★当店は「シベリア発祥の店」ではありませんが、大正5年創業当時、
どのパン屋でも作っていたシベリアに当店独自の工夫を加えて、
今日まで製造販売を続けております。
ようかん部分が、大雪原を走るシベリア鉄道に見えるから。
�A掘ってびっくり地層説
カステラとようかんがシベリアのツンドラ(永久凍土)の地層に見えるから。
�B心あたたかオーバー説
シベリアは極寒の地、ようかんが寒くて可哀想、カステラのオーバーを着せたから。
�Cドッテテ ドッテテ シベリア出兵説
大正7年(1918年)にシベリア出兵事件がありました。当時の人々にとってシベリアは身近な外国の地名でした。その頃に作られたお菓子で、洋風な印象を与えるものだったので、そのまま名前になりました。
�D思ひ出の喫茶店名説
(これは当店のお客様からの情報です)
「小樽の町「シベリア」という名の喫茶店がありました。
ロシア革命(1917年)のために亡命して来たロシア人が経営していた店でした。
そこでこのお菓子が売られていました。
父がよく『シベリアで買ってきたよ』と言ってお土産に買ってきてくれました。」
�E闘うお菓子屋さん説
日露戦争(1904年)日露戦争に従軍した菓子職人が考案したから。
�F恋するお姫様説
ロシア革命で、神戸に亡命した美しい貴族の姫君が恋人の亡骸が埋まっている、シベリアの凍土を想いながら作ったから。
☆いろいろな説がありますが、あなたはどの説がピッタリだと思われますか?☆