松浜軒 (しょうひんけん) 名勝
希代の鉄道好きで知られた作家内田百閧ェ再三再四わざわざ鉄道で東京から遠路はるばる往復したのが、九州熊本の八代にあった高級旅館の松浜軒。新幹線も当然なく蒸気機関車がまだ主流だった昭和20年代に、いくら好きとはいえ何日もかけてハードな長旅を幾度も敢行させるあたりは元祖乗り鉄の面目躍如といったところなのですが、この松浜軒自体にも大変な魅力のある旅館だったようで、その風光明媚な佇まいを甚く気に入っていたようです。今は旅館は廃業していますが、建物や庭園は当時の状態で残されており、百關謳カが愛したその風雅な空間を今でも味わうことが出来ます。
その百關謳カが何度も来訪した理由は、この松浜軒が本来は旅館などではなく、お殿様のお茶屋として造営された特権階級の御屋敷だったから。昭和天皇が戦後に人間宣言して全国巡幸した際に御宿泊所として使われ、それをきっかけにしてしばらく旅館経営をしていた時期があり、たまたまその頃に百關謳カが運良くこの宿に遭遇出来たからで、そりゃ陛下がお泊りになるお宿ですし著名な作家ですから最上級のおもてなしを受けたのでしょうね。
江戸初期の元禄年間に八代藩城主だった松井直之が母親の為に茶屋を造ったのがその謂れ。江戸期にはその御茶屋を中心とした庭園が広がっていたようですが、明治期になって八代城が国有化されて退去しなくてはならなくなり、近所にあったこの松浜軒を本屋敷として再整備したのが今に見る陣容で、二階建ての大型近代和風住宅建築が池の畔に雁行型に悠然と並びます。
そしてこの御屋敷の周囲には池泉回遊式の庭園が広がります。このあたりは球磨川の河口に程近く、その昔は球磨川の水を園内に引き入れていたとかで、その名残か小石が撒かれ中州のある河原のような風景が見られます。池の向こうは低い築山がなだらかな曲線を描き、その背後には欅や楠などの広葉樹が並んで明るく伸びやかな空間が広がります。以前は海がすぐ際まであったようで、海越しに遠く雲仙まで見渡せたとか。今は埋め立てられ周囲にマンションなどが建ち並んで台無しですけれどね。
松浜軒の命名の通りに松が多く植えられており、小石の撒かれた洲浜と一体して海浜の風情も見せています。一方庭園の西側は鬱蒼とした森となっており、大きな石組も見られます。この地は元々赤女池という沼地の森だったそうで、その森を切り開いて庭園が造られており、一部を残して穏やかな風景にアクセントを与えています。国の名勝指定。
この庭園で一番の見所は初夏の肥後菖蒲。可憐で色鮮やかな花々が咲き誇って園内を美しく彩ります。
「松浜軒」
〒866-0865 熊本県八代市北の丸町3-15
電話番号 0965-33-0171
開園時間 AM9:00〜PM5:00
休園日 月曜日