当麻寺中之坊 (たいまでらなかのぼう) 重要文化財
近鉄南大阪線も古市を過ぎて奈良県に入ると、静かでのんびりとした里山の中を進みます。線路沿いの田畑の向こうには、ラクダのこぶを思わせる二上山の緩やかな稜線も見え、その麓に二基の三重塔が立ち並ぶさまも車窓からよく見て取れます。東西両塔が創建当時から唯一残る寺として知られる当麻寺は、開基が七世紀末の白鳳時代と伝えられる古刹で、かつては中将姫伝説により民間信仰の厚い寺として数多くの参拝者を迎えて繁栄しました。その名残は今も数多くの建造物が建立されたことに伺われ、特に境内は山の斜面を利用して段々上に伽藍が設置され、国宝に指定された本堂に東塔・西塔、それに金堂や講堂等が配置され、それらの諸堂を取り巻くように各塔頭が配置されています。
塔頭の一つである中之坊は山内の筆頭塔頭にあたり、創設も八世紀の天平期。中将姫が剃髪をした場所として伝えられています。そう広くない院内には本堂と書院・茶室・客殿に池泉回遊式の庭園も造営され、ちょうど東塔の真下に当たることから借景として塔を庭の一部に取り込むという、こじんまりとした敷地内でありながら立体感の強い変化のある風景が広がっています。書院は柿葺に切妻と入母屋を繋げた屋根を持つ江戸初期の住宅建築で、後西天皇御幸と伝えられており、この書院の一部に茶室丸窓席があります。書院・茶室ともに国の重要文化財指定。
丸窓席は別名双塔庵とも呼ばれ、席内から二つの塔を観覧することから名付けられたもの。四畳半に貴人口と躙口とが両方明けられ、躙口の内側に片引きの明かり障子が付けられた特異な趣向。この茶室の最大の特徴は命名の由縁になったその大きな丸窓で直径が164.5cm。この丸窓の後室には元々仏堂があり(現在は待者の間)、丸窓の意匠はその丸窓の向こうにある人の面影を映し出すために造られることが多いことから、中将姫に想い寄せた空間と言えるでしょう。片桐石州の設計と伝えられていますが、書院との年代差が見られることと、郡山の慈光院などの建物との意匠に関連性が見られないことから、石州の関わりは疑問視されます。
丸窓席の茶道口の奥には書院風の五畳の茶室があり、丸窓席よりは後年の設営で、勝手としてまたよりカジュアルな茶会にも使われた模様です。この茶室の前に待合が造られています。
池を挟んで庫裏の裏手に、二畳中板の間取りの知足庵と名付けられた茶室があります。この知足庵も丸窓席より後の設営で、明快で開放的な丸窓席に比べて暗鬱な篭るスタイルの、よりプライベートな空間として設えてあります。
客殿は本瓦敷きの入母屋造りで、内部の天井には昭和初期からの画家による絵が書き込まれた格子絵天井になっています。近年絵が追加され、片岡鶴太郎氏のたらし込み技法による魚の絵も入りました。
庭園は池が二つに茶室が三つもあることから、狭いながらも少々複雑な構成になっており、特に露地としての役割を持たせる為に手水や燈籠などが点在する落着いた佇まいの風情。これも片桐石州造営と伝えられていますが、確証はありません。
「当麻寺中之坊」
〒639-0276 奈良県葛城市當麻1263
電話番号/FAX番号 0745-48-2001
拝観時間 AM9:00〜PM5:00
拝観休止日 無休