勝沼 (かつぬま)
甲州街道とJR中央本線はほぼ並走して東京から西へ向かいますが、笹子を越えて甲斐大和駅を過ぎると、それまでの仲良く睦まじかったランデブーを解消して、甲州街道は笛吹川の支流である日川沿いに谷合をクネクネ進み、一方中央線は何を思ったか北方に進路を変えて再び山の中へモグラのように掘り進み、塩山・山梨市方面へと一目散に逃げていきます。これは中央線が青梅街道の宿場町として栄えた塩山や山梨市もカバーして敷設されたことが原因で、酒折で二人は再会し何事もなかったかのように甲府の街中へ一緒に進みます。
その中央線の浮気が始まる甲斐大和駅と次の勝沼ぶどう郷駅の間は大半がトンネルで占められ(特に上り線)、甲斐大和駅のすぐ手前にある全長4.6Kmにも及ぶ笹子トンネルも含めて、笹子の里から勝沼までは10Km近くはほぼ穴の中。今は電化されているからまだしも、SLで運行されていた往年はさぞかし乗客は閉口したことでしょう。その暗く長い闇を抜けてようやく光の世界へ戻るとすぐ勝沼ぶどう郷の駅に到着。まさしく段々になった葡萄畑のド真ん中にある駅で、春になると甚六桜と呼ばれる桜のトンネルに包まれます。
開業当時は「勝沼」駅でしたが1993年(平成5年)に改称されています。勝沼町の中心部は甲州街道の走る旧宿場町の上町から等々力近辺で、この駅周辺は菱山と呼ばれる町外れの山裾にある集落となり、葡萄畑と葡萄農家以外は、飲食店が少しあるのみ。電車が到着する時間以外は静かなものです。
駅の南側は広場となっており、一角には中央線で貨物牽引で活躍した電気機関車EF6418が余生を過ごしています。
そのロクヨンの横を抜けて、細い遊歩道の階段を登ると、大日影トンネルの前に至ります。このトンネルは1903年(明治36年)に開通したもので、長年苦役に奉仕していましたが、1997年(平成9年)に退任されて勝沼町(現在は甲州市)に譲渡され、町が整備し2年後の1999年(平成11年)8月29日に遊歩道として再就職した施設です。
このトンネルの開通により勝沼地区のぶどう・ワインの首都圏への輸送は大幅に時間が短縮され(それまで3日から6日かかった)、大量の輸送が可能になり、さらに観光客の誘致にも有利となって地域の発展に大きく貢献したとかで、2007年(平成19年)11月には経済産業省の近代化産業遺産にも選定されました。
全長は1367.8mあり、内部は幅3.57m〜3.74mに高さ4.9mで、重厚な英国式の煉瓦積みの工法で造られています。1931年(昭和6年)に電化されるまで幾度も通過した蒸気機関車の排煙により赤煉瓦は煤けており、鈍くチャコールグレーに変色して独特の風合いが醸し出されています。盛夏でもひんやりとしているので、抜けるのに20分以上はかかるので薄着は禁物!
線路・標識・電灯・配電盤等の鉄道設備もそのまま残されています。
さて長いトンネルを抜けると、もう一つトンネルが。こちらは同時に開通した深沢トンネルで、同様に廃用となり地元のワイン業者向けにワインの貯蔵庫となっています。この二つのトンネルの間は深沢地区という狭い谷合の集落となっており、週末を中心に数件の農家が縁側でカフェとして営業中。¥300ほどで自家製漬物や干し柿等で、猫とじゃれながらお茶を楽しめる模様です。
ここから川沿いに下流へ進むと、国宝の本堂と国重文に指定された15体の仏像がある大善寺へ至ります。
この大善寺の門前には甲州街道が走っており、ちょうどこのあたりは甲府盆地の入口にあたる地点。ここから葡萄畑を縫うようにして街道は西へ進み、やがて勝沼宿へと入ります。沿道には昔ながらの商家や農家が建ち並び、中心部には明治30年代に建造された擬洋風建築の旧田中銀行も残されています。一般公開中。
宿場の西端にあたる等々力地区には、「皆吉」と呼ばれるほうとうの人気店があり、築130年の欅造りの甲州型民家で、よく冷えた甲州種のグラスワイン片手にほうとうが楽しめます。但し、週末の御昼時は1時間待ちは必至。
ぶどう園は約130ヵ所、ワイナリーも20ヵ所以上が宿場町周辺を中心に数多く点在し、特にワイナリーは大手のメルシャン・マンズはもとより、煮豆・佃煮のフジッコにケーキのシャトレーゼと他業種参入のものから、家族経営の小規模のものまで、多種多様で個性の異なるワイン造りに勤しんでいます。特に地元原産の白の甲州種がメインで、近年クオリティが非常に高くなり、銘柄によっては品薄の傾向。
見学のできるワイナリーも多く、試飲コーナーではテイスティングも可能。上町地区にある「原茂ワイナリー」では築130年の母屋の2階で「カーサ・ダ・ノーマ」というカフェを営業中で、パンやサラダをつまみにワインで楽しめます。
等々力地区の中央葡萄酒は「グレイス」ブランドで知られる老舗のワイナリーで、国際的にも評価の高いワイン造りで有名。町内の収穫される葡萄の地域の違いによって味が微妙に変わるそうで、駅のある菱山地区で収穫された「グレイス甲州・菱山畑」と、深沢集落にある高台の鳥居平で収穫された「グレイス甲州・鳥居平」では、味・風味・香りはまるで異なります。
駅から歩いて15分ほどの距離で、市営の複合型観光施設である「ぶどうの丘」があります。周囲は葡萄畑がうねる様に連なるまさしく丘の天辺で、ホテル・レストラン・土産コーナー等が収容。面白いのは土産コーナーの地下がワインの貯蔵庫(ワインカーヴ)になっており、受付でタートヴァンと呼ばれる試飲容器を購入すれば、この地下のワインカーヴ内のワインは幾らでも試飲可能。全部で150銘柄4万本の市内生産のワインが待っています。
敷地内奥には日帰り温泉「天空の湯」もあり、葡萄畑を眺めながらの入浴も可能。休憩コーナーでは地ビールやグラスワインも販売中で、冷蔵庫から一升瓶のワインを取り出して、まるで日本酒のようにトクトクとグラスに注いでくれます。
「大日影トンネル遊歩道」
〒409-1311 山梨県甲州市勝沼町深沢3602-1(勝沼トンネルワインカーブ案内所)
電話番号 0553-20-4610
通行時間 AM9:00〜PM4:00
休業日 年末年始
「ぶどうの丘」
〒409-1302 山梨県甲州市勝沼町菱山5093
電話番号 0553-44-2111
開館時間 AM8:00〜PM10:00(天空の湯)
休館日 年中無休