久保惣記念美術館 (くぼそうきねんびじゅつかん)



 南海電鉄高野線の中百舌鳥駅から第三セクターの泉北高速鉄道に乗り換え、終点の和泉中央駅から松尾寺行きのバスに乗って10分あまりで、和泉市久保惣記念美術館に到着します。電車やバスの窓から見渡せた泉北ニュータウンの大規模なマンション・住宅群とは一転して、重厚な甍を乗せた切妻屋根の日本建築が、和歌山へ抜ける古い街道沿いに軒を連ねて建ち並びます。このあたりは土壁に虫籠窓を開けた伝統的な町家も見られる昔ながらの大阪の郊外の集落といった土地柄で、長閑な農村の風情を見せる周囲の景観と調和した環境設計がなされているようです。ちなみに施工は地元関西の竹中工務店。
 地元の実業家だった久保惣太郎氏が長年蒐集した美術品を、敷地・建物・基金と合わせて全てひっくるめて和泉市に寄贈して出来た美術館で、1982年(昭和57年)10月に開館しました。さらに1997年(平成9年)には再び久保家から新館も寄贈されており、事業で得た利益を広く社会に還元するという昨今では皆無になった真っ当な資産家のおかげでスタートした幸福なミュージアムです。

 

 以前は本館しかなかったのでエントランスも本館側でしたが、今は新館からのみの入館。本館は企画展示室なのに対して新館は常設の展示室となっており、中国工芸品やモネ・ルノワール・ゴッホ・ピカソ・ロダン等の西洋美術を展示しています。こちらは本館開館後に久保惣記念財団や和泉市等が新たに蒐集したコレクションが多いようで、江口証券の江口コレクションと呼ばれる中国青銅器等も展示されています。
 このミュージアムの良い点は建物の周囲が緑陰濃い木立に囲まれていること。この新館も大きく窓をとった休憩スペースの向こうには、流水や滝を持つ美しい森が広がって目を休ませてくれます。この休憩スペースの奥にはセルフサービスのカフェもあり。

 

 

 新館と本館の間は細い園路が木立の中を奥へと誘います。途中には蔵を模した市民ギャラリーや市民ホールもあり、複合型のミュージアムとなっています。ちなみにこれらも久保家からの寄贈。

  

 やがて本館の入口へと辿り着きます。本館は企画展示室ですが、年間の大半は久保惣コレクションを公開するギャラリーです。久保惣コレクションとは明治期に当地で創業し莫大な収益を上げた綿織物の久保惣株式会社のオーナーである初代から三代目までの久保惣太郎(いずれも同名)氏が代々蒐集してきた古美術品のことを指し、その概要は国宝の「青磁鳳凰耳付花入銘万声」「歌仙歌合」を始めとして、「伊勢物語絵巻」「唐津茶碗銘三宝」「熊野懐紙」(いずれも国重文)と第一級の内容を持つ質量ともに優れたコレクションです。国宝2点国重要文化財28点を数え、特に陶磁器と絵巻物に優品が多いようです。
 そのコレクションに呼応するかのように建物の外観も純和風の様式で、深い庇と軒先の簾はとても優美な佇まい。

 

 

 本館は川沿いの高台にあり、ここから川に向かって石段を下りていくと、茶室が点在する庭園となります。ここは美術館が建造されてからの文化的な施設ではなく、本館のあった場所は元々久保家の御屋敷の跡地で、この庭園はその久保家の当主の趣味であった茶道の為に拵えた場所。二代目の惣太郎氏が夫人共々表千家の茶道を嗜んでいた方で、戦前の1940年(昭和15年)にこの茶室棟と庭園を建造されました。その規模・内容ともに正統的な茶道空間が造られており、何れの茶室も国の登録有形文化財の指定を受けています。
 石段を降り切った場所のすぐ左手に、木立に隠れるようにして茶室「楠蔭庵」があります。3畳半の小間と2畳の水屋による小規模な茶室で、貴人口を園路側にとることから寄付として機能させていたのでしょう。この茶室は内部非公開。
 その先には松尾川が流れ、緩やかな傾斜の太鼓橋を渡ると正門が現れます。この太鼓橋は洗塵橋と名付けられており、正門奥の本格的な茶室棟や露地へ入る前に身を洗う意味があるようで、俗界と聖域とを渡す橋でもあるのでしょう。

 

 

 茶室棟は表千家に師道していたこともあってか京都の小川通りにある家元の茶室を模した造りとなっており、平面構成や露地の構成も似せた内容となっています。
 部屋数は多く10部屋もあり、大小6つのそれぞれ趣向を凝らした数寄屋造りの茶室が並びます。大茶会向けかもしれませんね。廊下も天井を化粧屋根裏や舟底にするなど凝った設え。ちなみに施工は京都の平井工務店。

 

 

  

 廊下の行き着く先は茶室「聴泉亭」。表千家家元の名席「残月亭」の写しで、10畳敷きに2畳の上段の残月床を配した構成。「残月亭」は利休屋敷にあった書院座敷に基づいた茶室で、全国に写しの多い茶室です。各柱の材料や寸法も忠実にコピーしているそうで、付書院を備えた瀟洒な広間として知られる「残月亭」の姿をよく伝えているようです。
 席名は松尾川の水の音をよく聴けるようにとのことから。茶室棟の中では一番川に近い部屋でもあります。

  

 

 この「聴泉亭」の隣に小間の「惣庵」があります。こちらも表千家家元の名席「不審庵」の写しで、「聴泉亭」との配置構成も全く同じです。「不審庵」は利休ゆかりの3畳台目の茶室で、表千家では最も重要な茶室として知られており、この「惣庵」でも材料・寸法ともに忠実にコピーされているようなのですが、残念ながら内部非公開。

 

 露地も家元の構成を模写しているようで、中潜り・梅見門・井筒・外腰掛・内腰掛も全て家元のコピー。何れも茶室同様に文化財の指定も受けています。毎土曜日と春秋の土日祝日に内部公開されています。

 



 「和泉市久保惣記念美術館」
   〒594-1156 大阪府和泉市内田町3-6-12
   電話番号 0725-54-0001
   FAX番号 0725-54-1885
   開館時間 AM10:00〜PM5:00
   休館日 月曜日 年末年始