうは友だちでおわるからだめ 血でしゃべってる

題「刀」

若人が抜刀のごと一斉に問題用紙をめくるさやけさ

題「象」

抽象と具象のあいだ おさな児がクレヨンで描くゾウは夢色

題「土竜」

おれモグラほしのひかりは知らないがこのほしのにおいにはくわしい

題「発」

放課後の春の発声練習のあなたのいないアルトが弱い

題「素」

画素数をはるかに超える命あり美瑛の丘にカメラをしまう

題「緊」

向いていない仕事と気づく教壇にああ緊張がいつまでも立つ

題「長」

無視されるたびにちょびっと長くなるまつ毛でいずれ君を刺します

題「友」

その人と分け合いたかったパピコだと気づきつつ聞く失恋話

題「樹」

樹齢とはいちまいの皮 明るきも暗きもわたしの形に沿って

題「巡」

巡礼をすべき聖地のない足でただ一軒の家には帰る

題「凡」

凡打でも全速力で走らされ球児よ そういう戦争だった

二〇二二年

題「昨日の題からどれでも」(「心」)

産み終えてわたしに戻る重心をわたしと思うさよならひつじ

題「掛」

その枝に朝日が引っ掛かるときはきみを見ていた鴨川右岸

題「デス」

生きかたのヘルプデスクがこいびとの心臓にあり右ほおで聴く

題「淡」

乗っちゃった始発電車がふるさとを淡くしていく しかたなかった

題「なくちゃ」

生きなくちゃ死ななくちゃってくちゃくちゃになっちゃう前に話してほしい

題「蜂」

先生の空気力学はそのときも窓からうまく蜂を逃がした

題「疲」

最後くらい男女を越えてあなたとは子どもみたいに疲れたかった

題「いつ」

あきらめたものの話をきらきらと母はいつまで母なのだろう

題「回文短歌」

「寝たいなら飲みたまえ」気が付くとふと靴が消えまた実らない種

二〇二三年

題「無」

月のない夜にあなたが置いてくるそのレイアップシュートうつくし

題「隙」

春のそらだったおまえがこの部屋のさびしいすきま風として死ぬ

題「犯」

下調べばかりうまくてわたしたち初犯未満の岸に寝そべる

題「リスク」

やさしいね あなたの死因のひとつにはなり得ますけど関わりますか

題「みぞおち」

みぞおちをなだめつつ聴く 転職を楽しんでいる友の話を

題「500週間あれば何とか出来そうなこと」

かえりみる、ゆるす、てばなす、あきらめる、おえる わたしのためのわたしを

題「留」

留年をきわめた春の先輩が味変みたくはさむ留学

二〇二四年

題「早」

子のほうが気持ちを早く切り替えておやつを二時にしようとか言う

題「めりはり」

一分で寝る一歳のめりはりのこれこそ生きる力とおもう

題「二」

二回目のうそをゆるしていいものかばかになるまで考えている

題「糸」

さびしさを引き受けていた釣り糸がぐいと仕事をしやがった、この

題「閏日」

三月に冬がはみ出さないように今日うるう日のやさしさは雨

題「松」

松任谷という名字をユーミンは魔女の帽子のようにかぶった

題「無」

花びらの無賃乗車もゆるされてふわり子とゆくさくら街道

題「たら」

目覚めたら子らの寝息にはさまれてオセロのようにもう一度寝る

題「しか」

しばらくは生きるしかなく病棟にいる人たちと雨をさがした

題「ルーシー」

聞かせてよブルーシールの真ん中のルーシーきみの国のはなしを

題「乳」

化粧水→乳液→下地 ここまではわたし ここからアジフライかも

題「雨」

戦争もガラスについた雨粒もすべてが向こう側にあること

題「太」

着きました駅の真ん中らへんにある春のミスドで太っています

題「リンボー」

低いほどすごいリンボーダンサーは空をこんなに抱えられるよ

題「スイカ」

こんなにもあかくて甘いうちがわをスイカ自身は気にしていない

題「九」

半年の雇用期間の更新を下手な息継ぎみたいに九月

題「社会詠」

直帰します物価が高くなったぶん俺らの価値は下がりましたし

題「夫婦」

おたがいをおもいあうからさかさまに読んでもふうふなんだねふふふ