睡鳩荘 (すいきゅうそう)



 軽井沢は文学者と所縁の深い土地柄で、明治の頃から著名な作家・詩人・劇作家等が別荘を構えて優雅な夏のバカンスを過ごした場所でもありました。その幾つかはそのままの状態で残されて公開もされていますが、諸事情により移築された物件が集められているのが塩沢湖にある軽井沢タリアセン。人造湖の周囲に広がる森の中に堀辰雄・有島武郎・野上弥栄子といった文人達の別荘が点在しており、その創作活動の現場を垣間見ることが出来ます。近年にはフランス文学者でサガンやボーヴォワールの翻訳で知られる朝吹登水子の別荘も湖畔に移築されており、岸辺に優雅な佇まいを見せています。

 

 この別荘を建てたのは登水子本人ではなく父の朝吹常吉。日銀・三井物産・三越・東芝・王子製紙等で重役を歴任した実業家で、戦前の1931年(昭和6年)に旧軽銀座の奥の矢ヶ崎川の畔に建てた別荘です。娘の登水子が亡くなる2005年(平成17年)まで使用され、没後に寄贈されて2008年(平成20年)に当地へ移築されています。"睡鳩荘”の名は、当時の三井財閥の大番頭だった益田孝に、以前から所望だった中国絵画の睡鳩の掛け軸を売却した代金で建てたことから。
 屋根が切妻造りの桟瓦葺による木造二階建てで、妻両端部にコンクリートの煙突が挟みこむ構造。設計を担当したのはW・H・ヴォーリズで、軽井沢に数多く建てられたヴォーリズ別荘の一つです。朝吹家の本邸が東京高輪にあり、その洋館を手掛けた経緯から別荘もヴォーリズに依頼された模様ですね。丸太板張りの野趣あふれる木目調のコテージで、一二階両方前面に広いベランダが取り付けられて、玄関を設けずにフランス窓の様にそのまま窓から室内へ出入りするシステム。朝吹家といえばテニスで知られる御一家、移築前にも隣接してテニスコートがあり、このベランダで一汗かいた後に休息をとっていたのでしょうね。

 

 

 内部は一階が広い居間が占めて、二階に家族の寝室が4部屋並ぶ構成。特にこの一階の広間が見所で、天井の梁には野太い松丸太を何本も渡し、荒々しく切り出した浅間石で重厚な面構えのマントルピースを積み、鹿や牛の首の剥製を飾ったまるで中世英国荘園主の豪族の館のような意匠です。アーサー王かヒースクリフでも出てきそう。外観も含めて粗野で野趣あふれる男性原理濃厚な空間ですが、これは施主の朝吹常吉の趣味で、若かりし頃に体験した英国留学が骨の髄にまで染み付いて、普段でも英国スタイルの生活を実践していたことが反映されています。兄の三吉と共に高名なフランス文学者で知られる朝吹登水子ですが、父親が根っからの英国趣味者というのは面白いエピソードですね。

 

  

 二階へ上がる階段ホールも重厚な木目調の手摺や照明がとても印象的。ドアノブにはヴォーリズ建築で御馴染のアメジストが嵌め込まれています。面白いのが二階の床面におが屑が敷かれている点で、足音等を消す遮音の為だとか。

 

  



 「軽井沢タリアセン」
  〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町塩沢湖217
  電話番号 0267-46-6161
  開園時間 AM9:00〜PM5:00 年中無休