坂野家住宅 (さかのけじゅうたく) 重要文化財



 地域限定マックスコーヒーのメッカと言えば千葉北部と茨城南部、近頃開通のつくばエキスプレスに乗れば東京から30分であの妙に甘ったるい缶コーヒーが御賞味できます。ところでこのあたりはやけに沼が多く、河童の牛久沼や汚染度ダントツ全国1位の手賀沼に印旛沼・菅生沼・蛇沼など、大小様々な湖沼が点在する地域。それもそのはず元々は古鬼怒湾という海の一部だった場所で、利根川の運ぶ大量の土砂の堆積によって陸地が形成され、窪地だった場所が湖や沼となって残ったもの。とういうことで土地は殆ど起伏が無く、そのおかげで田畑が多く全国でも有数の農作地帯となり、見渡す限りの田圃と畑がどこまでも続きます。最近は合併により常総市と改名した水海道も一面の平坦な畑だらけで、とても長閑でカントリーなところ。カントリーということは畜産業も大いに盛んで、隣町の下妻は全国屈指の養豚場の多い町。当然この水海道にも結構あります。その市内菅原養豚団地のすぐ近くに、近在の大地主だった坂野家住宅があります。畑のど真ん中に深い屋敷林を抱え、その広大な敷地を城砦のような塀で囲み、立派な薬医門を開いた武家屋敷のような趣の住宅です。

 

 坂野家は500年ほど前の室町期に当地に居住し、江戸中期に新田開発の責任者として成功を収めて惣名主の地位にあった豪農で、いま残る屋敷もその頃のものと見られています。広大な敷地は約3000坪あり、主屋と離れの書院を中心に文庫蔵・三番蔵・稲荷社などが点在しており、瀟洒な庭園も造られています。薬医門を潜って正面に見えるのが主屋で、屋根が茅葺の寄棟造りの平屋建て。東北地方に多く見られる曲屋のように矩折れの外観です。薬医門共々に国の重要文化財指定。
 当初はシンプルな直屋だったそうで、江戸末期に座敷部が突き出すように増築されて現状に変ったとか。その際に代官が立ち寄れるように、格式を示す式台も造られました。土間上の屋根には気抜けの用の小窓が開けられています。

 

 内部は土間のある居室部と増築された座敷部に分かれ、居室部が18世紀初期、座敷部が19世紀中期の建造です。土間は豪農屋敷に多く見られる豪壮な架構を持ち、天井に野太い柱や梁を巧みに交差させて組みあげた力感の強い構造です。
 土間には4連の竈があるのですが、床上の板の間にもあり、さらに茶の間にも囲炉裏が切られています。名主であり使用人が多っかたことからそれなりの量の炊き出しが必要だった模様。珍しいのは入り口横の広間の南面に、中世の上層住宅建築の様式である跳ね上げ式の蔀戸が用いられていることで、格式の高さを示しています。

 

 

 座敷部は8畳間が直列に4部屋続き庭に突き出す構成で、庭に近い方から「一の間」「二の間」「三の間」「仏間」と並び、いずれも接客用に造られた端正な部屋が続きます。部屋越しに通して見られる光景は、現代の住宅空間では中々得られないものです。
 座敷部の玄関側は1畳の入側が走るやはり武家屋敷のような趣です。庭に面した「一の間」は最もグレードの高い部屋らしく、床に違い棚付きです。

 

 違い棚の上には天袋もあり、戸に文人画風の絵が貼られています。この坂野家は幕末から明治期にかけて当主が二代続けて文人だったそうで、文人墨客が度々逗留したとのこと。その影響でもあるのでしょうか?
 隣の「二の間」との欄間には、坂野家の家紋である蔦の葉に菊の花という不思議な取り合わせの透かし彫りが入っています。長押にも釘隠しを用いるなど、家柄の高さを示しています。
 「二の間」にも床がありますが、隣は押入れで一気にグレードが下がります。仏間は床の隣に仏壇があり、17世紀の頃の位牌が具えられています。

 

 

 主屋の隣に「月波楼」と名付けられた書院があり、屋根が桟瓦葺きの入母屋造りによる木造二階建ての数奇屋風の建物。文人趣味の当主が離れとして増築したものですが、この建物は二代目で初代は茅葺の平屋だった模様。1920年(大正9年)に建造された近代和風建築で、付書院もガラスの入ったモダンな意匠です。この建物に当主の趣味仲間である文人墨客が逗留していたようです。
 1階2階とも床の間に違い棚や付書院を設えた質の高い座敷ですが、南北の戸を全開にすると周りは瀟洒な庭園に囲まれているので、あまり重苦しさは感じられ無く明るく開放的な空間です。2階は庭園の一番のビューポイント。

 

 

 門を潜って入る庭園は主屋よりも書院向けに造られていて、主屋に寄らずにそのまま飛び石伝いに書院の座敷へ至ります。当主の友人がプラリと寄るのに好都合だったのでは。
 他にも竹林・梅林・雑木林が広がり、楓も多く秋の紅葉の時期も見事です。関東でこれだけ広大な敷地に江戸期の豪農屋敷が環境も含めて残されているのはまれで、よく時代劇のロケにも使われているようです。

 

 



 「坂野家住宅」
   〒300-2521 茨城県常総市大生郷町2037
   電話番号 0297-24−2131
   開館時間 4月〜10月 AM9:00〜PM5:00
          11月〜3月 AM9:00〜PM4:00
   休館日 月曜日 12月29日〜1月3日