甲斐本家蔵座敷 (かいほんけくらざしき) 登録有形文化財



 東北地方の内陸部には蔵座敷と呼ばれる、内部を上質の住宅建築で組み込んだ土蔵が点在しており、特に数多く見られるのが秋田県横手市増田地区と山形県村山地方、それに福島県会津地方の喜多方市。何れも冬場になるとんでもない量のドカ雪に見舞われて外出困難から部屋に引きこもりがちになり、近代になると商家は防火にも優れた土蔵で家屋を造り始め、また雄物川・最上川・阿賀野川の河運による日本海沿岸の北前船寄港地との交易により上品で洗練された京文化の影響が入り込み、山に囲まれた盆地の田舎町に次々と蔵座敷が建てられていったというわけです。特に喜多方はこのタイプの物件の宝庫で、その中でも最上位クラスとして掲げられるのが市中心部にある甲斐本家の蔵座敷。豪商である甲斐家の当主が金に糸目をつけないで構えた豪邸で、煉瓦塀に囲われた広大な敷地に各棟を並べてその威容を周囲に見せつけており、今でも当家が居住しています。

 

 会津地方では古来、会津若松が城下町で行政の中心、その北方にある喜多方が商業の中心地で、かつての喜多方の中心部には木造の商家が軒を並べていましたが、1880年(明治十三年)の大火によって全て焼き尽くされてしまい、これを契機に土蔵で再建された街並みが形成されていったというわけです。甲斐家はメインストリートである中央通り沿いの中心部からやや北寄りに構える豪商で、幕末に越後から転居した酒造業者でした。三代目の時に麴製造と製糸業で多角化に成功し財を成し、続く四代目が味噌醤油の醸造業でさらに発展して、そのピークだった時に造り上げたのが今に残る豪邸です。

 

 この豪邸が造営されたのは1923年(大正十二年)のこと。竣工まで七年もの歳月を費やしたとかで、規模の大きな店蔵・座敷蔵・醤油蔵・味噌蔵等が複雑に構成された土蔵群が建ち並びます。各蔵はそれぞれ趣向を凝らした内部空間を持っており、黒漆喰の堅牢で重厚な外観からは想像できないユニークな意匠が展開しています。
 例えば表通りに構える店蔵は、屋根の鬼瓦に「甲斐」と家名を入れた重量感漲る面構えですが、内部は店空間の土間上に二階への螺旋階段が渡されており、しかも支柱で固定しない吊り階段。なんでも欅の大木から切り出したものだそうで、職人の精巧な仕事ぶりが伺えます。さらにその奥には洋間もあり、天井からはシャンデリアも吊るされています。応接室として使われていたとか。土蔵の中に洋室があるというとても不可思議な空間です。

  

 店蔵は屋敷全体の玄関でもあるわけで、この奥に家人の住居空間が広がるわけですが、店蔵の奥は木造二階建ての母屋が続いており、矩折りで蔵座敷が連なる構成です。喜多方の商家にはこのパターンが多く、店蔵と蔵座敷が木造の住宅建築で結合しており、この木造の箇所で普段の生活を送っているわけですね。またこの平面構成は東北地方の日本海側の農家建築に多い中門造りと似ており、同じ会津地方の農家でもよく見られるスタイルです。

 

 蔵座敷は屋根が切妻造りの桟瓦葺による二階建てで、大きさは桁行15.8m奥行18.8m。一階は二十一畳と十八畳の座敷が二間並び、二階は物置になっています。座敷の内部空間のみに目が行きがちですが他にも見所の多い建物で、座敷の前面には畳敷き(十二畳分)の入側が走り、さらにその外側には二寸の厚さの欅板を四尺の幅で並べて広縁とし、その上部も含めて下の土縁ごとアーチ状の梁を掛けた天井で覆い、上からランプを吊るすという中々凝った意匠で造り込まれています。夏は蒸し暑く冬は寒い当地の気候条件に合わせて段階的に遮蔽物を配した構造でもあり、格式の高さも感じられる設えです。また外の雨戸には手漉きガラスが嵌っており、例えば冬であれば雪見も出来ますでしょうし、柔らかな冬の外光を採り入れるのにも有効でしょうしね。全開できるように収納も考えられているようです。
 それから座敷の裏手には風呂場があり、浴槽と床は大理石で組まれ、壁の腰には蛇紋石が嵌って、天井は欅と杉で造られたゴージャスなお風呂。大正期ですけれどシャワーも付いています。

 

  

 座敷は床の間に付書院と違い棚のある二十一畳の上段の間と、床の間に地袋が付く十八畳の次の間による構成で、建材は無節の檜を中心に紫檀・黒壇・鉄刀木等の高価な銘木を用いており、壁紙にも金箔を貼って金雲模様を浮かべ、欄間には一枚檜を数ミリ単位に切り抜いた繊細な筬欄間が入るなど、税を凝らしたゴージャスな空間です。襖や障子の縁は全て紫檀が使われている為に重量も相当にあり、敷居には堅固な樫の木が埋め込まれて対処されているとか。喜多方の蔵座敷は比較的数寄屋風の造りが多いのですが、この甲斐家は御殿のような豪華な書院造りで組まれており、いわば喜多方の迎賓館とも呼ばれる物件で、普請道楽だった当主のパーソナリティが反映されているのでしょう。

 

 

 蔵座敷の裏手には背中合わせで醤油蔵が連なり、家業の醤油工場として稼働していた大きな土蔵。桟瓦葺屋根の平屋建てに変わり、土間上に立つ煉瓦積みの煙突が屋根を突き破って聳え立つ姿が印象的です。こちらは現在資料館として公開中。店蔵・蔵座敷・醤油蔵は国の登録有形文化財指定。

 



 「甲斐本家蔵座敷」
  〒966-0819 福島県喜多方市字一丁目4611
  電話番号 0241-24-3900
  開館時間 4月中旬~11月下旬 AM10:00~PM4:15
  休館日 無休