掬月亭 (きくげつてい)



 ミシュラングリーンガイドで三ツ星も獲得した特別名勝栗林公園は、敷地面積75ha(東京ドーム16個分)もの広さを誇る池泉回遊式の大名庭園で、歴代の高松藩主の下屋敷だった場所です。江戸初期の寛永年間に造営が始まり、およそ110年もの月日をかけて造園が進められ、完成したのは江戸中期の1745年(延享2年)のこと。その規模・内容とも破格のスケールで、借景とする紫雲山をバックに6つの池と13の築山を巧妙に組み合わせて複雑に構成されており、じっくり見て回ると半日は潰れます。
 造園がスタートした南湖周辺が一番趣があるようで、特に南湖東端の小高い飛来峰から眺められる、優美なアーチを描く偃月橋(えんげつきょう)は園内最大のビューポイント。カメラマン鈴なりの場所です。
 その偃月橋のさらに奥、南湖西端に茶屋の一つである掬月亭(きくげつてい)が顔を覗かせています。

 

 その昔は園内に複数の茶屋が点在していたようなのですが、現在残るのはこの掬月亭と日暮亭のみ。この掬月亭は藩主が舟遊びや観月などに使用していた茶屋で、南湖に張り出す様に建てられています。桂離宮の造営も同時期に行われており、同様に池の畔に雁行型に並ぶ姿は共通のもので、京の公家文化が波及しているのかもしれません。5つの建物が雁行する平面構成ですが、当初は7つの建物が連結されていたそうで、かつては北斗七星になぞらえて「星斗館」と呼ばれていたようです。
 建築年代や設計者は不明なのですが、延享年間の絵図には描かれているので、江戸中期までには建てられていたのでしょう。

 

 外観は屋根が寄棟造りの柿葺で、床面積は119.35u。各棟には縁側が取り巻いており、一番南西側の茶室以外は明障子が嵌められている為に四方正面の観があり、実際に中へ入るのも縁側からそのまま上がります。どの方向から見ても重心の低い安定感がある眺めで、優美で軽快な数寄屋建築の一つ。

 

 

 掬月亭の名は、唐の詩人干良史の「水を掬すれば月手中に有り」から採用されており、池に映し出される月の姿を愛でる為の茶屋には相応しいもの。実はこの掬月亭という名称は当初は建物全体を指す言葉ではなく、池に張り出した一番南側の棟だけを示したもので、茶室と反対側の北西側に「初筵観(しょえんかん)」「初筵観北棟」が雁行して並びます。
 その掬月亭は12畳が池に向かって直列に二間並び、その周囲を半間幅の板縁が取り巻く構成で、池に向かって三方向は壁が無く全て明障子が嵌ってある為に、建具を取っ払うとフルオープン状態の開放感極まる空間。まるで池の上にプカプカ浮かぶ舟の中に居るようです。
 対面には南湖に浮かぶ楓嶼(ふうしょ)・天女島・杜鵑嶼(とけんしょ)と命名された中島の姿が眺められ、傍らの岸辺には海蝕を思わせる奇石が転がり、手水鉢にも荒磯の風情を漂わせたものが置かれていることから、優雅な舟遊びに興じているような気分になります。
 まさしく透け切った数寄屋の極意の空間。

 

  

 内部の意匠では、池と反対側の唯一壁のある北側を全面大床とし、天井に和紙を貼った点が大きな特徴。水面の反映による外光を受け止めて室内を明るく照らし出す目的もあるのでしょうが、この茶屋が観月用ということから月の光を室内に映し出す為の仕掛けなのかもしれません。
 殿様向けの施設なので繊細な紋様による欄間や釘隠しもキチンとあり、端正な書院造の意匠も備えています。

 

 

 南西に雁行型に連なる茶室は、丸窓が印象的な6畳の席。やはりこの茶室も風景を愉しむのを趣旨としているようで、躙口横の北側は縁側となり初筵観との露地風の内庭が広がり、反対側の南側は大きな窓が開けられて南湖の岸辺の風景が広がります。茶室というよりは書斎のような雰囲気があります。
 茶道口の花頭窓もユニーク。

 

 

 いっぽう北西に12畳の「取合わせの間」を挟んで雁行型に連なる初筵観は掬月亭と異なる書院造の座敷で、10畳間と16畳間に入側が走る構成。ここでは一の間に上段の間があり、三方に囲まれた窓に黒漆井桁の菱格子が施されており、さらにその上に緑の紋紗が張られた手の込んだ意匠が見られます。ここから眺められる白砂の上に並ぶ五葉松や蘇鉄に奇岩が置かれた南湖の岸辺の風景も見事なものです。

 

 

 初筵観北棟は田の字型に、12畳半・7畳半・8畳・8畳が並ぶ構成で、ここでも東側以外は壁が無く開放感の高い座敷。ここでは西側に松や石組を中心とした涵翠池の風景が広がり、掬月亭の海浜を思わせるスケールの大きな南湖の風景とは対照的。

 



 「栗林公園」
   〒760-0073 香川県高松市栗林町1-20-16
   電話番号 087-833-7411
   開園時間 12・1月 AM7:00〜PM5:00
          2月 AM7:00〜PM5:30
          3月 AM6:30〜PM6:00
          4・5・9月 AM5:30〜PM6:30
          6・7・8月 AM5:30〜PM7:00
          10月 AM6:00〜PM5:30
          11月 AM6:30〜PM5:00
   休園日 年中無休