天授院 (てんじゅいん) 重要文化財
横浜本牧の三渓園は、戦前の生糸商で莫大な資産を築き上げた原三渓の自邸跡で、三渓自身が全国から集めた文化財クラスの優れた古建築の宝庫。それはまるで古美術を蒐集するかのように様々なジャンルの古建築を購入し、設置場所も考慮して移築場所も三渓自身が定めた、建築物の三渓コレクションとでも呼ばれるような空間が広がっています。特にランドマーク的な存在の旧燈明寺三重塔がキーポイントで、正門から見る大池越しに塔が建つ広がりのある光景と、三重塔から北西方向に延びる狭い谷合から見た塔の眺めはとても対照的。二つの導線が直角にクロスするあたりも三渓の用意周到な計算が感じられます。
その山裾に延びる狭い谷合には小さな古建築が点在しており、特に初冬の頃は寂寥としてとても内省的。苑路も一番高い最奥の天授院の前で終わりです。この天授院は原家の持仏堂だった建物で、茅葺屋根の小さなお堂なのですが、周囲は鬱蒼とした木々に覆われているので、まるで山中にポツンとある地蔵堂のよう。西行法師でも出てきそうな雰囲気があります。
外観は屋根が寄棟造りの茅葺で、桁行四間奥行三間の大きさ。建造は江戸初期の1651年(慶安4年)。この三渓谷園内へ移築されたのは1916年(大正5年)のことで、鎌倉の建長寺塔頭心平寺の地蔵堂とのこと。この心平寺は江戸初期にはすでに廃絶しており、地蔵堂だけ残こされていたとの話なのですが、三渓自身は鎌倉星ヶ井地蔵本堂を移築したと述べているので、詳細は不明です。
鎌倉五山第一位の格式高い臨済宗寺院の塔頭ですから純然たる禅宗様の仏堂で、正面の桟唐戸や頭貫上の台輪や粽などに特徴がみられますが、恐ろしいほどに装飾性が殆ど無く、江戸初期とは思えないほど古風でシンプルな意匠です。
内部は格天井に床張りの一室で、奥の壁に須弥檀と厨子があるのみ。この須弥檀も同時に作られたもので、中央の厨子には三渓の位牌が祀られています。天授院という名も養父の法号で、移築して持仏堂とすることに由来するもの。
かつては柱や床一面に黒漆が塗られていたようで、今は全て剥落していますが床は鏡面のように磨かれており、初夏の頃は周囲の森の緑を映し出しています。まるで京都実相院の床もみじのようですが、色々と仕掛けを興じる三渓のことですから、狙ってこの場所に移築したのかもしれませんね。国重要文化財指定。
「三渓園」
〒231-0824 神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1
電話番号 045-621-0364・045-621-0365
FAX番号 045-621-6343
開園時間 AM9:00〜PM5:00 (入園はPM4:30まで)
休園日 12月29・30・31日