小蘭亭 (しょうらんてい)



 長浜駅近く北国街道沿いの古い町家が建ち並ぶ一画に、安藤家という商家があります。紐解くと室町期にまで遡れる旧家で、当地の自治を束ねる十人衆の一人として重要な役割を果たしてきた家柄でした。明治期以降は呉服問屋に転向し、いわゆる近江商人としても成功しており、今に残る邸宅はその絶頂期の1905年(明治38年)に建てられたもの。木造二階建ての町家で、鰻の寝床の様に奥へ深い構造となっており、最奥には美しい庭園が広がる上質の近代和風建築です。

 

 

 この安藤家に一時、北大路魯山人が食客として逗留したことがあり、ここで創作活動を行っていたことがありました。当時はまだ書家・篆刻家としての活動が中心だった頃なので、商家の看板や濡額の依頼が多く、奥の座敷に当地で依頼のあった「呉服」や「清閑」と彫った作品が展示されています。

 

 魯山人がこの長浜へ赴いた理由は、書画骨董のコレクターだった長浜の紙文具商「紙平」の当主河路豊吉に誘われたことからで、1913年(大正2年)魯山人30歳の時。その河路家の看板の出来栄えに感服した当時の安藤家の当主安藤順造が、パトロンとして建ったばかりの離れを貸したことが魯山人との繋がりです。よほど心酔していたのか内装までおまかせで、魯山人独特の美意識で組み上げられた空間です。
 この離れが完成したのは1915年(大正4年)のこと。魯山人は直前まで長期に中国を旅していたので、中国趣味が濃厚な意匠となっており、東晋の王羲之作「蘭亭曲水の序」に因んで”小蘭亭”と命名されています。

 

 この小蘭亭へは主屋から渡り廊下で向かうのですが、この渡り廊下がまた凝っていて、竹をあしらった欄干や四半敷きの床板などすでに中国風の設え。入口の扉にも”寿”の文字が透かし彫りにされ、その下に「蘭亭曲水の序」が篆刻されています。

  

 中国風といった場合にどのような意匠を想定するかというと、山水画に出てきそうな茅葺に竹を編んだ田舎屋風のものと、中華街の関帝廟のような過剰なまでの派手な装飾美のものと考えられますが、ここでは完全に後者のパターンで、とにかく色のコントラストが極端です。天井は緑、壁が朱で、襖が青とかなりサイケデリック。また天井には”寿”の紋様が青く入り、廊下側の襖には中国の雷紋様で縁取った丸窓風にするなど、エキゾチックな意匠が放埒しています。
 書家でもあり篆刻家でもあるのでその技量も存分に活かされており、襖には中国の故事に由来する「長楽未央千秋萬歳」が描かれ、床の地袋には”福”と”寿”の文字が様々な形状で彫られています。

 



 窓枠にも卍の紋様が入り、こちらもかなり異色な意匠。この様に大胆であえて奇をてらう意匠は後年の姿からはちょっと想像できませんが、まだ30歳の頃と若く脂ぎった感性が燃えたぎっていたからでしょうかね。丁稚奉公で不遇だった少年期を過ごし、ようやく認められ始めて当地に赴いて、ずっと魂の中に溜まっていた物をぶちまけた様な空間です。窓の外には「古翠園」と名付けられた美しい庭園も広がります。

 



 「北国街道安藤家」
  〒526-0059 滋賀県長浜市元浜町8-24
  電話番号 0749-65-3935
  開館時間 AM9:30〜PM5:00 年中無休
  小蘭亭は通常非公開 年に数回公開時期あり