本門寺 (ほんもんじ)



 日蓮宗の総本山池上の本門寺は、日蓮上人が波乱万丈のその生涯を閉じたところでもあり、全国から熱心な信者が集まって連日大賑わいを見せています。高台に造営されたその7万坪にわたる広大な敷地には、本殿・大堂・経堂・五重塔といった巨大な伽藍がうち並び、壮観な様相を見せています。

 

 この五重塔は慶長12年(1607年)に建立された関東で最も古い塔で、国の重要文化財に指定されています。この塔を中心として周囲は一面墓地で、歴史上の人物から芸能関係まで400年にも及ぶ著名人のお墓が多いことでも知られています。徳川家や狩野探幽、松本幸四郎に田谷力三、中村八大に田村魚菜とありとあらゆる各界の先建がここに眠っています。塔の南側の道際には案内図が貼られていました。

 

 五重塔の南側近くに映画俳優の市川雷蔵のお墓があります。上方歌舞伎の若手のホープとして期待されていた雷蔵が旧大映に入社したのは昭和29年(1954年)、以後溝口健二監督「新平家物語」、市川崑監督「炎上」、増村保造監督「華岡青洲の妻」、森一生監督「薄桜記」など数多くの名作に出演し、「陸軍中野学校」「忍びの者」「若親分」等のシリーズ物でも冴えを見せ、気品ある甘いマスクとシャープな切れ味で女性陣のハートを鷲掴みにして、トップスターとして大活躍しました。

 が、やはり雷蔵の当たり役といえば無頼の徒「眠狂四郎」でしょう。転びバテレンと武家の娘との禁断の愛に産まれた孤高な剣士は、言い寄ってくる美女(例えば中村玉緒や久保菜穂子)も「女は魔物」と言ってバッサリ切り捨ててしまうニヒリステックなデカダニズムが、出生にまつわる暗い影を引きずった雷蔵本人とあいまって、一種凄絶な妖しい魅力を放っていました。
 映画という虚実性の中にペルソナを被りつづけていた雷蔵が肝臓癌に苦しみこの世を去ったのは昭和44年(1969年)7月17日。享年37歳。養父の市川寿海の本名「太田」姓で、この地に眠っています。今でも熱心なファンのいる為か、花々が墓前に絶えません。
 何故かこの雷蔵所縁の人々のお墓も当地にあります。大映社長の永田雅一のお墓が五重塔の北側に、溝口健二監督のお墓が隣の永寿院にあります。そういえば永田雅一と懇意だった政治家の自民党の党人派の首領メンバー河野一郎や大野伴睦、それにフィクサー児玉誉士夫のお墓がそれぞれ近くにあります。この一帯はきな臭いですね。大野伴睦のお墓にはライオンが。
 このライトウイング方面の奥に、やはりその面々と関係が強かったプロレスラー力道山のお墓があります。得意げなポーズの銅像付きです。

 

 五重塔の近くには文豪幸田露伴と幸田文親子のお墓もあります。ここの一画は休まる思いがします。

 

 墓地のあちこちには井戸が設置され、お墓に使われるお水として現役で頑張っています。近くには池上梅園があり、シーズン中は¥100円で観梅が楽しめます。凄い人出ですが・・・。

 



 「日蓮宗大本山池上本門寺」
   
〒146-8576 東京都大田区池上1-1-1
   電話番号 03-3752-2331