八窓庵 (はっそうあん) 重要文化財
札幌市民の憩いの場となっている中島公園は、単に花や緑が多いだけではない複合型の大型都市公園で、日本でも有数のクラシックコンサート会場の一つである「Kitara」、明治期の迎賓館だった国重文の「豊平館」、それに札幌天文台や北海道立文学館などの様々なジャンルの施設が21haの広大な敷地に点在しており、規模や内容でいうとちょうど東京の上野公園に近い感じ。特にアカデミック方面の施設が充実した公園で、すぐ近所に日本三大風俗街と呼ばれる薄野があるとは思えないギャップです。そんなお水関係の方々もたまには一息入れに来るかもしれない公園の一画に、かなり本格的な日本庭園が造成されており、そのまた奥まった場所には正統的な茶室も建てられています。
大抵このような公共公園内に造られた茶室は貸し出し用の施設であるものが多く、見所があまり無いのが普通なのですが、この茶室は只者ではなく実は「八窓庵」の名で知られる名席で、小堀遠州好みと伝えられる数少ない茶室。国の重要文化財の指定も受けています。茶室はその構造的な面から解体が容易な為に移築されることが多く、この八窓庵もかつては滋賀県の浅井町にあった遠州の居城内に建てられていたもので、その後長浜の八幡神社境内の俊蔵院に移築され、さらに川崎村円教寺から明治期に長浜の舎那院に移されて、1919年(大正8年)に札幌の実業家持田家が購入し解体されて船で日本海を渡り、戦後の1950年(昭和25年)に同じ札幌の長澤家に売却され、1971年(昭和46年)に今度は札幌市に寄贈されることになり、当地に6時間かけて曳屋して移築完了したという半端でない移築の多さ。さらには2005年(平成17年)には雪の重みで冬季用シェルターが崩れて全壊してしまうという悲劇にも遭遇し、ようやく復旧作業が終了して2008年秋から公開が始まっています。犬山の国宝茶室「如庵」も移築の多さから”流転の茶室”と別名がありますが、それ以上の何か尋常でない由来を持つ茶室ではあります。扁額の「忘筌」は舎那院時代の席名で、大徳寺孤篷庵にある遠州好みの茶室と同じ名前。
遠州が居城のある近江浅井の小室城に転封されたのが1619年(元和5年)ということなので、この八窓庵もその時期に建てられたのかもしれません。ちなみにこの小室城内には他にも茶室が造られていたようで、今は東京国立博物館の裏庭に移築されている転合庵もそのひとつ。遠州は江戸初期の代表的な大名茶人として知られていますが、意外とその遺構はあまり残されておらず、京都大徳寺孤篷庵の忘筌は松平不昧公による復元ですし、南禅寺金地院の八窓の席は既存のリフォームにすぎず、曼殊院八窓席も遠州作でないことが判明しているので、この八窓庵は数少ない遠州作と見られる貴重な茶室です。外観は屋根が切妻造りの銅板葺、前面にやはり銅板葺の庇を付け、壁面は土壁に側面だけ杉皮の腰板を回し、土間庇下には刀掛石を置いた構成で、華奢で軽快な印象があります。少し違和感があるのは窓に全てガラス窓が嵌め込まれている点で、元は柿葺だった屋根を銅板に替えたことと同様に、北海道という場所に移築されたことによる処置で仕方がないのでしょうね。
内部は二畳台目の間取りで炉は台目構えの出炉、その炉の側に赤松皮付き丸太の中柱を立て、点前側の袖壁に雲雀棚を吊るし、躙口の正面に台目床を設けて隣に給仕口を開け、床柱にチシャの木と相手柱に楓を使い、天井は客座が蒲の平天井で点前座が化粧屋根裏という構成。この意匠は実は桂離宮の松琴亭に近く、異なるのは松琴亭は三畳台目と少し広くなり躙口の位置が違う点で、同じく遠州作と伝えられてきた茶室が似通うのも頷けるもの。また師匠の古田織部の燕庵と点前座周りの意匠や天井の構成がよく似ており、遠州作で最も広く知られる大徳寺孤篷庵の忘筌のような書院風の茶室とは全く異にする、正統的な草庵風の茶室です。
そしてこの茶室の最大の特徴となっているのは命名の由来となっている窓の数の多さ。点前座に織部譲りの色紙窓を設けてその上の天井に突上窓を開け、躙口の上に下地窓と連子窓を上下にワンセットを、さらに客座の床横に同じくもうワンセットと計8ヶ所もの窓が開けられており、3方向から光が内部に射し込むことから本来なら暗くて狭いはずの二畳台目とは思えないほどの明るさです。この下地窓と連子窓を上下合わせるのは遠州得意の手法。窓が8個ある茶室はわりと多く、織部の奈良八窓庵や曼殊院の八窓の席に桂離宮の松琴亭等が代表的なものですが(金地院の八窓の席は実は窓が6つしかない)、この茶室は他のものと比べてコンパクトに機能的に造られており、また窓が多方向に開けられて開放的で外界との遮断性が低い透けきった造りとなっている点から、同名の茶室であり窓の無い舟入の意匠で知られる大徳寺孤篷庵の忘筌との共通性があるのかもしれません。
水屋を挟んで三分庵という四畳半の茶室も併設されています。これは札幌移築後に増築されたもので、寄付としても機能していたのかもしれません。園内移築後にとりあえず露地も造られたようで、梅見門や石燈籠(師織部好みのキリシタン燈籠)に蹲踞もありますが、あまり効果的な配置ではないようですね。庭園には玉石敷きの洲浜があり、これは遠州が造成にあたった仙洞御所へのオマージュ。
「中島公園日本庭園 八窓庵」
〒064-0931 北海道札幌市中央区中島公園1番
電話番号 011-531-0029(警備員詰所)
観覧時間 4月下旬〜11月上旬 AM9:00〜PM5:00
観覧休止日 観覧期間中は無休