東海館 (とうかいかん) 登録有形文化財



 伊東といったら「釣れば釣るほど安くなる!」三段逆スライド方式のハトヤが超有名ですが、他にも防空壕五右衛門風呂の大東館や、「じゅらくよ〜ん」のホテル聚楽チェーンの宿もあり、さすが箱根・熱海と並ぶ関東の温泉大歓楽地だけあってバラエティに富んだ旅館のラインナップです。が、この格差社会の世知辛い世間の御時世に、今時団体慰安旅行などする組織はスケベ教員かお役人サマぐらいのもので、オバサマ軍団中心の個人旅行がメインとなった今、箱根・熱海同様に伊東も閑古鳥が鳴きっぱなしの状態です。各旅館も個人向けにモデルチェンジを図っているようですが、図体がデカイぶんだけ小回りが効かないせいか忸怩たる状況のようで、文豪も長逗留した名旅館も廃業に追い込まれてしまう現状。そんな老舗の宿を消失させてしまうのは忍びないと地元の行政が買い取って公開するパターンが現れ始めていて、熱海の起雲閣がその例なのですが、伊東にも戦前に建築された「東海館」が1997年(平成9年)に廃業してしまったので、その後市が購入し観光施設として2001年(平成13年)にリスタートされたという次第なのです。

 

 伊東市中心部を流れる松川沿いに、チョコンと頭に望楼をのっけた姿が印象的なこの東海館は、地元の材木商だった稲葉安太郎により開業した木造三階建ての旅館で、隣に並び立つ旅館「いな葉」と共に伊東で最も風情ある景観を作り出しています。創業は1928年(昭和3年)で、当時は湯治客向けの小規模な宿だったようですが、1938年(昭和13年)の伊東線開通後は団体客向けに次々に増築し、二つの中庭を持つ大規模な施設に変身、戦後も首都圏向けの歓楽地として栄えた伊東きっての老舗旅館として賑わいを見せましたが、昨今の事情により閉館し今は観光用に公開しています。遊興施設なので非日常的な凝りに凝った装飾に見所があり、特に名匠による彫刻もそのポイントの一つ。まず玄関上の銭湯のような唐破風屋根が眼を引きますが、その下に鶴と旭と波の図案による細かな彫刻に驚かされます。伊東市内の社寺建築を多く手がけた初代森田東光の手によるそうで、他に館内のいたる所で眼にすることが出来ます。
 玄関を入るとそこは本館で、中庭の向こうに1938年(昭和13年)に竣工した新館が繋がります。玄関ホール奥の中庭は鶴亀を石で表現した池庭があり、その池の上を太鼓橋が渡り、さらに奥の障子には鶴が舞うデザインと、イントロから凝った趣向で楽しませてくれます。

 

 新館は各階が別々の棟梁に当たらせて競わせて造らせた為か、各階ともバラエティに富んだ装飾で構成され、特に廊下や階段部は奇木の手摺りや飾り窓を設けた、少々キッチュで妖しげな空間です。道玄坂あたりのラブホーにも近いと言えるかも。
 各部屋の入り口上も、細かな彫刻の透かし彫りや、竹細工による照明器具などが設置されており、職人達の精緻な仕事ぶりが見られます。

  

 

 各客室は、先に出来た本館は極々シンプルな内装で北向きのせいか少しうら寂しい感じ。対して新館は南向きの日当りの良い明るい空間で、廊下や階段と同じように奇木を使った数奇屋風の座敷が並びます。当主が材木商だったせいか全国からかき集められた名木が各所に配され、欅の一枚板による床板・黒檀や天然杉の絞り丸太による床柱・目の詰んだ桐の柾目板を張った天井など、高価な材料がこれでもかとふんだんに採用されています。書院窓には各部屋それぞれに網干・富士山・帆掛け舟など、伊豆ならではの図案が彫りこまれた粋な風情の意匠。

 

 

 本館の3階はなんと120畳敷きの大広間。半分で区切れるので、二つの宴会も同時に敢行可です。東側に舞台、西側に床の間を設けてあるので、3パターンの宴会も想定されます。舞台で酔客相手の売れない演歌歌手の営業でも行われていたのでしょうか?

 

 舞台の横には孔雀と牡丹の大きな彫刻が立て掛けられています。これも玄関上の彫刻を手がけた森田東光による作品。同じ舞台横には花灯窓があり、そこには今度は牡丹と猫の彫刻もあります。欄間にも細かな透かし彫りがあり、彫刻の多い広間です。
 西側の床の間は、中央の槐(エンジュ)の大木がやけに目立つ空間で、この高価な槐の相手柱にはこれも高級材の黒檀をかませ、床脇に格狭間を半分に切り取った洞口を設けた、豪快な造りの広間です。その一方で書院窓には精緻な組子細工の障子が嵌めこまれ、一つ一つ念入りに面取りされた桟は丁寧な仕事ぶりがよくわかります。天井には天城産神代杉の杢板が張られた格式高い格天井と、床柱と共にここでも材木商だった当主の個性が出ています。一般の住宅建築と違い遊興施設なので、非日常感を煽る為の多少どぎつい演出が特にこの広間には濃厚です。

  

 屋根の上にツンと突き出た望楼は、1948年(昭和23年)に広告塔として建築されたもので、海も望める360度の眺望が楽しめます。歓楽施設ですからこのような遊びの部分が必要だったのでしょう。館内の意匠にも同様のことが言えます。

 



 「東海館」
   〒414-0022 静岡県伊東市東松原町12-10
   電話番号 0557-36-2004
   開館時間 AM9:00〜PM9:00 入浴可 AM11:00〜PM8:00 大浴場は男女交替制
   休館日 第3火曜