明王院 (みょうおういん) 国宝



 福山市郊外の芦田川沿いに草戸という小さな農村があります。川っ縁の背後を山にした細長いブロックで、堤防よりかなり低い土地の為洪水でもあったらひとたまりも無い庶民層の住まう地域(実際に2008年夏ゲリラ豪雨で被害)。この草戸地区は鎌倉期から室町期にかけては草戸千軒と呼ばれるほどに繁栄した大きな港町で、商人や船乗りだけでなく漆塗りや鍛冶工等の職人も多く生活していた、中世の大都市だった場所です。今は福山市内は内陸に引っ込んでいますが、中世の頃までは瀬戸内の湾の一つが深く入り込んでいて、芦田川の河口にあり山陽道が走っていたこの草戸地区が、その交通の利便性の良さにより大きく発展しました。その後河川の氾濫等により衰退し、今は栄枯盛衰も虫の音のような寂れた農村に姿を変えています。嘗ては芦田川の中洲に位置する場所に街並があったようで、水没した都市ということから日本のポンペイとも(ポンペイは火山)。その草戸千軒は港湾や商業都市として発展しましたが、中世における西国を中心とした港湾都市は寺院仏閣が多く造られるケースが多く、この草戸にも807年(大同2年)に空海が開基した謂れを持つ常福寺という寺院があり、草戸はこの常福寺の門前町という性格も兼ね備えていました。地区最奥の小高い山の中腹にあり、江戸初期に福山城下にあった明王院と合併し改称して今に至ります。

 

 境内は思いのほか広く、参道の階段を昇り山門を潜ると正面に本堂、その隣に五重塔が聳えています。この本堂と五重塔と山門は常福寺時代に建造されたもので、何れも中世の鎌倉期から南北朝期にかけて建造されたもの。他に書院・庫裏・鐘楼・護摩堂があり、これらは明王院に改称して以降の江戸期の建造物ということになります。その山門正面に見える本堂は鎌倉後期の1321年(元応3年)に建造されたもので、外観は屋根が入母家造りの本瓦葺。大きさは平面で見ると11.8m四方の正方形によるわりとこじんまりとした仏堂で、国宝に指定されています。

 

 空海が開いたように真言宗の寺院なのですが、西国の真言宗寺院は西方浄土の思想があるのか丹塗りにすることが多く、この本堂も目に鮮やかな赤で彩られています。この本堂は国内に数ある仏堂建築の中でも特異なものとして知られており、いわゆる折衷様式の代表的な仏堂なのですが他の同様式の仏堂に比べて早く建造されており(例を挙げると尾道の浄土寺が1327年、河内長野の観心寺が1378年、加古川の鶴林寺が1397年)、折衷様式の初期における実験的とも言える大胆な手法が色々と採用されて、後年の仏堂群のように練れていない面白さが見られるのが特徴です。外観に関しては特に禅宗様が濃厚で、和様の長押を打たずに柱頭に台輪(板状の部材)を置き粽(頭を細くする)を付け、台輪先端の突出部である木鼻には渦巻紋様の繰形が付き、そして戸には桟唐戸が吊ってあります。柱頭の繰形はかなり特殊な意匠で、この本堂以外ではありません。尾道の浄土寺本堂とよく似た外観ですが、浄土寺本堂よりも大きさが小さくせいが高くて部材が細いので全体的に華奢な造りとなっており、また小規模な仏堂なのに軒の反りが強いせいか華やかな印象があり、赤い着物を着た女性が舞踊をしているようなイメージがあります。浄土寺はその分だけ男性的と言えるのかもしれません。
 外部以上に内部に非常に特異性が目立ち、まず曲線状に天井が折れ曲がり(輪垂木天井)、禅宗様の大虹梁や海老虹梁に二重虹梁が数多く架けられ、礼堂と内陣との境に大仏様と禅宗様が混在した意匠の蟇股が配されるなど、他に類を見ない手法で構成されていますが、残念ながら内部は非公開。

 

 

 本堂のすぐ南に建つのが本堂同様に国宝に指定されている五重塔。南北朝期の1348年(貞和4年)に建造されたもので、大きさは三間五重塔婆に高さは29.14m。屋根は本瓦葺。こじんまりとした本堂に比べ大型の堂々とした塔です。

 

 本堂より27年後に建造されたこの五重塔は、本堂が折衷様式で造られたのに対して和様で建造されており、柱上の組物を三手先斗栱で組み、尾垂木を付けた純和様の造り。華奢な本堂と比べ木割りも太く重厚な造りで、この27年間の間に何があったかわかりませんが、仏堂製造手法に大きな変換があったようで、見比べてみると面白いです。五重塔が男性的で本堂が女性的だとすると、夫婦並べてみましたということなの?
 各重の逓減が小さいのですが軒の出が大きく、二重以上は背が低いこともあって全体的なバランスが良く、とても安定感の高いプロポーション。本堂同様に丹塗りが目に鮮やかで、背後の山の緑に映えて優美な姿を見せています。内部は装飾性が強い空間で、蓮華の彫刻や極彩色の壁画が描かれていますが、残念ながら内部非公開。

 

 

 本堂の北側に庫裏と書院が並んで建てられています。江戸初期の建造で県の重要文化財指定。庫裏は福山北方の神辺城の殿舎を移築した由来を持ち、書院共々狩野派の絵師による襖絵もあり庭園も広がる大型の住宅風建造物です。こちらも内部非公開。
 山門は14世紀中頃に建造され江戸初期に改造された由来を持つ四脚門で、県の重要文化財指定。一本の萩の木で建造された伝説があり、”萩の門”とも呼ばれています。鐘楼と護摩堂は江戸初期の建造で、市の文化財指定。

 

 



 「明王院」
   〒720-0831 広島県福山市草戸1473
   電話番号 084-951-1732
   境内自由