米山が神官をしていた日尾八幡神社の神様は「伊予比売命」(いよひめのみこと)と呼ばれ伊予豆比古命(いよずひこのみこと)とはご夫婦でした。伝説によると、昔小野谷字小野峠に一緒に祀られていたのが、あるとき洪水で流され、男神の伊予豆比古命は天山村の縦淵流れ着き今の居合に遷られた。女神の伊予比売命は窪田村に流れ着いて今の日尾八幡神社へ遷られたそうです。
長い別居生活ですが、明治の神社合祀令から漏れたのは、お二方ともあまりに大物になっていたからでしょう。
毎年旧暦の1月7、8,9日の三日間行われる椿祭りは、伊予路に春を呼ぶお祭りとして、全国各地から50万人を越える参拝客で賑わいます。
裏参道まで入れたら、一キロほどの参道の両脇に800を越す出店が並び壮観です。私の若い頃は、おたやん飴と言って何処を折ってもお多福の図柄が出てくる縁起飴が人気だったのですが、今はあまり見なくなりました。
おたやんの 飴が伊予路に 春を呼び
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