移情閣 (いじょうかく) 重要文化財
その昔の神戸の舞子浜は特権階級向けの別荘地だったらしく、宮家や関西経済界のお大尽達が豪華な別邸を構えた場所だったようです。確かに明石海峡越しに眺められる淡路島の遠望は美しく、南向きの陽光降り注ぐ温暖な気候は中高年には有難かったでしょうし、夜は夜で自慢の鯛や蛸にでも舌鼓を打っていたのでしょう。今では大半の御屋敷が手放されてしまい、特にJR山陽本線舞子駅周辺は県立舞子公園として園地化されて、一般庶民の憩いの場として開放されています。
この舞子公園のウリとなっているのが淡路島へと渡された明石海峡大橋で、風光明媚な自然環境に忽然と姿を表す巨大な人工物はかなりのインパクト。バブル期の産物なので、大型公共事業を連発していた頃の昭和チックな土木建築物ですけどね。何故か白人の観光客が多い物件です。
そしてこの公園のもう一つのウリは、歴史的建築物の移築保存公開。戦前に建てられた別邸群を移築して公開しているもので、戦前の瀟洒な御屋敷群を復元させて往時の雰囲気を多少でも味わってもらおうという魂胆なのでしょうか?その御屋敷群は近代和風住宅建築による旧木下家住宅と、鐘紡の経営者の洋館だった旧武藤山治邸に、もうひとつは華僑の別荘であった旧呉錦堂別邸。それぞれ往時の姿に美しく復元されて広い園内に点在してありますが、特に旧呉錦堂別邸は全国でも珍しい楼閣風の中国風住宅建築であり、また孫文ゆかりの建物ということから、孫文記念館としても公開されています。
このユニークな外観の別荘の施主は、神戸在住の華僑で実業家だった呉錦堂(1855〜1926)で、明治20年代頃に当地で別荘を構えたのがその始まり。段々と敷地を広げていって規模も大きくなっていき、1911年(明治44年)に「松海別荘」という名付けられた洋館を建てて来神した孫文を迎えて歓迎会も開催しており、関西華僑のサロンとしても使われていたようです。さらにその後自身の還暦と実業界引退を記念して「移情閣」と命名された三階建ての楼閣を増築しており、これが今に残る不思議な中国風の建物。ここまではまあ戦前のセレブの御屋敷エピソードなのですが、この後話が大きく変わります。
昭和初期に国道2号線の拡張工事が行われることになり、白砂青松の舞子浜に佇む別荘や旅館群が次々と取り壊され、この松海別荘もあえなく解体。残った移情閣と当初からある附属棟は曳屋により移築されて、今に見る配置構成となりました。戦後は県に寄贈されて孫文記念館として公開されましたが、明石海峡大橋建設により再び移転。その移転復元工事の終盤に今度は阪神淡路大震災に罹災してしまい、耐震補強工事も兼ねて6年かけた修復工事がようやく終わって、2000年(平成12年)に公開がリスタートしています。色々と大変な歴史を持つ建物のようですね。
当初からある附属棟は木骨煉瓦造り二階建ての洋風建築で、前面がコロニアル風のサンルームとなった明治期の洋館らしい建物。王子動物園内のハンター邸に似てもいます。岸壁に立つので眺望が素晴らしい空間。内部では孫文のエピソードがパネル等で紹介されています。
附属棟と接続する移情閣は、木骨コンクリートブロック造りの八角形による三階建てで、屋根がスレート葺の八角錐、高さが24.1mあります。当主が故郷の中国に想いをはせて造らせた楼閣風の建物で、名前の由来もそこから。印象的なパールグリーンの外壁には、コンクリートブロックが5018個積まれており、そのブロックも構造体とは別に装飾性豊かな花や蛇腹の紋様が刻み込まれた化粧ブロックも多数含まれていて、比較的シンプルな外観に程良いアクセントを与えています。また鉄筋を使わないコンクリートブロック建築としては最古の建物で、そのブロック自体も当主自身が創設した東亜セメント社製のもの。自分の会社の製品で組み上げたとても目立つ物件ですから、その話題性も含めてモデルルームみたいな建物でもあったのかもしれませんね。
内部は八角形の広い部屋が各階に並ぶ構成で、シンプルな外観とは異なり装飾性の豊かな意匠へと変わります。ここではポイントが二つあり、ひとつは壁紙に金唐紙を貼ってある点。和紙を幾枚も重ねた上に漆を塗って金箔を押した、日本独自の手法による戦前の洋風建築の内装に採用された高価な壁紙で、東京湯島の岩崎邸や呉の入船山記念館等が現存する程度の貴重なものです。
それともう一つは中国趣味が濃厚なこと。特に一階の天井中央には鳳凰が、二階には龍の極彩色の彫刻が施されており、またマントルピースには薔薇の絵柄のタイルが嵌められていて、金唐紙の壁紙と相まって異国情緒溢れるエキゾチックな雰囲気が醸し出されています。
この移情閣の箇所のみ国の重要文化財指定。
「孫文記念館」
〒655-0047 兵庫県神戸市垂水区東舞子町2051 舞子公園内
電話番号 078-783-7172
開館時間 AM10:00〜PM5:00
休館日 月曜日 12月29日〜1月3日