室生寺 (むろうじ) 国宝



 長閑な田園が広がる大和盆地をタラタラ進む近鉄大阪線も桜井駅を過ぎると景色は一変し、幾層にも連なる山襞を抱える広大な大和高原の森の中を、ただひたすら東に向かって一直線に突き進みます。短かった駅と駅とのインターバルも異様に長くなり、沿線の族上がりでも採用しているんじゃないかと思われるほどのヤンキー走りは、関東のオーバーラン日常の京急快特といい勝負でしょう。森のジェットコースター気分を満喫すること15分ほどで、室生寺の玄関口である室生大野口駅に到着。ここから室生川沿いの美しい山林を車窓に見ながら高度を上げて、標高500mの室生寺の門前に辿り着きます。太鼓橋を渡り大きな仁王門を潜ると、「女人高野」で親しまれている室生寺の境内へ入ります。

 

 このあたりは元々霊域だったようで、古代から残る竜神を祀る洞穴が室生寺の上手にあります。たしかにシャーマン的なスピリチュアルな独特の雰囲気が感じられる場所ではありますね。奈良末期に法相宗である興福寺の高僧により修験場として創建されたのが室生寺としてのスタートで、その後平安期に空海が入山した頃から段々と密教色を強め、江戸期に興福寺を離れて真言宗の一本寺として独立して今に至ります。密教寺院らしく深山幽谷の原生林に山岳伽藍を構えているのですが、その形成過程において様々な宗派が入り混じったことから建築や仏像に多分に特異な構成が見られることが特徴。境内はまず仁王門を潜って紅葉時は美しい梵字池を左に見て、鎧坂と呼ばれる広い石段を登りつめると正面に金堂が見えるのですが、その前に左手にこじんまりとした弥勒堂が建てられています。鎌倉初期に建造された三間四方の建物で、屋根が入母屋造りの柿葺、国の重要文化財指定。内部に本尊の弥勒菩薩像(重文)と客仏の釈迦如来像(国宝)が安置されています。

 

 その弥勒堂からさらに石段を登ると、右手に優美な外観の金堂があります。5軒四方の大きさに屋根が寄棟造りの柿葺で、平安前期に建造された純和様の仏堂。周囲の森の中に違和感無く溶け込むような軽快な外観で、国宝に指定されています。

 

 この金堂は当初は正面5間側面4間の入母家造りの正堂に、江戸期に前面1間分の礼堂を増築して庇を葺き下ろし、さらに舞台状の懸造りに改造した建物で、その正堂が内部では内陣、追加された礼堂が外陣となります。つまり当初は簡素な平面の仏堂が、密教寺院となった江戸期に内陣・外陣と分けて結界を設けて密教の特性を持った仏堂に改造したというわけ。その為外観では巧みに処理されている為わかりませんが、屋根も二重構造になっています。
 正堂は平安期に建造された仏堂らしく、組物は大斗肘木で中備が無く、軒も二軒角垂木の装飾性の無いシンプルな造りで、全体的に木太くいかにも古色然とした風合いは、外観の軽快さと異なり力強く太古的な印象が強く感じられます。内部の狭い内陣には木造釈迦如来立像(国宝)を中心に文殊観音・薬師如来(共に国重文)、それに地蔵菩薩(国重文)と十一面観音(国宝)の5体が一列に並ぶ少々不思議な構成。礼堂が無かった頃は鎧坂からこの仏像群が見渡せたとか。

 

 

 金堂からさらに石段を奥に進むと、本堂である灌頂堂があります。灌頂堂とは真言密教の法儀である結縁・伝法の灌頂を行う修行場で、この室生寺のは鎌倉期の1308年(延慶元年)に建立された灌頂堂としては最古のもの。大きさは5間四方の屋根が入母屋造りの檜皮葺。国宝に指定されています。

 

 この本堂は平安期に建造された金堂と違い、当初から密教仏堂として建造された鎌倉後期の建築物の為に、和様に大仏様や禅宗様が混入した折衷様式の仏堂で、外観では正面が和様の蔀戸、側面では禅宗様の桟唐戸とタイプの違う意匠になります。
 他には頭貫木鼻に大仏様の繰形が付き、組物が中世仏堂では珍しい和様の二手先尾垂木と中備に間斗束が採用された、様々な意匠が組み合わされた典型的な折衷様式。内部も密教寺院らしく内陣と外陣とを板扉と連子窓を結界として厳格に分離し、内陣は広く取られた柱の少ない開放的な空間となっています。この内陣の厨子内に優美な如意輪観音坐像(国重文)が安置されています。

 

 

 この本堂からさらに石段を進むと、国宝の五重塔が現れてきます。このあたりは境内でもかなり奥まった場所に有り、周囲は石楠花の群落でも知られる深い深い森の中。背景の緑に良く映える臙脂色のこの搭は、高さが16.1mと屋外に建つ塔としては最小の五重塔で、奈良末期から平安初期にかけて建造された、法隆寺のに次いで古い五重塔です。「弘法大師の一夜造り」の異名がありますが、当然この時期には産まれていませんのでデマです。

  

 檜皮葺の屋根は勾配が緩く軒の出も深いので独特の安定感があり、逓減が少なく初重が高いのもこの小ささだからこそ成立するバランスなのでしょう。相輪が水煙でなく宝瓶を乗せた珍しい意匠です。全体として華奢で繊細な印象のこの搭は、女人高野の命名どおり女性的な面影があり、森の中に佇む可憐な姿の麗人のような趣があります。

 

 

 この五重塔からは道は益々険しくなり、足滑らせたら蒲田行進曲状態の危険な石段を400段も登ると、懸造りの位牌堂と奥の院の御影堂に辿り着きます。御影堂は鎌倉期に建造された方三間の屋根が宝珠造りの小さな仏堂で、弘法大師42歳時の彫像を安置しています。真言宗の寺院にはわりと見られる施設。石段は帰りの方が怖いです。

 



 「室生寺」
   〒633-0421 奈良県宇陀市室生区室生
   電話番号 0745-93-2003
   FAX番号 0745-93-2057
   拝観時間 AM8:00〜PM5:00
   拝観休止日 年中無休