長沢浄水場 (ながさわじょうすいじょう)



 東京都水道局には全部で12ヶ所の浄水場があり、全体の水量の97%が利根川・荒川・多摩川水系から取水されています。残りの3%分を賄っているのが杉並浄水所と長沢浄水場で、杉並浄水所は地下水を汲み上げて取水していますが、長沢浄水場は遥か遠くの相模川水系から地下トンネルを通して取水している異色の浄水場で、立地だけでなく建造物にも大きな特徴のあるユニークな浄水場です。

 

 神奈川県川崎市にあるこの東京都水道局長沢浄水場は、多摩川沿いの小高い丘の頂上にあり、多摩丘陵の東端にあたる生田緑地に隣接しています。多摩丘陵西端にある相模湖・津久井湖・城山湖等から取水され、長い地下トンネルを辿ってこの浄水場内へと導水し、ここで浄化された水道水は高低差を利用して登戸駅上流に架かる多摩水道橋を伝って都内に入り、主に世田谷区・目黒区・大田区内の一部へ配水されています。二子玉川園・等々力・自由が丘・田園調布等がここの担当だそうで、なんだか高級住宅街専用の浄水場みたいですね。
 この浄水場が完成したのは戦後の1957年(昭和32年)のことで、急速に東京近郊の都市化が進んだ頃。ちなみに近隣には川崎市の長沢浄水場や西長沢浄水場があり、同時期に次々と完成していることから高度成長経済期に郊外の宅地化が進んで、ライフラインのインフラ整備が早急に必要になったからでしょう。
 敷地はほぼ正方形で、敷地全体が濾過場・沈殿池・配水池等の大量の水に満たされています。配水地は芝地に覆われていますがいますが、地下には広大な水槽が隠されていて、この巨大な水槽の上に各建造物が乗っかっているわけですね。

 

 敷地中央に三階建ての事務棟の本館が建ち、一階から東へ操作廊が伸ばされた構成で、設計を担当したのは山田守。後年の日本武道館や京都タワーで知られていますが、戦前は表現主義の一つである分離派出身の建築家で、その後はモダニズム建築を数多く手掛けており、特に電話局・病院・学校などの公共建造物に作品が多く残されています。この浄水場はモダニズム建築の系譜の一つではありますが、面白いことに本館の正面左側と操作廊の外観はガラスのカーテンウォールによるモダニズムのマスクなのに対して、本館の右側はパラボラ状の列柱が整然と連続する表現主義の姿を見せており、二つの相反する流派が共存するとてもハイブリッドな風貌です。

 

 

 このパラボラ状の列柱はマッシュルーム・コラムと呼ばれており、梁の無い薄いスラブ天井を上部が広がった柱だけで支える山田守独自の構造体です。その中心部には竪樋が走っており、屋根の雨水をここで集めて下の貯水槽に落とす構造で、この雨水も浄化されています。軽快感を見せる為に薄いスラブを採用し、それを支える為にこの列柱を並べているわけですが、逆に地上から湧き出る噴水のイメージも与えているので、浄水場としては合致する意匠ではありますね。

 

 濾過場の中央部を走る操作廊も同様に、内部にマッシュルーム・コラムが林立しており、独特な景観を見せています。この近未来的なフォルムは特撮テレビドラマで御馴染で、「ウルトラマン」のバルタン星人が登場するシーンや、「仮面ライダー」では本郷猛の勤務先としても登場します。
 2007年に大改修が行われて白色に塗装されていますが、竣工当時はクリーム色のコンクリート打ちっ放しだったようで、地下一階の壁面の一部に当時の状態の箇所が残されています。

 

 



 「東京都水道局長沢浄水場」
  〒214-0034 神奈川県川崎市多摩区三田5-1-1
  電話番号 044-911-2018