小林古径邸 (こばやしこけいてい)登録有形文化財
日本画の巨匠小林古径は新潟県の今は上越市に併合された高田の出身で、その画業を紹介する記念美術館が高田城内に開館しています。この美術館はちょっとクセ者の施設で、館内で紹介されている作品の大半は精巧な複製画ばかりが並び、本物は初期のスケッチやデッサン等が展示されているだけです。一地方の公立美術館が大家の代表作を購入する資金もないでしょうし、充実したコレクションの寄贈があるわけでもないので、ここ近年のデジタル技術の高度な発展を利用したいわゆるハコモノ施設です。たしかに展示室はとても御立派。
でもそれだけじゃあんまりということか、東京の馬込にあった古径の邸宅と画室が移築と復元されて公開しています。そしてこの古径邸が美術館の一番の見所。
古径がこの邸宅を構えたのは1934年(昭和9年)のことで51歳の時。既に代表作である「髪」(国重文)や「清姫」「竹取物語」等の主要作品を発表しており、画壇の重鎮として活躍していた頃です。設計を担当したのは近代数寄屋の巨匠である吉田五十八。こちらは39歳の時の作品にあたり、自ら手掛けた和風住宅建築としては初期のもので、また現存するものとしては最も古いものです。
吉田五十八は東京藝術大学を卒業している縁からか数多くの画家達の仕事を引き受けており、この古径邸竣工の2年前に同じ日本画の大家である鏑木清方邸を、2年後には山川秀峰画室や川合玉堂邸を手掛けていて、後年では同期生の山口蓬春の邸宅や画室も完成させています。この小林古径も含めて新日本画と呼ばれる洗練されたモダンな感覚で描く日本画の巨匠の名が並ぶので、モダニズム建築と数寄屋が融合する五十八の感性に呼応したものなのでしょうね。古径からは「私にもよくわからないが、とにかく、私が好きだという家をつくってください。」と禅問答のような返事をもらって閉口したそうで、元々藝大で美術の勉強をしている五十八ですからその画風から答えを導き出した作品ということになります。
外観は屋根が切妻造りの桟瓦葺で、木造二階建て。建築面積は151u。
内部は一階の玄関から一直線に畳廊下が中心部を走り、その南側へ客間・書斎・居間・茶の間が直列に並ぶ平面構成で、これは後年の吉田五十八自邸や松岡邸・猪股邸と似ています。五十八の住宅建築の特徴のひとつに構造と意匠との分離が挙げられ、例えば構造体である柱や梁を意匠化してそのまま見せる伝統的な日本建築の工法と違い、西洋建築の様に意匠を優先させて構造体を隠す手法が採用されます。ここでも外観の二階妻部の壁面には三尺間隔で紅殻の柱が見えますが、これは装飾物にすぎず内部の構造とは無関係です。
また鴨居の吊り束を排除して簡略化するのも大きな特徴で、開口部の広い間取りが見られます。庭に面するガラス窓は天井近くにまで伸ばされており、この透過性の高い空間は当時のミース・ファン・デル・ローエの作品と共通するものでしょう。外壁にはドイツから輸入された新素材のリシンが使われており、内部構造には鉄も採用されていて、工業製品を積極的に用いるのも特徴の一つです。ただしあくまでも木割は細く、長押を廃して全体を繊細で優美に見せるところが、近代数寄屋建築ということなのでしょうね。
古径邸の隣に画室がありますがこれは移築ではなく復元されたもので、それも五十八の作品ではなく茅葺の古民家だったようです。先に画室があり、後で邸宅が完成しています。
「小林古径記念美術館」
〒943-0835 新潟県上越市本城町7-7
電話番号 025-523-8680 古径邸 025-525-2429
開館時間 AM9:00〜PM5:00
休館日 月曜日 12月29日〜1月3日