安養院 (あんよういん)
大町界隈は、鎌倉駅周辺の喧騒とは打って変わって閑静な佇まいを見せる街並を持ち、祇園山の懐に抱かれた谷合にひっそりとした小さな寺が点在する、密やかな空間が残されています。特に妙本寺の総門から南に向かう小径は、程好い曲線を描いて、常栄寺(ぼたもち寺)や八雲神社といった小さな社寺をかすめて材木座の海岸に抜ける、風情或る散歩道です。そんなとても穏やかな一角に安養院があります。
浄土宗祇園山安養院は、北条政子が夫・頼朝の菩提を弔うために笹目に建てた長楽寺をこの地に移転したのが前身といわれ、その後政子の法名「安養院如実妙観大禅尼」から安養院と改名しました。本堂裏手には政子の墓とも伝えられる供養塔の宝篋印塔と、鎌倉最古の宝篋印塔といわれる尊観上人の墓が並んでいます。そう広くはない境内なのですが、天然記念物に指定された槙の巨木(樹齢700年)や、蓮池にボタン・百合・里桜と緑が濃く、なによりも躑躅で有名なお寺です。
ところでこのお寺の墓所は境内にはありません。門前の路地を道なりに進んだ100m程離れた崖っぷちに造られています。ここに黒澤明監督の墓所があります。墓地の左側山裾の一番奥まった所にあります。
黒御影石で「黒澤家」とだけ記された低い墓石が、あの世界的なマエストロの墓と気づく人は少ないかもしれません。戒名に「映明院殿紘國慈愛大居士」とあるので、映画関係者かなと思われるかもしれませんが、決して辺りを睥睨するような居丈高な風情はありません。天皇と揶揄されたりした黒澤監督ですが、一番そういうことを言われるのが嫌だった方らしく、先に没した夫人と共にさりげなく市井の中に佇まれています。
そういえば豪快でダイナミックなアクション主体の時代劇のイメージがありましたが、意外と時代劇は全作品30本中10本しかなく、「酔いどれ天使」「生きる」「どですかでん」など現代劇において、ひたむきに生きる名も無き市井の人々をリアルにパワフルに描くのが得意でした。誰よりも庶民の暮らしを愛した監督が、僕も普通の人々と同じなんだよと、この墓石が物語るような気がします。
技術的な面がどうこう言うよりも、監督の残した偉大なメッセージは、これからも後世に計り知れない豊かな啓示を与え続けるでしょう。
「安養院」
〒248-0007 神奈川県鎌倉市大町3-1-22
電話番号 0467-22-0806
FAX番号 0467-23-6382
拝観時間 AM8:00〜PM4:30
拝観中止日 7月8日 12月29〜31日