NHK短歌掲載一覧
袴田朱夏・言の葉の床
題「花」
花の名に詳しい母と鳥の名に詳しい父の子である我は
題「働く」
まあこれも仕事だからと笑いつつまあのところでため息をつく
題「衣服」
アイロンをゆっくりかける雨の日は生きるかたちをすこし気にする
題「本」
児をひざに絵本開けば原色のわくわくが我にじわり蘇る
題「歩く」
お別れにしましょういつもの歩幅でも私にとって偉大な一歩
題「色」
ひさかたの光をプリズムに結びニュートンは世界を見定めた
題「旨・滋・妙」
うまかったごちそうさんと蛤の殻に合わせる祖父の両の手
題「父」
父が祖父に私が父になった夏生きよう君が父になるまで
題「駅員」
駅員のつもりで母はベゴニアの世話をしている無人駅にて
題「幸」
僕たちは幸福中毒それなしで生きていけない体になった
題「木」
木簡を読み解くひとの想像のつばさがぐんとひろがり飛鳥
題「旅」
胡麻を擂りぷんと香るまでの二秒分子は一度だけ旅をした
題「紙」
プール後に紙縒りを耳にねだる子の抱きつくひざの先に我在り
題「叱ってくれる人」
一度だけ叱ってくれた叔父の弾くストラディバリウス遺品となりぬ
題「しばしば」
軽やかに『サークルゲーム』口ずさみ母がしばしば煮るいちごジャム
題「読む」
寝る前の絵本五冊を読めばすぐ「じゃああと五冊」と子は持ってくる
題「触」
剃り切れぬひげを触って少年は今もふてぶてしく俺である
題「同級生」
数学はあいつだ英語ならあいつ冬の自習室に布陣あり
題「店員」
店員がお釣りを乗せるレシートをわが手に乗せて恋は終わりぬ
題「祖父母」
じいちゃんが作ってくれた竹とんぼは100パーセント竹でできてた
題「転」
盗まれた自転車川で見つかってピカピカに磨かれていたこと
題「ライバル」
ライバルが上司になったおめでとうございますってきちんと言えた
題「自転車」
自転車のチェーンがはずれあの川の夕陽にはよくお世話になった
題「虎・寅」
年老いたアムールトラが何の肉かわからぬほどに咀嚼するもの
題「美味しそうな歌」
この愛を全部積み上げパフェと呼ぶ大丈夫、絶対崩れない
題「喫茶店」
この店がつぶれないよう珈琲を見知らぬ同志とテイクアウトす
題「帽子」
どんぐりの帽子を外し「おかあさんつむじはないよ」と寄り目をやめた
題「蛇口」
蛇口から出てくるやわらかい猫のおはなしを子がねだる日曜日
題「猪・亥」
生きるとは死のやりとりだうり坊がクワガタムシの幼虫を食む
題「比」
僧兵の駆け降りゆくをロープウェイから眺めおり夏の比叡に