興福寺 (こうふくじ) 重要文化財
異国情緒漂う長崎の街並の中で、幕末開国後に洋館や教会堂のような西洋建築が次々と造られて行きましたが、そもそもそのエキゾチックな町の風貌を作り出していたのは、桃山期から居住する在留中国人達の手掛けた数々の建築物・土木遺産がそのベース。鎖国後も長崎限定でオランダ・中国との交易が許された後も、精力的で商売上手な中国人が次々と長崎に渡来し、17世紀後半では長崎の人口の6人に1人が中国人というリトルチャイナ化した有様でした。と同時に大陸から当時としては先進の文化や技術も流入しており、例えば市内中心部を流れる中島川に架かる石積みアーチ型の橋群(眼鏡橋が有名)も中国から伝えられた手法により建造されたものです。臨済宗の高僧だった隠元禅師も長崎に渡航し1年ばかり逗留しており、既存の臨済宗とは異なる真の中国様式による黄檗宗を伝えたのも当地からで、市内数多く残る中国趣味濃厚な黄檗宗の寺院も在留中国人の存在抜きでは語れません。その隠元禅師が最初に滞在し住職となった興福寺は坂本龍馬が結成した亀山社中に近い風頭山麓の寺町にあり、国内最初の黄檗宗の寺院としても知られています。
興福寺は江戸初期の1620年(元和6年)に、南京周辺出身者の唐人達が航行の安全を祈願して建立した小さな庵が始まりで、当初は黄檗宗ではありませんでした。その後のキリスト教禁制後は幕府に在留中国人も菩提寺を作る事を強要されることにより、諸堂が寄贈され伽藍が整い、1654年(承応3年)の隠元禅師渡来によって黄檗宗としてスタートしたという次第です。地元民には”南京寺”として親しまれているようで、特に山門の色からも”赤寺”の異名もあるまさしく異国風の寺院。この山門は江戸中期の1691年(元禄4年)建造の大型のもので、県の有形文化財指定。山内は山麓に広大な敷地を持ち、この山門を潜って参道を進むと本堂である雄壮な大雄宝殿の姿が現れます。
大雄宝殿とは黄檗宗における仏殿で、本尊に釈迦(大雄)を祀る伽藍で中心を成す建物。外観は桁行3間奥行4間の大型の仏堂で、屋根は一重裳階付き切妻造りの本瓦葺。大雄宝殿は京都宇治の萬福寺のものが特に有名で、各地に同タイプのものが多く造られており、この長崎でも長崎駅近くの聖福寺に踏襲したものがあるのですが、この興福寺のはその概要が大きく異なり、それもそのはず全ての部材が中国で製造されて当地に運ばれ、中国の工匠によって組まれた純然たる中国建築となり、この興福寺でしか見られない特筆ものの建物です。万福寺を始めとする国内の黄檗宗の仏堂はその殆どが日本人の工匠の手による中国風日本建築であるのに対して、その外観・構造・意匠は完全な中国様式に基づくもので、往時の在留中国人のパワーというものが象徴される建物なのでしょう。裳階の両端における強烈な反りや、屋根中央上の瓢箪の飾りも他の仏堂では見られない意匠です。
前面1間通りは吹抜けにして蛇腹のアーチ型とする黄檗天井は、他の大雄宝殿と同じ構造なのですが、その前面に取り付けた桟唐戸の細かな紋様や、両側に開けられた氷裂式組子の丸窓に、龍の図案を彫り込んだ梁下の彫刻等、精緻を極めた細工がこれでもかと各箇所に散りばめられており、まるで建物全体がそのまま細密に作りこまれた美術工芸品を見るよう。比較的繊細な意匠の多い禅宗様式の寺院でも、ここまでその精巧さが徹底されたものは他では見られません。
この建物は江戸初期の1632年(寛永9年)に建立されたものの寛文年間の大火で焼失し、1689年(元禄2年)に再建されたものが今度は幕末の1865年(慶応元年)の暴風で大破してしまい、1883年(明治16年)に再度再建された近代建築なのですが、戦前から非常に評価が高く1933年(昭和8年)には国宝に指定されていました(現在は国の重要文化財指定)。製造や工匠も清代のもので、当時の清国の技術的な高さが推し量れます。
この大雄宝殿の左隣には媽祖堂(まそどう)があり、これは航海の守護神である媽祖を祀る建物。元々航海の安全を祈願して寺が創建されたので、大雄宝殿と同様に重要な仏堂でもあります。この媽祖堂は1670年(寛文10年)の扁額が掲げられた寺内最古の建物。その対面にある1691年(元禄4年)建造の鐘鼓楼と共に、県の有形文化財指定。これらの建物は国内で建造されたものです。
大雄宝殿の右隣には庫裏があり、その西側には三江会所門という大型の門があります。大雄宝殿と同様に中国で製造されて運ばれた純中国建築で、大雄宝殿と同時に建造されたもの。県の有形文化財指定。何故か山内にはこの門以外にもやたらと門が多く、唐人屋敷の門や中島聖堂大学門というものも移築されています。いずれも在留中国人所縁の建物で、唐人屋敷門は国の重要文化財、中島聖堂大学門は県の有形文化財の指定を受けています。
「興福寺」
〒850-0872 長崎県長崎市寺町4-32
電話番号 095-822-1076
拝観時間 AM8:00〜PM5:00
拝観休止日 無休